2-2:負傷者の救出
「そして伝説へ……」
「何ふるいネタを言ってるニャ」
「いや、ちょっと言ってみたかっただけ……。いやそれにしても、まさか出るとはなー」
「レア祭り終わったはずニャ? なんかあんたと居ると、レア率アップしてる気がして、怖いニャ」
レア祭り。確かにアレは凄かった。
緊急メンテが予定よりも早く終わったあの日、本屋で目ぼしいものもなくさっさと帰ってきたらログイン祭りが始まってて……。
その時ログインしていたオリベ兄弟と暇だから支援してやるっていうフェンリルとで遊んでたらネームドに遭うわ遭うわの大騒ぎ。ミケも合流して、ぽろぽろでるレアに皆で目ん玉飛びでたな。
あの日は緊急メンテ明けってことで、特別に確率がいじられたんだろうってプレイヤー間でも囁かれているが……。
確かに俺の周りではそれ以外でもレアや伝説が出ているんだよな。
こんなにレアアイテムがぽいぽい出るって、俺ってば運営会社から目を付けられているんじゃなかろうか。
もしかして勇者目指してる俺へのご褒美?
は? そもそもご褒美ってなんだよって話から考えてると頭痛くなりそうなんで、この件に関しては考えるのを辞めよう。
「で、この伝説武器レシピ、どうする?」
そう。【猛症ホブゴブリン】から拾ったものは、伝説級レシピだ。
肩書きの文字を捻った『猛将シリーズの武器』ってのが作れる鍛冶専用。
俺としてはフィンに使ってもらって、俺の武器を作ってほしい所。今使ってる『鏡彗のライトソード』も、流石に型落ちする頃だ。次のレベル30装備で攻撃力が抜かれてしまう。ただ効果がすこぶるいいからなぁ。これを残したままパワーアップだけ出来ればいいのに。
「私はフィンに使って貰って、新しい武器を作ってほしいニャ。素材集め大変だろうけど、誰かが作ったのを買うよりは安いし。むしろコンスタンスに伝説級が手に入るって、凄い事ニャよ!」
「だ、だよなっ! 俺もそう思ってたんだ」
ミケの手を掴み、自分と同じ意見だった事を喜んだ。
「い、痛いニャ」
思わず力を込めてしまったのか、ミケが困惑した表情で言うので慌てて手を離す。
「ごめん。最近STR上げてたから……」
「……べ、別にいいニャ。そんな事より、さっさと帰ろう。これフィンに見せるニャ!」
ミケが笑顔で言うので、俺も思わず吊られて笑う。
それからダンジョン脱出用の玉を割り、俺たちは坑道の入り口に戻ってきた。今度は町への帰還用の玉を割って、セーブポイントへと帰って来た。
アイテム整理もしたい。あれこれ拾ってきたしなー。
そう思ってインベントリを開くと、銅鉱石が九十九個と半端な数。これは悔しい。一〇〇個にしたい。
「ミケ、外にでて銅鉱石一個だけ拾ってきたいから、先に工房行っててくれ」
「え、なんでまた?」
「九十九個だったんだ。切りの良い所まで集めたいだろ?」
そんな事聞かれても困る――というような顔をしたミケを置いて、俺は町の外へと向った。
少し先に鉱石の採取ポイントがある。一箇所の採取ポイントでは、人数制限なんかはなく、一人一回必ず出来る。しかも数時間後には元に戻っているので、また何度でも採取可能だ。
目的で剣を盾に、その盾を背中に背負ってツルハシに持ち替える。
振り上げた時、パーティーチャットが聞えた。
『あのね、モグモグさんところのギルドがね、細工のレアレシピ出したんニャって! この前の防具レシピのお礼に、私に伝授させてくれるって!』
ツルハシを下ろしてチャット設定を変える。
『おぉ、良かったじゃん。性能の良いアクセサリー、お願いしやす』
『任せるニャー』
再びツルハシを振り上げる。
