2-4:『死臭のヘルバウンド』
「レベル29モンスターです。属性は闇」
「聖属性付与する」
杯を打ち鳴らすような音色が響く。
魔法陣から移動した先には、案の定モンスターが居た。
鉛色をした、痩せ細ったゴブリンのような容姿のモンスター、インプ。体長は一二〇センチほどのサイズだが、数が多い上に魔法まで使ってくる。
フェンリルのバフが変更されて、物理防御から魔法防御主体のスキルに掛けかえられた。
「あー、こいつらすばしっこい!」
「任せるニャ。毒瓶で回避下げてやるニャ」
ミケがいつもの毒瓶攻撃を始める。
赤紫色の液体が撒かれ、それを浴びたインプどもが苦痛で顔を歪める。といっても持続ダメージの一回辺りのダメージは少ない。
が、追加付与で命中率低下、移動速度低下というデバフも付く。
これで俺やフィンの攻撃も、素早いインプに易々と当たるようになる。
インプの数は一五匹と多かったが、攻撃が当たればこっちのもの。聖属性も付与され、ダメージ効果は抜群。
俺が『ソードダンス』で範囲小ダメージを出し、そこへフィンの巨大戦斧が唸りを上げて振り下ろされる。
伝説武器とレア武器の威力は凄まじかった。
元々魔法職扱いなのか、インプのHPは少ない。やたら回避の高い魔術師みたいなものだ。
残ったインプには、頭上から降り注ぐ矢の雨が止めを刺した。この矢もレア武器から放たれたものだ。
「ミケとフィンでアイテム回収頼む。フェンリル、村長の家がどこか解るか?」
「あっち」
短く返答した彼女は、丁度俺たちが進む道の先を指差した。
町と違って整地されていない道は、むき出しの土であちこちに小石も転がっている。更に蛇行したような道だから、村長の家なのか他の家なのか解らない家が点々としていた。
とにかく走る。
走る傍からモンスターと遭遇する。また同じインプだ。数が少ないので俺とカゲロウだけでも十分対処できた。
数度目の戦闘が終わると、フィンとミケが合流する。
インプ以外にも骨ばかりのスケルトンや、弓を持ったスケルトンアーチャーなんかも遭遇した。
流石に聖職者なだけあって、対アンデットには強いフェンリルが数少ない攻撃魔法で撃退していく。
「SP温存。そこの角を過ぎれば小さな畑があって、その向こうが村長の家だ」
フェンリルの指示が飛ぶ。
万が一、村長の家が襲われていれば、そこにはモンスターの群が居るはずだ。SP温存はそれを前提に言っているんだろう。
足を止め、インベントリからSPポーションを取り出し飲み干す。フェンリル以外が同じようにSPを補充した。
バフを掛け直し、それからフェンリルがSPポーションを飲む。
一気に角を曲がり、目にしたモノは――
家庭菜園というには大きな畑の無残な姿。
土は掘り返され、実っていただろう野菜は砕け、元がなんだったのかも解らない状況。
その奥に黒光りする巨大な――犬?
犬は二本足で立ち、二階建ての茅葺屋根に取り付いていた。
二階建ての家とほぼ同じ背丈の犬は、よく見ると黒い毛がずり抜けた所もあり、紫色に変色した皮膚なんかも見える。
つまり、腐ってやがる――と。
「普通、こういうのはダンジョン内で見るタイプなんだけどな……」
「でも陽の当たる場所ですよ、ここ」
後ろでフェンリルとカゲロウの声がした。
それからすかさすカゲロウがモンスターチェックの報告をする。
「レベル33。死臭のヘルバウンド、闇じゃなく不死属性のネームドですっ! 一見おぞましい姿をしているが、バウバウ吼える可愛い一面も……なんかどうでもいい情報までありました」
まったく、どうでもいい情報だ。
腐った死体がバウバウ可愛く吼えたって、全然可愛くないっての。
「聖付与、出すぞ」
転送直後のように、杯を交す音が響く。
その音が開戦の合図となったかのように、死臭のヘルバウンドが振り返った。
口からは赤紫色の、毒々しい唾液をぼたぼたと溢している。その唾液が地面に落ちると、生きているように動き出し、それ自体がモンスターへと変貌した。
闇属性のスライム……それが十体になっている。
ヘルバウンドはそのまま動こうとしない。今だ村長の家に噛り付いていた。
