2-7:仕様が仕様ではなくなりはじめる
【ルイビス】の町に戻ってから、俺は改めてパーティーメンバーを集め、山の事と、そして宝箱の話をした。もちろん百花さんも呼んである。
俺個人で借りた宿。広くは無いその部屋で団子状態になって話をはじめた。
「カインさんが言ってたんだけどさ、あの山、進入不可エリアのままらしいんだけど」
「あー、ベータの時にはね。けど私は登れたぞ?」
「カインさんは登れなかったらしい」
よっぽど恥ずかしいのか、ベッドのシーツに包まったまま顔だけ覗かせたフェンリルは、は? という様な顔でこっちを見つめてくる。
「フラグだな」
「フラグ?」
皆が一斉にシーツに包まった彼女を見つめる。
「別のイベントで関わったNPCが、あの山の話をしてたんだ。それを聞いて私は山に入った。そのNPCの会話がエリア解放のフラグだったのかもしれない」
「え? つまりそのNPCに話聞かなきゃ山に登れないとか?」
俺も聞いているから問題は無いはず。いや、既に鉱山から山に出てるし――って事はフィンたちも?
「正確には穴から一歩出て転送魔法陣でしたからねー。カウントされてないかも」
とカゲロウが残念そうに答える。
「んー、うちよう解らんけど、山に登るフラグっていうなら、あるんやないかなぁ」
「え? どういう事だと百花ちゃん」
「せやからな、さっきの襲撃イベント。あれがフラグやないのん? うち、プリたんと村長さんの家に行ったとき聞いたんよ」
「あー、村長ん所の娘さんの話ね。山から降りて来たのは洞窟に住んでいたーって」
「そや」
村長から聞いた話と似たようなものか。
もしそれでフラグが立ってたならいいんだけど。
この件は終わらせて、次は――
「で、未だに俺のインベントリに入ってる宝箱なんだけど……」
箱を取り出し、テーブルの上に置く。
「まだその木箱持ってたのか?」
「というか、インベントリに入るんですね」
「汚れてるニャ」
「なぁ、それより酒あらへん?」
やっぱり、皆には木箱に見えているのか。とりあえずお酒の要求は却下した。
「なぁ、フェンリルにはどう見えるんだ?」
ベッドの上でシーツに包まったまま座る彼女に尋ねる。よっぽどあの装備を見られたくないのか……。
「あぁ? あー……お宝?」
やる気の無い返事。
いや待て、今お宝って言ったよな。
「フェンリルには、これがちゃんと見えるのか?」
試しに金貨数枚を掴み、彼女の方に向けて見せる。
「あー、リアルの視力はあんまり良くないが……ちゃんと見えてるよ。金貨だろ?」
「そうだよ、金貨さ!」
「「えー?」」
俺と他三人のリアクションが異なる。その事にフェンリルも疑問を感じたのか、ベッドから出て来てこっちにやって来た。
艶かしい足は、とりあえず見ないようにしておこう。
「えーって、君たち……え? どういう事?」
「それがさ、俺と三人、いや他のPCもだけど、見えてるものが違うみたいなんだ」
これを拾ってから、フィンや村長たちとの反応の違いも伝える。
話を聞き終えて、皆困惑したような表情で箱を見つめた。
「おかしいですね。そもそもドロップ品の入った箱って、持ち上げたりできなかったし」
「三分経過で自然消滅だよな?」
「そうニャ。囲まれてて戦闘がなかなか終わらなかったとき、目の前で箱が消えた事あったニャ」
「それ以前になんで見え方が違うんだ? 私とソーマはNPC扱いなのか?」
「あっはっは。うち難しい事は苦手や〜」
NPC扱い……ちょっとそれは嫌だな。なんか、実はリアルでは存在していない、ただのAIでしたー、って言われてるみたいで。
しかし、見えないとなると、これどうやって分配したらいいんだ?
