1-19:変態の下は美人さんでした
『ラ、ランカーだ! 鍛冶製造のナンバーワンランカーのモグモグ・モグリンさんだ!』
正直俺はその名前を聞いて吹き出しそうになった。
こんな人がナンバーワンって……。鍛冶職人って聞くと、もっと筋骨逞しい色黒のおやじさんってイメージなんだけど。もちろんプレイヤーな訳だから、そうとは限らないのは解っているが。
よりにもよって絞まりのないヘラヘラ顔のエルフとはなぁ。
『もしかして、さっきの知り合いランカーって……』
カゲロウの言葉にフェンリルが振り返って頷く。
「え? 何、どうしたの? あの子たちフェンちゃんの知り合い?」
「んむ。で、お前は何かようなのか?」
「あー、そうなんだよ。ねぇ、銀インゴット余ってないかなー。買い取るからさー、頂戴?」
両手を重ねておねだりのポーズをしてみせる製造ランカー。フェンリルはその手をパシッと払いのける。
ヘラヘラ顔からションボリ顔へと移行した男は、溜息を吐いて愚痴を溢した。
「はぁ、暁の馬鹿のせいで、次の伝説レシピゲットした人がー、銀を要求するんじゃないかって話が流れてて、皆出し惜しみし始めちゃったんだよねー。もう、ほんと困っちゃうよ」
「あー、そういう事か。どうりで鉱石類の値が高騰しはじめた訳だ」
頷くランカー。
こんな事で価格操作が始まってしまうのか……。製造職人って大変そうだな。
モグモグ氏が更におねだりするが、フェンリルは出し渋っている様子だ。
「インゴットは少ししか持ってないし、未加工なのがほとんどだ。君、もうポイント必要ないぐらい製造してるだろ?」
「うんー、そうだねー。知り合いに鍛冶やってる人いるなら、その人のポイント稼ぎに加工依頼しちゃってもいいよー。でも出来るだけ早くほしいんだー」
「っという事で――」
フェンリルはカゲロウを見た。にっこり微笑むフェンリルに見つめられ、カゲロウ――と何故かフィンは顔を赤く染める。そういえばこの二人、フェンリルの鬼バージョン見てないんだよな……。
「君、鍛冶だな? さっき『紙』出してただろ。職人レベル上げたくは無いか?」
紙? あー、レシピの事か。
そういや製造しないとレベル上がらないんだよな、生産職ってのは。鉱山でも鉄鉱石や鉄、銅鉱石とかもいっぱい拾ってきてるし、加工すればレベル上がるならやって貰うのも手だな。
「確かにレベルは上げたいですね。というか、俺の今のレベルだと『あれ』を製造する事もできないし……」
「じゃー、今回の鉱山で拾ったのも合わせて加工してしまわないか? フィンと二人で分ければ二人とも上がるだろ」
「ミケさんは?」
カゲロウはミケを見る。
「細工師をやってるニャ。レベルはもともと高くないし、鉄インゴットまでまだ行ってないニャ」
「じゃ、鉄鉱石は猫ちゃんに、鉄から先は俺らが――カゲロウは銀加工までもう直ぐだろ?」
こうして三人が手分けして加工製造に取り掛かった。モグモグ氏とフェンリルも、鉱石を持ってくると言って倉庫へと向う。
やる事の無い俺は、三人の作業をじっと見ているしかない。
三人の加工作業はそれぞれ二分で一〇個完成している。一度に一〇個同時に加工できるみたいだな。それでも、鉱山で拾ってきたのは三〇〇個以上ある。更にフェンリルとモグモグ氏が追加で持ってくるだろうから、時間が掛かりそうだ。
見ていると、たまに失敗しているのもあった。どろどろになって屑鉄みたいになってしまうのだ。
「はぁ、なんか生産道具にも特殊なのとかあったらいいのになー。成功率が上がるハンマーとか」
失敗した屑鉄を捨てながらフィンがぼやく。
ハンマーかー、そういや……。
「ちょ、ハンマー持ってる! いや製造用かは解らないけど。ちょっと待っててくれ」
荷馬車を護衛した時に倒した、たしか怒った大地のズモモみたいな名前の奴。あいつからドロップしたアイテムの中に、ハンマーがあったんだった。
急いで倉庫に向う途中、フェンリルとモグモグさんとすれ違った。パーティーチャットで『倉庫行って来る』と伝えると、場所を移動するからという返事が返ってきた。
とりあえず倉庫に向かい、目的のハンマーを取り出す。
チャットの指示に従って移動したのは、別の工房だ。フィンたちも到着している。
「ここは僕たちのギルドが借りてる作業台があるのー。三人には一時的にギルドに入ってもらって、ここ使ってほしいんだー。加工数が最大一〇個から五〇個になるし、成功率もほんの少しだけど、あがるからー」
と言ってUIの操作をし始めた。フィンたち三人をギルドってのに誘っているようだ。
その間に俺は工房を見渡した。
隣には大きな宿屋がある。見るからに高そうな宿だ。町には何件かの宿があって、それぞれ宿泊費用も違った。その分やどの質も当然違う。ほんと、地味な所でリアルな設定だよなー。
工房はさっきまでのと違って、設備が全体的に大きい。NPCの人数は少なく、どちらかというと受付みたいな所に数人居る程度だ。あ、狐耳の受付お姉さんもいる。後ろに小さな建物があるから、倉庫かな?