まずはこいつを誘き寄せないとな――
「カゲロウ、ボスに一発頼む」
「うっ……ヘ、ヘイト取ってね、ソーマ」
流石にボス釣りは躊躇するか……でも村長の家のまん前で戦闘する訳にもいかない。地下室に逃げ込んだ村人がいるし、万が一にも床が崩落したら大変だ。
いつもの矢より小ぶりの矢を取り出し、カゲロウが弓弦を引き絞る。
放たれた矢は、弧を描いて死臭のヘルバウンドの頭上に突き刺さった。
大したダメージはもちろん出ない。それでも、奴の怒りを誘うのには十分だった。
身を屈め、一気にカゲロウへと駆け寄ってくる死臭のヘルバウンド。
「こっちだ、腐れ犬コロっ!」
『バウバウウゥゥゥツ』
『挑発』を使った途端、奴のターゲットが俺へと変わる。
向きを変え、突進してきた死臭のヘルバウンドに向け、俺は盾を突き出し昏倒を狙う。
身の丈三メートルほどもある死臭のヘルバウンドの頭突きと、俺の盾とかぶつかり合う。
盾を持つ左手だけではなく、全身に衝撃が走るほどの頭突きだ。
そして――『シールドスタン』の昏倒効果は現れない。
「レベル差補正か。っくそ」
元々『シールドスタン』の攻撃力は高くは無い。奴のHPが減ったのか減ってないのか、頭上のHPバーを見ただけでは解らないほどだ。
そこへフィンの巨大な戦斧が振り下ろされる。
「これでも食らいやがれぇーっ! 『クライシス・パニッシャーッ!!』」
単体に対する高火力スキルを繰り出す。しかも聖属性が付与された攻撃だ。
獲物に斧を突き刺し、そのまま回転を掛ける。
「うっしゃ! どうだっ!?」
気合の入ったフィンの声だったが、死臭のヘルバウンドのHPは一パーセントも減ってはいない。
「うっそーんっ」
「兄さん、危ない!」
気の抜けるようなフィンの声と、カゲロウの警告がほぼ同時に聞えた。フィンの足元にスライム軍団が蠢く。
「一撃離脱しろっ! 『聖なる光は我が刃となる。エスペランサ』」
フェンリルの声が至近距離から聞こえた。
直ぐ後ろから光が見えたかと思うと、九つの可視化した光の剣が飛んでいく。フィンの手前で急上昇し、反転して急降下。
九本の光の剣が更に分裂して、地を這うスライムへと次々に突き刺さっていく。
更に追撃とばかりに、カゲロウの放つ銀色の矢が降り注いだ。
「HPはそんなに高くなさそうニャ」
ミケの言うとおり、フェンリルの聖属性魔法とカゲロウの矢の二回攻撃で、十匹のスライムは溶けて消えてしまった。
が、厄介な事が発生する。
「っげ。こいつらSP吸収してるぞっ。っつか触っただけでSP持って行かれるのかよ!?」
フィンが叫んで、慌ててポーションを飲むのが見えた。
直ぐに視線を死臭のヘルバウンドに向けると、奴はまたスライムを生み出している最中だ。今度はミニサイズのヘルバウンドも居る。ミニというか、普通サイズの大型犬というべきだな。
慌てて『挑発』でタゲを取ったらとんでもない事になってしまった。
四匹のスライムに囲まれた結果、俺のSPが急速に失われていく。
攻撃された、とか関係なく、ちょっとでも触ろうものならSPが20ずつ減る。SPなんて400も無い身としては厄介だ。
四匹に範囲攻撃すれば40減る。攻撃されても減る。
戦闘中に触るなってのが無理なんだよ。
「ちょ、これヤバいっ!?」
カゲロウとフェンリルの範囲攻撃が飛んでくるが、その頃にはSPが半分以下になっていた。
「前衛職じゃスライムに触れないぞ……」
「どうするニャ。フェンリルだって、いつでも魔法攻撃できないニャ」
「SPポがぶ飲みで切り抜けるっきゃねー!」
最後にフィンが叫んでスライムに突撃していく。八匹になっていたスライムに範囲攻撃を決め、同時にSPが160とスキル分が消し飛ぶ。
「ぬあぁーっ!」
俺と変わらないSP量しかないフィンは、あっという間にSPが枯渇し、スキルを打てなくて吼え始めた。通常攻撃で止めを刺していくが、これじゃ効率悪いなんてものじゃないな。
突撃の度にSPポーション飲んでたら、あっという間に在庫切れを起してしまうぞ。
なんとかスライムだけ相手にしないよう、戦えないもんだろうか?
