1-20:緊急メンテナンス
モグモグ氏が所属するギルドが、実は別ゲーでも有名な大手ギルドだというのは直ぐに教えられた。フェンリルも一時期は同じギルドに居たらしいが、廃人仕様に付いていけず脱退したんだとか。
その大手ギルドから鉄鉱石や鉄の加工を依頼され、フィンたちは加工による生産ポイントをめきめき増やしていったみたいだ。
パーティーチャットから聞こえて来た会話の内容だと、向こうのギルドでレアレシピが手に入ったら、希望するものを伝授するという約束までしてくれたみたいだ。出来れば武器を希望したい所。そうすれば全員の武器をレアにすることも出来るし。いや、本音は伝説級だけど。
っというのが今日までの話だ。
フィンとカゲロウは生産レベルを上げてランカー入りを夢見ている。ミケはランキングに入るって事には興味も無く、ただ自分ででざいんしたアクセサリーを作りたいというのはあるらしい。リアルでもそういうのが好きなんだとか。女の子だなー。
そして俺は……勇者ジョブを手に入れる。それ以外の目的というか目標っていうものが無い。
そもそも勇者が職業として存在するのか……wikiにも、もちろん公式にもそんな情報は無い。なのに、俺には根拠の無い確信みたいなのがある。
今日はログインする前に公式サイトを見よう。生産ランキングの仕様とか確認したいからな。
自分が生産するわけじゃないけど、どのくらいのポイントでランキングに入れるのか見て、フィンたちのポイント次第じゃ鉱山にでも行こうかと思うし。
えっと……、
ポイントは週一回のメンテナンスでリセットされるのか。これなら誰にでもランカーになれるチャンスはあるって事だな。
現在のランキングはベータテスト三か月分のトータルポイントから……こりゃポイントの参考にならないな。
あー、鍛冶部門はモグモグ氏だ。カゲロウの言うとおりだな。他は――まぁ知らない名前ばっかりだな。
そういえば、フェンリルはポーション作りだから製薬か? どれどれ――っぶ、あいつランキング四位だったのかよ! 立派なランカーだったとは。
あ、上位三位までは回復量プラス十五パーセントに毎秒一〇〇回復が五秒継続で、十から四位まではプラス一〇パーセントの毎秒五〇回復か。何気に良い物作って貰えたんだな。感謝感謝。
それにしても、まさか女の人だったとはなー。そりゃー、声とか男か女かと聞かれれば女っぽい気はしたけど。でも言動がなー。
座椅子にもたれ掛かって天井を見つめながら思い出す。はじめて出会った時の事を。
木の上に居たっけ。ってことは、あそこから支援してたって事か……どんだけ辻支援に命賭けてたんだ。
思い出してつい吹き出してしまう。
「さて、ログインするかな。フェンリルが落盤させるって言ってたけど、どうするつもりなんだろうか」
ベッドに移動して、傍らに置いてあるヘッドギアを装着。横の部分にある電源をオンにすれば、いつものように睡魔が――
「ん? 眠くならないぞ?」
ヘッドギアをコツコツと叩いてみる。電源ボタンももう一度押した。
が、眠くならない。それどころかバイザー部分の映像投影も始まらない。
今日はメンテナンス――ヘッドギアを外してパソコンの前に移動して確認――やっぱり違うか。メンテは明後日の木曜日だ。
うーん、なんだろうなぁ?
公式ページをあちこち見てると、掲示板が炎上しているのが解った。
記事タイトルからして、緊急メンテナンスみたいだな。ページを移動してトップを見ると、やっぱりか。案の定、緊急メンテナンスの告知が出ていた。
なになに――
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いつもご利用頂きありがとうございます。【Second Earth of Synchronize Online】運営チームです。
現在、サーバー機器との接続トラブルが発生し、緊急メンテナンスを実施させて頂いております。
その為ユーザーの皆様には多大なご迷惑をお掛けしております事を、深くお詫び申し上げます。
復旧作業の目処については、随時ご報告申し上げます。
今後とも【Second Earth of Synchronize Online】をよろしくお願いいたします。
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――か。ログイン出来ない訳だ。
そういや、ゲーム中にノイズが走ったことあったな。あれも接続トラブルの影響だったのかね。
ログイン出来ないとなると、急にやる事が無くなってしまう。普通の学生なら勉強ってのもあるんだろうけど、高校も卒業して大学も合格してる今のこの時期に、もう勉強なんてやりたかない。
特に一人暮らしするって訳でもなく、この家からの通学だから引越し準備も必要ないし。
よし、勉強しよう。
たった今勉強したくないって考えたばっかりだが、wikiでゲームの勉強ならいくらでもしてやるぜ!