中に入ろうとしたら、
「この先は関係者以外立ち入り禁止となっております」
と注意されてしまった……。フェンリルも工房の外にいるあたり、賃貸してるギルドのメンバー以外入れないって事か。三人はもう工房内だ。
チャットをパーティーに設定し、工房の外に来てくれるよう頼む。
やってきた三人に、俺はハンマーの話をした。
『で、これなんだけどさ」
インベントリを開いて『大地のハンマー』を取り出そうとした。が……インベントリ内にハンマーが二本って、どういう事だ? 増殖? いやいや、そんな訳ないよな。
『で、どれなんだ?』
『もったいぶらずに見せろよソーマ』
『あ、いやその……見せたかったハンマー以外に、もう一個あったんだ……もしかして、カゲロウみたく取り巻きから出たのかもしれない』
恐るおそる、まずは『大地のハンマー』を取り出し、次にいつの間にか拾っていた『勇敢なハンマー』っていうのを見せた。
どちらも取引可能で装備レベルも無ければ攻撃力の表示も無い。
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【大地のハンマー】
大地の力を宿したハンマーで、低確率で製造品がプラス1される。
製造速度一〇〇パーセント増加。
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【勇敢なハンマー】
失敗を恐れず果敢に挑め! そんな親方魂が篭った一品。
生産の成功率が五パーセント上昇。一度の加工製造による経験値がプラス1される。
製造速度一〇〇パーセント増加。
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『ちょ、これ色からするとレアと伝説級じゃんっ。まじで存在してたのか』
『え、色?』
『アイテム名の色だ。君、何故アイテム名にいろんな色が付いてるかとか、疑問に思ったことはなかったのかい?』
フェンリルの言葉に苦笑いを浮かべて応える。思ってませんでした……。
ミケも隣で溜息をつき、それでも親切に説明してくれる。
『白はノーマル、緑が高級でオレンジがレア。黄色は伝説っていう風に分けられてるニャ』
なるほど。大地の方がオレンジ色、勇敢は黄色……。なんつー物を俺は拾ってたんだ。
いや、さすが俺というべきか。
この二本を誰かと誰かが使ってくれれば……一人だけハンマーが無いのは申し訳ないな……。
『誰か一人だけハンマー無しってのは悪いんだけどさ……どうする?』
『いや、どうするっていうか、どっちかはソーマだけで拾ったものなんだろ? それを――』
『いや俺、生産やってないし』
『いやいや、これ高価なもんなんだぞ?』
『いやいや』
『いやいや』
こんな調子で譲り合いみたいな事をしはじめたもんだから、モグモグ氏もやってきて俺たちの輪に加わった。
「あれー、どうしたのー? あれー、それ何だろうー?」
刹那、フェンリルがキッと表情を変え、俺の手から二本のハンマーを奪い取った。
そして『大地』をカゲロウに、『勇敢』をフィンに手渡し、『装備しろ!』と凄んだ。気圧された二人は頷き、どうやら装備したみたいだ。
『子猫ちゃんは細工師だからな、ハンマーは加工のときにしか使わないし、本番は細工セットだろう。このハンマーは二人に使わせるのが無難だ』
『うわわわわわわわ、つい装備しちゃった。ソ、ソーマ、いい、いいの?』
『いいっていいって』
「えー、それ何ー? もしかしてレアなハンマーだったのぉー? 買いたかったー、いくらで買ったのー?」
モグモグ氏が言うと、一瞬のうちに近くに居た職人プレイヤーがゾロゾロ集まってきた。