そう思っていた矢先、後ろのほうからフィンに向って飛ぶ蒼い玉を見つけた。
弧を描くようにして飛んだ玉はフィンに当たると、SPポーションを飲んだ時の様な水色で書かれた数字が浮かび上がる。
「SPドレインのスライムに苦戦してるみたいやから、手伝ったってもええで〜?」
玉が飛んできた方向から女の人の声が聞こえた。振り向くと、狐の獣人さんが小ぶりの杖を一本持って立っているのが見えた。
「うわっすっげー露出」
「おいフィン、SP吸われまくってるぞ」
視界の隅に見えるパーティーメンバーの簡易ステータスバーには、ぐんぐん減っていくフィンのSP状況が映し出されている。彼を見たら案の定、足元に数匹のスライムが張り付いていた。
後ろからヒールが飛んできて、スライムが大移動を開始する。フェンリルに向っているんだ。
「なぁなぁ、ええんやったらパーティー入れたってー」
「あの、えっと……」
前かがみで腰をくねらせ俺たちをじっと見る狐の人。俺は堪らず視線をそらせる。
ふさふさした長い金髪は、腰の辺りで二つに分けで結んである。紅い目が妖艶さをかもし出し、それ以上に装備がイカンとです。
袖の無い着物のような服を着崩し、豊満な胸はぽろりレベルじゃない。尤も、真っ赤なビキニを着ているので見えないが……。そして着物の丈は股下までしかなく、真っ赤なビキニパンツがしっかりくっきり見えている。
直視なんて出来るはずが無い。
フレ登録してるわけでもない人にパーティー要請飛ばす為には、相手のキャラクター情報を開く必要がある。数秒間とはいえ、まともに見なきゃいけないんだ。アレを。
「ソーマ、入れろっ」
フェンリルに言われて仕方なくキャラクター情報を開く。無駄に尻尾と腰を振り回すその人の胸は、動くたびにぷるんぷるん……いや、もうさっさと要請飛ばしてしまおう。
要請を出し終わるとすぐさま『酒池百花さんがパーティーに加わりました』というシステムメッセージが出た。レベルは――30か。フェンリルの次に高いことになるな。
「ありがとう〜。パーティーなんて久々やわ〜。うち頑張ったるねぇ」
うっ。なんとも不安な一言だ。
けどさっきのフィンに使ったスキル、もしかしてSP付与とか?
「プリたん、うちにコンティ入れて〜」
「プリたん言うなっ! たんなんてガラじゃないんだからっ」
そんな声が後ろから聞こえてくる。
とにかく今は目の前の敵が先決だ。
百花さんがパーティーに加わっている間にもスライムは生まれていた。というより、常に一定量が召喚されてるみたいだな。最大で十匹。
五匹ずつ召喚され、残りが少なくなると補充されていくみたいだ。
一匹に矢が飛び、スライムが大移動を始める。ダメージヘイトでカゲロウを目標にしたみたいだ。
『挑発』するか迷ったが、スライムの移動先が後ろじゃなく、横に動き出したので様子を見る。
「スライムはうちら後衛で引き受けたるけん、ヘイト取るんは犬だけにしたってー」
見るとカゲロウは死臭のヘルバウンドに対して側面に移動。百花さんとフェンリルは、カゲロウと俺の中間地点にいる。
五匹セットの内一匹を攻撃すればまとめて移動してくれる。動かないもうワンセットにも矢を射掛け、同じように移動を開始した。
俺の『挑発』の範囲外にスライムが出たのを確認すると、ヘルバウンドのヘイトを固定する為に叫ぶ。
視界の隅ではぶくぶくと音を立てる泡が見えたり、キーンと鳴れば氷柱が立っていたりする。
酒池百花……魔法使いっぽいけど、アデリシアさんのような派手な攻撃魔法は飛んでこない。どんなタイプの魔法使いなんだ?
百花さんが加わった事でとある効果が発揮された。
俺の新しい武器『猛将のライトセイバー』の事だ。攻撃力が一定時間二倍になる――は置いといて、CT半減能力が開花した。。
CT半減なんて、分単位でのSP消費が倍増するだけだからSPの少ない前衛職には地雷能力でしかない。
百花さんのスキルに、SP消費量を二割カットしてくれるものがあった。パーティーメンバー全員に効果のあるこのスキルと、更にSP付与で俺はスキル打ち放題という訳だ。
スライムはカゲロウを中心に百花さんと、たまにフェンリルも攻撃に参加して殲滅を任せ、前衛の俺たち三人が大小のヘルバウンドを担当した。
SPを心配する必要は無くなっても、楽して勝てる――訳じゃない。
死臭のヘルバウンドの攻撃はどれも厄介だった。
噛み付かれれば盾で防御していても毒を食らうし、大きな爪で引っかかれれば『出血』というデバフが付いて、やっぱり継続してHPが減る。
ただの攻撃にも、デバフが一緒に付いてくるから、フェンリルの負担はかなりいってるだろうな。
それでもひたすら攻撃に耐え、そして反撃。これの繰り返しだ。
時々奴が放つ範囲攻撃で、カゲロウと百花さん、それにミケが瀕死状態にまでやられてしまう。
即座にフェンリルの回復が飛ぶが、ギリギリの攻防だ。
そしてやってようやく、死臭のヘルバウンドのHPが三〇パーセントを切った。
1/23:ヘルバウンドのモンスター情報報告セリフにちょっとだけ追加。
尚、ヘルバウンドは誤字ではなく「バウ」と吼えるからヘルバウンドと名付けられた造語モンスターです。