2-5:自己犠牲
「あ、あと三割だ! 皆、頑張ろうっ」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。
SPが残り少ない……ポーションを――
そう思うころには後ろからSPが回復する玉が飛んでくる。ナイスなタイミングだ。
うまく誘導してヘルバウンドをまとめようと、散らばっている奴等の位置を確認する為に周囲を見渡す。
死臭のヘルバウンドの足元に六匹、右に三匹、左に五匹……数が、増えてないか?
さっきまで召喚は常に十匹だったのに。前回の分が残っているだけだろうか。
――いや、現在進行形で、今尚唾液からモンスターが生まれてきている。
「雑魚の数がっ!」
「ボスってのは、HPが三割切ると強くなるってのは定番ニャっ」
ポーション片手にミケは叫ぶ。彼女は増えた雑魚を躱し、必死に死臭のヘルバウンドだけを狙って攻撃を続けている。
死臭のヘルバウンドのHPが残り三割。ここまで削るのにかなり時間が掛かっている。
スライムのタゲはカゲロウに任せてと言っても、次から次に雑魚が召喚されているし、スライムの移動を待って『挑発』を――というのも難しくなってきた。
それ以前にこのまま唾液雑魚が増え続ければ、流石にタゲを抱えきれなくなるぞ。
『堅守の盾』を使うか?
九十秒でボスのHPを削りきれるか。フィニッシュスキルの『浄化する憎悪』を使えば、ヘイトがリセットされて……倒せなかった場合、誰にタゲが飛ぶか解らなくなってしまう。
最悪なのは常にヘイトを溜め込んでいるからスライムまでこっちにくる事。スキル発動中にはSPがじわじわ減る仕様だから、空になったら効果が切れることも予想される。
SP吸収を防げればいいんだが――やってみなけりゃ解らないよな。
死臭のヘルバウンドが吼える。
背筋が凍るほどの恐怖が押し寄せてくるが、すぐにフェンリルの魔法で掻き消えた。状態異常スキルかっ。
足元に魔法陣が現れ、俺の傷を癒していく。タゲを抱えすぎて、フェンリルの回復魔法もギリギリ間に合ってはいるものの……これでは攻撃に転じられない。
一か八か……SPの付与と自分でもポーション飲んで耐えるしかないっ。
「九〇秒耐えるっ! なんとか削ってくれっ!!」
「アレやるのかよ!? 一分半でどこまで削れるか解らないぜ?」
「けど、このままじゃそもそも俺が耐えられない。フェンリルの回復も追いつかなくなってきてるしっ。百花さん、SP付与を継続的に送ってくださいっ」
フィンも後方のフェンリルに目をやった。彼女は絶えず、数種類の回復魔法を詠唱し続けている。
百花さんは杖を掲げてウィンクした。任せろって事でいいんだよな?
「……解ったっ。俺も雑魚からボスにシフトする!! カゲロウ、お前もだぞ!」
「了解っ」
ミケに視線を送り、彼女の頷く姿を確認した。フェンリルは――もうそれどころではない状態だ。
一歩引いて、低姿勢で盾を構える。
『堅守の盾』の発動を知らせる、赤い湯気が全身から立ち昇った。
途端、物理ダメージの全てが無効化する。
「九〇秒間だ。さぁ、来いっ!」
俺のHPを全快にさせると、フェンリルもSPポーションを飲み干して攻撃に転じる。
俺は少しでもヘイトを稼ぐ為に『挑発』を繰り返した。辛うじて盾の構えを崩すことなく使える『ヒート・スラッシュ』を死臭のヘルバウンドに食らわせる。
唾液の雑魚は全て無視だ。
全員でボスだけを叩く。唯一、フェンリルの攻撃魔法だけが範囲になっているので、多少は殲滅できていた。
――が、数は増すばかりで一向に減る気配が無い。
群がるスライムにSPを吸い取られ、後方からSPを付与する玉がすかさず届く。合間には炎の小範囲魔法も見えるが、百花さんの魔法だろう。
二十匹近くのスライムが俺を囲み、その俺は死臭のヘルバウンドの目の前に居る。結果、奴を攻撃するフィンやミケもスライムに触れることになった。
二人はSPポーションでなんとか凌いだが、俺はポーションを飲みながら付与もされてようやくSPを保っていられる状態だ。
「あかんわ〜。プリたんのSPもジリ貧やし。リーダーはHPだけ減らんみたいやから、ちょっと吸わせてなー」
「え、吸う? どゆこと!?」
吸血って事か!?