振り下ろそうとしたまさにその時――
今度は獣の声と馬車のような音がこちらに向かってくるのが聞こえた。
ツルハシをもう一度下ろして音の方に視線を向ける。
五匹ほどのイノシシみたいな姿をしたマッドグリフと、空から黒一色の怪鳥ラスカーフ数羽に追いかけられた荷馬車が見えた。
馬も、そして御者も傷を負っている。あれはNPCかっ。
虚ろな目で俺を見た御者は、必死に手綱を握って俺から離れようとする。モンスターを擦らないようにって事か。そんなの気にしなきゃいいのにっ。
俺は馬車に駆け出しながら「こっちにっ!」と叫ぶ。ツルハシは投げ捨て、剣と盾に持ち替えた。
それを見てか、御者がこっちへと向きを変える。
荷馬車が通り過ぎるのと同時に、俺は『挑発』を使ってモンスターのヘイトを集めた。
見事に全部が俺の方へと向ってきたが、マッドグリフのレベルは18。ラスカーフも19なので敵じゃない。
颯爽と範囲攻撃でしとめると、後ろを振り向いて荷馬車を確認する。
荷馬車は止まっていた。馬が力尽きたのか、それとも――
「大丈夫ですかっ」
叫びながら駆け寄るが、力尽きたのは馬と御者の両方だ。御者台で力なく項垂れる男の人の口元に顔を近づけると、辛うじて呼吸しているのが解った。気絶してようだな。
馬は――ダメだよな。血ぃ噴いてるし。なんとかこの人だけでも町に運ばなきゃ。
『ミケ。大変なんだ。NPCがモンスターに襲われてて重症だ。近くにヒーラー居ないか? いたら門のほうに連れて来ててくれ』
それだけ言うと、俺は御者の肩に手を回して運んだ。本当はもっとやりようがあるんだろうけど、生憎救急の知識なんて無い。兎に角運ぶしかないんだ。
腰に回した右手に伝わる、生暖かい、ぬるっとした感触。
血――だよな。
数メートルほど進んだ所で、背後から「手伝うか?」という声が聞こえた。
振り向くと、黒い髪に赤い目というヒューマンのプレイヤーが立っていた。
「お願いします」
「おし」
二人で御者の肩に、それぞれ腕を回して歩き出す。
町から近い所でよかった。心からそう思った。
門の所までやってくると、驚いた門番が駆け寄ってくる。その直ぐ後ろからミケと、彼女に連れられたフェンリルもやってきた。
「生きてるのかっ」
声を荒げる門番を押しのけ、フェンリルが回復魔法を施す。即座に傷が癒され、それでも御者は気を失ったままだった。
「出血が酷いんだろう。あとは医者の領分だから、そっちに連れて行こう」
フェンリルの言葉に押しのけられた門番はすぐに担架を運んできてくれた。医者の家の場所も教えてくれ、自分はここを離れられないからと俺たちに御者を託す。
御者を担架に乗せたところでフェンリルがぎょっとしているのに気づいた。
「どうしたんだよ、フェンリル」
「お前、なんて男を連れてきやがるんだ」
「は? 男――この人がどうしたか?」
御者を運ぶのを手伝ってくれた人に視線を向けると、向こうも顔を抑えて「アチャー」な顔をしている。
どういう事?
「はぁ、モグモグ氏の所のギルマスだったんですか」
「あー。あいつからお前等の話は聞いてたよ。名前は生産の二人のしか聞いてなかったが」
「じゃー、カインさんもフェンリルと知り合いなんですか?」
そこでこの人は口を閉じてしまった。フェンリルを見ても視線を逸らすだけで話そうとはしない。
大手ギルドと囁かれる【終わりなき探求者】ギルドのギルドマスター、カイン・シュバイツァー。二十代半ばの精悍そうな容姿のこの人は、フェンリルとどういう関係なんだろうか。
こういうのって、やっぱアレか?
男女のもつれってやつ。
フェンリルが男装してるのも、それが原因――とか?