「せっかくフィンが発狂しそうな装備が出てるってのに……」
「な、なにぃー! どこだ、どれだ? 何が出てるんだ?」
慌てて箱を覗き込むフィンには、俺が取り出した両手斧は見えないらしい。
そういえば、箱の仕様そのものは以前のままみたいだな。四次元式になっていて、箱のサイズと比べても、明らかに不自然な大きさのアイテムが入っているし。
「なっなっ、装備って何があるんだ?」
まるで子犬のような目をしたフィンがすがり付いてくる。犬はカゲロウだったと思っていたんだけども。
「あー、両手斧。装備レベル30で、通常攻撃時、与えたダメージの一割をHPに還元できるって。あと攻撃時、一定確率でダメージ二倍。あ、この能力、俺が使ってた鏡彗のやつと同じだな」
ボス戦とかでもなければヒーラーいらずの装備なんじゃなかろうか。
「ぬわぁー! フェンリルにも見えるのかよ?」
「始終のバトルホーク。伝説級」
にやっと笑ってフェンリルが装備名を教える。
頭を抱えて地団駄を踏むフィンが哀れにも見えるな。
「ほむ……ちょっと試してみてもいいかね?」
金貨を数枚掴み上げ、フェンリルが一同を見渡す。さり気なく盾を取り出して、素足を隠している辺りは流石だ……。
「私の所持金を一旦ソーマに全部預ける」
「え? な、なんで? と、盗られたらどうするんだよっ」
巾着をなくした記憶が蘇る。
っと、関係者のミケが居るのを忘れてた。
目線が合うと、ミケが唇を尖らせてそっぷを向いてしまう。
「まぁ落ち着け。所持金をすっからかんにしたところで、この金貨をインベントリに納める。それを取引要請で三人に渡すんだ」
「でも、その金貨ってのは俺たちには見えていないんですよ?」
「だから試すんだろう、ハスキー君。初めから持っている所持金と混ざると解らなくなるから、ひとまず手持ちを空にしてみる」
そう言うと、取引要請を出してきた。承諾し、彼女の所持金を預かる。
「……俺、金貨四桁なんて初めて見た」
「……すげー。それも見てみたいな」
俺とフィンが感嘆する中、フェンリルが金貨をウエストポーチの中へと入れていく。
「普通にポーチ内にお金が入るだけっていうオチは?」
「んむ。その不安もあったが、無事にインベントリ内の所持金に表示された」
カゲロウの不安そうな声に、フェンリルはウエストポーチをひっくり返してみてた。金貨が無事、四次元に収まった事を証明しているようだ。
そのまま三人に取引要請で金貨を渡していく。
無事に受け渡しできたみたいだ。
「おぉー、金貨増えたー。じゃー、装備とかってのも一旦ソーマかフェンリルのインベントリに移してしまえば、受け渡しできるんじゃね?」
「それなんだけどよ、フィン。この斧の説明に、しっかり取引不可ってあるんだ」
再び頭を抱えて地団太を踏むフィン。
「このアクセサリーで試してみるか?」
そういってフェンリルが取り出したのは、なんとも妖しげな指輪だ。
髑髏がはめ込まれた指輪は、まさかの呪い効果が付いている。こんなの誰が装備するんだよ……。
「攻撃力が上がる代わりに、三種類のデバフ効果が付くっていう微妙な指輪。君がほしいなら試したりはしないが」
「いや……いらないから。取引不可なら、試してみるか」
箱から取り出した指輪をインベントリにまず入れる。それをフィンに取引要請で受け渡すわけだが……普通なら取引不可だから、俺がインベントリに入れた時点でロックが掛かり、取引用ウィンドウに移動する事が出来なくなるはず。
「うへ、出来た……」
「出来たぁー!」
「じゃあフィン、試しにカゲロウにそれを取引で渡してくれ」
言われてフィンがカゲロウに向って、彼にしか見えないUIを操作する。
「……ダメだ。指輪のアイコンを移動させても、弾かれてインベントリに戻っていく。システムメッセージも出るぜ」
「俺の時にはそんな事は無かった……渡せるのか」
「斧プリィィィィーズッ!」
響き渡ったフィンの声に、それほど広くも無い室内には笑いが起きた。
両手斧はフィンに。呪いの指輪は取引できないので、そのまま素材分解させる事にする。
AGI補正のついたイヤリングは、スピード命のミケへと満場一致で渡した。