足元がふわつく感じを覚えてガクっと膝を付く。
ぬるっとした感触に堪らず声を上げた。その声は俺が発しているというのに、随分と幼く、またちゃんとした言葉にすらなっていない。
「アーッ! アーッ!」
声は出れど言葉が出ない。
さきほどの感触が何なのか見るために視線を落とす。そこで気が付いた。
俺は――子供、いや幼児になっていたんだ。
これは夢?
それともゲーム?
いや、ゲームな訳ないか。こんなキャラメイクしてないもんな。じゃー、夢か?
だけど生々しいまでのぬるっとした物が、俺に現実感を与える。
足元に広がったどす黒い血の海。そして累々と横たわる屍。
人間の物もあれば、そうではない異形の、それこそモンスターという存在の屍も無数に横たわっている。
何が起きているんだ?
なんでこの人たちは死んでいるんだ?
なんで俺はこんな子供になってるんだ?
言葉無き声で泣き叫ぶ俺の元へ、見ず知らずの男がやって来た。
「はぁはぁ、戻ってきて良かった。やっぱり生存者が居たんだな」
男は自分が身につけていた外套を脱ぎ、それを俺に巻きつけ抱え上げた。
肩越しにもう一人居るのを見た。銀色の長い髪の女エルフだ。一瞬フェンリルだろうかと思ったが、彼女よりは穏やかな雰囲気の人だった。
「その子の泣き声、よく聞えたわねー。獣人よりも私たちエルフよりも、こういう事に関してだけは耳がいいんだから」
「ははは。困ってる人の声だけは、よく聞えるんだよ」
「それにしても、その子、相当な幸運の持ち主ね。あれだけの群に蹂躙されたってのに、一人だけ生き残ってるんですもの」
幸運?
群?
なんの事なのかさっぱり解らない。解るのは、『此処』で生き残ったのが自分だけという事。
またしても涙が溢れ出す。その涙を男は優しく拭ってくれた。
「幸運……そう呼べるのだろうか。この子は両親も、そして可愛がってくれた隣人さえも全て失ったのだから」
失った。その言葉が俺の胸に突き刺さる。
目下を赤く染め上げたモノが、恐らく失った者なのだろう。
両親。隣人。そのどれもが記憶に無い。それでも、失ったという実感だけは何故かある。
悲しくて、恐ろしくて、俺は男の肩をぎゅっと掴んだ。
安心させるように、優しく、そして長く、俺の頭を撫でてくれた。
「心配しなくていいんだよ。君の面倒を見てくれる優しい人を、私たちが探してあげるからね」
「そうよ、安心して。それまでは私たちが家族の代わりよ」
二人の額が触れ、それが心地よかった。
男に抱きかかえられたまま、俺たち三人は歩きだす。
無数の屍が横たわる村を後にして――
進む先には光が見えた。
またあの夢かー。事故で両親を亡くしたのと、変な勇者願望が混ざって出来上がった夢だと思うんだけど、定期的に見るよなー。
ゲーム内でやたらパーティーとかフェンリルとかが死ぬのを嫌がるのって、これが原因だよなー。
さて、今何時だ? メンテ終わったんだろうか。
時計を見ると九時を過ぎたあたり。もちろん午前のだ。珍しくよく寝たな。
付けっぱなしだったパソコン画面で公式ページを開く。
「ってまだ緊急メンテかよ」
告知欄には緊急メンテナンスの項目が四つも並んでいた。
最後というか最新のヤツには、今日の十五時には終了する予定だってのが書かれていた。それと補填としてはプレイ時間を半月分自動チャージ、経験値二倍アイテムの配布ともあった。
公式サイト内の自由掲示板はもちろん大炎上。
『そんな補填で足りるわけねえだろ』とか『サービス開始早々終わった』といった書き込みも目立つ。ただ、半日程度の緊急メンテナンスにも関わらず、月額課金のプレイ時間が半月分タダで貰えるっていう事に好感が持てる運営だっていうプレイヤーの意見も多い。
まぁ俺は他のVRMMOを知らないんで、メンテが早く終わればいいなー程度にしか思ってないけど……。
ログイン出来るまでまだ時間もあるし、昼飯までは本屋にでも行ってこよう。
1章ラストでございます。
この後、2章始まる前に間話をはさみます。