町中を担架担いで歩いていると、自然を人目を集めてしまう。ひそひそと囁くNPCの声も聞えてくる。
カインさんとフェンリルのぎこちない空気が流れる中、ようやく俺たちは医者の家に辿り着いた。
手当てする必要はないものの、気絶はしてるし出血多量だしでベッドに寝かせられる事になった御者は、医者の見立てで「命に別状は無い」という事で一安心。
意識が戻らないうちは何がどうなっているのかも聞き出せないし、俺たちはひとまず出ることに。
俺の質問からこっち、まったく口を開かなくなったカインさんと、医者としか会話してないフェンリル。
ミケと顔を合わせては首をすくめ、気まずい雰囲気の中、俺たち四人は工房へと向った。
工房ではモグモグさんと、他に見知らぬ女の人が一人、それにオリベ兄弟が待っていた。もちろん、二人はせっせと請負製造をやっている。まぁレア装備なんて素材もまたレアだから、流石にそっちの依頼は早々来ないだろうけど。
「んで、ミケちゃんから凄いものくれるって話なんだけど、なんなのさ」
「忙しそうだな。次のランキングも安泰とか?」
冗談めいて言ったが、案外そうなるかもしれないってほど二人には加工依頼が殺到している。
フィンには悪いが、もっと人気者になるアイテムをミケから渡して貰った。
取引が終わったんだろうな。フィンが硬直しているのが解る。
「でさーミケちゃん。レシピと細工道具もあるんだけど。どっちがいいー?」
「え、伝授だけじゃなかったかニャ? 細工道具ってなになに?」
レシピを渡し終えたミケの所に、今度はモグモグ氏がやってくる。その間にカインさんはモグモグ氏が連れて来た子の所に行ってしまった。
「うんー。細工道具もあったんだー。あの子がいらないって言うからミケちゃんにでもと思って――あれ、カイン居たのー?」
「居たのっててめー。ギルマスを蔑ろにするってどんだけだよ」
「あははー。あ、フェンちゃんも居るじゃないー。二人で来たのー? 仲直りできたのー?」
「「五月蝿いっ」」
「あははー、してないんだねー」
語気を荒げているカインさんとフェンリルとは対照的に、いつもの間延びした口調のモグモグ氏って、いろんな意味で偉大な人だな。
それにしても仲直りってことは、喧嘩でもしてるのか。
うーん、気になるが聞けばきっとどやされるんだろうな。
フェンリルを見ていると、腕を引っ張る奴が現れる。
フィンだ。
パクパクと口を開け閉めしているものの、声が出ていない。手には丸めたレシピを持っている。
「盗まれるぞ」
そういうと彼は慌ててレシピを鞄に突っ込んだ。
「うんうん。早く使っちまえよ。で、武器作ってくれ。な?」
ぶんぶんと横に首を振るうフィンに、ミケの甘い猫なで声が囁く。
「使ってほしいニャー。フィンの為に取って来たんニャからー」
大嘘だ。
それでもフィンは感動している様子だから、まぁいいか。でもミケの本音はその後――
「で、伝授を向こうのギルドの人にしてほしいニャ。そしたら細工道具もレシピ伝授も手に入るから、万々歳ニャ〜」
なるほど、そういう事か。まぁ初めからフィンに使ってもらう予定だったし、俺は文句無い。
ちょっと考えてからフィンは、ようやく決心したようだ。
「わ、解ったよ。ミケちゃんの為だからなっ。あとでレシピ代寄こせって言っても知らないぞ」
「いいっていいって。武器さえ作ってくれれば」
「失敗しても泣くなよっ」
「あ、それは泣くかもしれねー」
苦笑いを浮かべると、フィンはUIを操作した。その手が微妙に震えているのが解る。それぐらい、伝説級レシピの存在がでかいって訳だな。
確かにレアレシピはあのレア祭りでちょこちょこ出てるらしく、公式サイトにもカゲロウみたく内容を公開するプレイヤーが何人かいた。
でも伝説レシピはまだ確認されていない。カインさんのギルドの人も伝説クラスはまだ見てないと言う。
もしかしてこれが初めてかもしれない。
そう思ったら俺も震えてきた。だって拾ったの俺とミケだもん。
フィンが震える手でレシピを解放している間に、ミケはモグモグ氏と話をつけていた。流石に向こうも驚いている様子だ。
ミケがパーティーリーダーとなり、フィン、モグモグ氏とカインさん、もう一人の女の子、雨宮さんってのがパーティーに加わった。他には聞えないようパーティーチャットで会話する為だ。
『まじで伝説なのか?』
カインさんが語気を荒げる。俺とミケ、そして解放し終わったフィンが頷いた。
『マジか……知り合いのギルドの方でも、レアは数枚出たが伝説は未だにゼロだって話だぜ。俺んとこもだけどよ』
まだ興奮冷めやらぬって感じなのか、ちょっと高揚したままのカインさん。モグモグさんは冷静なのか「素材なにー?」と相変わらずだ。
とんとん拍子に話は進んで、カインさんのギルドからまた一人やって来た。鍛冶ランキングトップスリーの人だ。明鏡止水とか、覚えやすい名前だよなー。
が、実は素材が無い。
『いやー、どうしよっかねー?』
フィンが俺たちを見渡して言うが、知るかそんなのボケって感じ。口に出しては言わない。断じて言わない。なのに――
『しるかボケっ! そもそも素材すら知らねーっつーの』
と口の悪かった明鏡止水さん。名前と人格は合致していませんでした。
本日二度目の更新です。
明日も二話更新できたらいいなぁ……。
書き溜め30話はキープ中。