カゲロウにはフィンと同じ銘柄の『始終の手袋』ってのを渡した。装備レベル30の腕装備で、こっちはHPではなくSPが還元される。もう一つの能力はクリティカル発生率の上昇だ。
「スキル撃ち放題っ! うわー、早くレベル30になりたいよー」
残ったINT補正のイヤリングは百花さんへ。「酒のほうがいい」という要望は却下する。
「生産素材とかどうします?」
一旦インベントリに収めてから、再び取り出したアイテムをテーブルに並べてある。この状態だと他のPCに盗られたりもするし、放置すれば三分後に消滅する。まぁ部屋の中なので盗られることは無いが、もちろん消滅する事はあるので小まめに出し入れし直す。
「素材は取っておいたほうがいいんじゃないかな? カゲロウとフィンの生産レベルが上がったら、何か作れるかもしれないし」
「う……失敗してデータの藻屑になりそうだけどな……」
「あははー、確かにねー」
乾いた笑いを浮かべる二人に素材を預け、残りは適当に配っていった。
「い、要らない物とか、売っちゃっても良いのかニャ?」
「要らないもの売らないで、どうするつもりなんだ?」
「え、いや、その……パーティーで手に入れたものなのに、勝手に処分したらアレかなーと思ってニャ」
「いいよいいよ、売っちゃって。お金にしてまた必要なもの買えばいいんだし」
武器にはめ込む事が出来るっていう珠を握り、ミケの目が輝く。
ちょっとした小金持ち気分になった俺たち。
けど、俺にはちょっと気がかりな事もある。
なんで俺とフェンリルだけが皆と違う物の見え方なのか。いや、そもそもNPCってドロップ箱が見えて無かったよな。なんで見えるようになってんの?
それともう一つ。
医者の家を出てからずっと、戦闘中にも時々ノイズが入る事があった。直ぐに収まったが、メンテが入る気配は無い。
ただ一つ解る事があるとすれば、考えたって仕方が無いって事。
ゲームのプログラムなんて、俺にはさっぱりだ。
今回の視覚現象については他言しない事にした。そのうち他にも同様のPCが現れれば、謎も解けるだろうって。
他言しない理由の一つには、俺やフェンリルが、本来取引不可のアイテムを、システム無視して取引可能になった事でいろいろ粘着される可能性があるからだと言われた。
俺はまだしも、フェンリルが誰かに粘着されるのはまずい気もする。特に今のこの格好では……。
「男がぞろぞろとストーカーしに来るだろうな」
思っても口にしない事を、フィンがサラっと言ってしまう。
「取引不可のレアゲットしても、フェンリル経由なら他人との取引も出来るし。生足綺麗だし、美人だし。一石三鳥じゃんっ!」
ドヤ顔で言うフィンの視線は真っ直ぐフェンリルの艶かしい足を捉えている。
それに気づいてか、フェンリルは慌ててスカート(?)の裾で太ももを隠す。顔を真っ赤にさせながら、なにやらUIを操作しはじめた。
「私の生産素材をタダでくれてやるから、君は生産レベルを上げて、そこの酔っ払いはまともな法衣を作れっ!!」
言うや否や、テーブルの上に鉱石や綿花に絹糸を並べていく。また随分と蓄えていたもんだ……この量が入ってても普通に持ち運べるって、四次元は偉大だな。
「え、あの、なんで俺が?」
「君はお面の修理をする為にだ! 生産レベル32で出来るようになる、だから修復しろ」
「命令系……い、いいですけどね……」
「えー、うちは嫌やわぁ。せっかくかぁわいいのにぃ〜。なぁ?」
なぁってこっちに振らないでくれよ。それでなくてもフィンが、
「えぇーっ! なんで顔隠すんだよ。ほらソーマ、お前もなんか言えよ」
なんて言って、フェンリルのヘイトを溜めてるってのに。
いや、言いたいことは解るしほぼ同意だけど……俺にそれを振らないでくれ。
「その法衣だってすっげー似合ってるって、な? ソーマ」
同意を求められた俺は、視線を逸らしてこっちに被害がこないようにする。
だってほら、フェンリルの目が獲物を捕らえようとする狼みたいに光ってるじゃないか。それはもう、スキル攻撃の瞬間のように。
彼女が男装していたネナベプレイヤーだって事をいまいち理解していなかったフィンは、この後『シールドスタン』を食らって昏倒したのだった。
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