盾を構えたまま視線だけ百花さんに向けると、有無を言わさず彼女がやって来て杖を首筋に当ててきた。
一瞬ゾクっとする。
「はい、かんげ〜ん」
百花さんが杖を天にかざして言うと、幾つもの蒼い玉が降り注いだ。
パーティーメンバー全員にSP付与するスキルか……代わりに俺のHPが半分になったけど……。
「これ、CT長いねん。しかもパーティーメンバーのHP吸い取ってSPに還元するスキルやから、使い道が難しいんよ〜」
「あー、今の俺って物理攻撃まったく受け付けないから、HP減らないしね。いいよ、SPのほうが今大事だから」
その瞬間、奴の口が開き、正面に立っていた俺は見た。
喉の奥からどす黒い光が発せられたのを。それは俺の胸を貫き、激しい痛みを覚える。
「かはぁっ」
「ソ、ソーマ!? な、なんでダメージが?」
っくそ。魔法攻撃か。『堅守の盾』の弱点は、魔法攻撃は一切防げないってことだ。
ダメージと、そして暗闇と恐怖のデバフが付与されてしまった。
――『堅守の盾が解除されますがよろしいですか?』
システムメッセージが表示される。危ない。胸の痛みで構えが解けそうになってた。
「魔法は防げないんだ。物理だけに無敵なんだよ」
短く説明する。
途端、死臭のヘルバウンドの目が光り、足元から赤黒い礫のようなものが空に向って飛び出していく。
「っく。これも魔法攻撃かっ」
「まるでソーマの言葉を理解して、攻撃方法を変更したみたいです……でも、モンスターにそこまでのプログラムってあるんだろうか?」
「あるとしたら、ゲームマスターが操作してるって事だろっ」
各々が最大の攻撃スキルを使って、ボスを攻撃していく双子。
フェンリルが俺の足元に、回復効果を持つ聖域を作り出す。一定範囲を聖属性にするからか、敵にはダメージを与えているようだ。
「プリたん、うちん事は回復せんといて! むしろHP減らしとかなあかんねんっ」
横から聞えた百花さんの声。直ぐに蒼い玉が飛んできて、俺やフィンたちのSPが回復していく。
つまりあのスキルって、彼女自身のHPを犠牲にして付与してるってことか。
「これでええねん。あいつのHP、うちが吸い取ったる。んふふふふ、痛くしないから、大人しくしといていやぁ」
なんとも妖しい声とともに、紅い茨の鞭が飛んだ。半透明なのは武器ではなく、魔法だという証拠。
鞭に絡まった死臭のヘルバウンドは吼え、更には動きを鈍らせた。
『堅守の盾』残り十五秒。
巨大なヘルバウンドの口が開き、再び魔法攻撃。
口が開いた事で飛んでくるのは直線攻撃らしく、ギリギリで回避できた。いや、動きが鈍いお陰もあるんだろう。
鞭を伝って奴のHPが百花さんへと流れていく。
『堅守の盾』残り五秒。
鞭が消えた。百花さんのHPがマックスになっているのが簡易ステータスバーで見えた。
最後だとばかりにフィンとミケが最大火力を発揮する。
『堅守の盾』効果切れ。
「浄化する憎悪!」
構えた盾を降ろし、右手の剣を突き出す。
ほぼ同時にフェンリルの「祝福をっ」という声が聞こえ、死臭のヘルバウンドの頭上が輝く。
足元から蒸気を発しながら、眼前にいる死臭のヘルバウンドへと全力でぶつかった。
蒸気が刃となって巨大な不死犬へと突き刺さる。その刃は周囲に居た雑魚どもも巻き込んだ。
どぅっという音を轟かせて奴が倒れた。
やったか?
否。
蒸気が晴れると同時に、雑魚の一団がある方向に突進する姿を俺は見た。
削りきれなかった死臭のヘルバウンドのHPバーがほんの僅かに残っている。雑魚のほとんどは一掃できたものの、残りが俺を無視して突進していく。
向った先は――
「フェンリルっ!」
『我が御霊は英雄たちの勇気となり、我が御霊は英雄たちの活力となり、我が御霊は悪しき物を撃ち滅ぼす刃となり、我が御霊は――』
彼女は斜め後ろで祈るようにして立っていた。
その彼女目掛けて、全モンスターが殺到する!?
助けなきゃ……助けなきゃっ!
駆け出そうとした俺の背後で、異様な殺気を死臭のヘルバウンドが放つ。
太い足が一歩、祈るフェンリルに向って踏み出された。奴の眼は、今やフェンリルしか見ていない。
こいつだけは行かせない。行かせるわけにはいかないっ!
SPの無い状況。だが直ぐに蒼い玉が送られてきた。
『シールドスタン』で奴に体当たりするが、昏倒付与までは出来なかった。耐性でもあるのか?
だったら実力行使!
力を溜め、一気に解放する。
剣を一閃させ、突き、薙ぎ払い、再び横一閃。フィニッシュで剣先を地面に付きたてた。
だがまだ倒れない。
奴のHPバーは、見えるか否かの微妙なラインだってのに。
もう一度。
だが奴までの距離が――
良くあるだろっ。剣圧を飛ばして攻撃するのって。
こんな時に、出ろよっ!
死臭のヘルバウンドがその巨体でフェンリルを見下ろす。
それを見た俺は、怒りとも、憎しみともとれる感情が心の奥底から沸きあがらせる。
「くっそぉー! 出来ない事も可能にするんだろ、この世界はっ!!」
叫んで剣を振り上げ、力任せに一閃させた。
――チガウ。イカリデハナイ。ニクシミデモナイ。チガウチカラヲノゾメ――
違う、力?
何の事だ? そんな事今は関係無いっ。今は、フェンリルを助けるのが大事なんだっ!
もう一度、今度は横なぎに一閃させた。
助けるため、守るために。
――ソウ。ソレダ――
刹那。俺の願いが光りとなって刃を輝かせ、そして風となって放たれる。
風は死臭のヘルバウンドを捉え、奴の巨体を宙に浮かせた。
そのまま風に押し倒され、奴の最後の断末魔が木霊した。
出た……剣圧、出た……。ははは、やれば出来るじゃん。俺すっげー……じゃなくってっ
「フェンリル!?」
叫んだ瞬間、目の前がカァッと光りだす。
「おっしゃーっ! 唸れ、ブラッディ・パニッシャーっ!」
『コメットさんコメットさん、お願いしまーすー』
「もう、モグモグったら相変わらず緊張感の無い呪文ね〜。『天空を焦がす巨人の礫、炎を纏いて舞い降りれ。メテオストライクっ』」
俺の目の前で、幾人もの兵達が舞う。
援軍?
そうかっ。あの医者が他の人たちにも知らせてくれたんだなっ。
見覚えのある面々を見て安堵した。
視線をフェンリルに戻すと、幾つもの魔法が降り注いでモンスターが一掃されていく様が見える。
降り注ぐ小石大の隕石が、唾液から生まれたヘルバウンドを貫き地面を焦がしていく。
幾重にも折り重なって倒れるヘルバウンドやスライムの中に、フェンリルの姿もあった。だが、直ぐにモンスターに埋もれ見えなくなってしまう。
「フェンリルっ!」
叫びながら駆け寄る頃には、死臭のヘルバウンドの屍は黒い霧となって四散した。
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