双子は注目の的となり「見せてくれ」から「譲ってくれ!」「買う、買うよ!」という言葉に変わっていく。
『ここに居るのはベータテストからのプレイヤーばっかりだからな。金なら余るほど持っているんだ。けどベータ時にはレア以上のドロップ率を下げられていたから、レアと聞くとハイエナのごとく群がってきて、金をチラつかせるんだ』
『だから無理やり装備させたのか……』
『ブルジョア恐るべしニャ』
『レシピの方は使ったんだろうな? ヘタに持ってるだけだと、買わせるまで粘着されるかもしれないぞ』
ぎょっとなってカゲロウがフェンリルを見ている。慌ててUIを操作している辺り、今使っているんだろうな。
考え込む仕草をした後、カゲロウはモグモグ氏をパーティーに入れるよう言ってきた。言われた通り、彼にパーティー要請を出す。
『どうしたのー? わざわざ誘うって事は、他に聞かれちゃイヤーンな事かなー?』
間延びした口調、なんともいえないヘラヘラ顔は全てにおいて面倒くさそうな印象を感じる。そんなモグモグ氏にカゲロウが真剣な面持ちで近づく。
『あの、実は俺たちレアの防具レシピを持ってまして。今使ったんですけど――』
流石にこの言葉には驚いたようだ。糸目をカっと見開き、すかさずカゲロウに詰め寄る。
『嘘? 本当に? な、何の装備なの? 素材は?』
相当必死だな。流石にカゲロウもたじろいでいる。
『あの、どうもこのレシピって、他人に伝授できるみたいなんです。ただし一人限定なんですけど』
『え、そういう仕様なの? うわー、凄いなぁ。僕たちのギルドでもネームドを捜して倒してるんだけどさ、レシピってまだ一枚もドロップしてなかったんだー。だから高級以上は存在しないんじゃって、話してたぐらいー』
なんか俺たちってよっぽど凄いもの拾ってきたみたいだな。
モグモグ氏が今だ他プレイヤーに囲まれている所で「うちのギルメンなんだから、ダメだよー」と一声掛ける。その程度で蜘蛛の子を散らしたように退散する職人プレイヤー達。
すっきりした所で話が進んだ。
『それで、良かったらモグモグさんに伝授を受けてもらおうと思って』
カゲロウが言うと、モグモグ氏がフィンを見た。彼も同じ鍛冶だから、何故彼に? という表情だ。
『兄は武器専門でやってるんです。兄弟なんで、それぞれ分担作業してて』
『あ、そうなんだ。全然似てないから偶然同じファミリーネームなんだと思った』
俺と同じ事思ってたのか。ちょっと親近感沸いた。
伝授を受ける。それによる見返りをカゲロウが提示する。それはちょっと意外でもあり、それは凄くいい事だとも思った。
『俺はこのレシピの内容を公開します。したところで真似出来る訳でもないですし、困りませんから。モグモグさんへの見返りは、もしこの先貴方がレアレシピを手にした場合、内容を非公開にはせず、情報をプレイヤー全体で共有してほしいんです』
『例の暁みたいにならないようにー、だね?』
今や真剣な表情のモグモグ氏にカゲロウは頷いた。
直ぐに絞まりの無い、さっきまでのヘラヘラ顔に戻った彼は、
『いいよー。僕も初めからそのつもりだったしー』
と答えた。
それからフィンたち三人は鉱石の加工に戻り、カゲロウは加工をしながらレシピの素材をモグモグ氏に伝えていく。モグモグ氏が更にギルドの人に頼んで、手持ちの素材を集めているようだった。
どうやら製造可能な防具があったようで、今から実際に作るらしい。実際に作らないと伝授できないんだとか。
しかし、見ているだけってのは暇過ぎる。隣のフェンリルもそうなのか、欠伸をしはじめる始末だ。
「そ、そうだ。暇だったらさ、ポーション作ってくれないか? NPCから買うとお金が減るし、あ、手数料は払うよ。薬草も結構集めてるんだ」
「ほむ……まぁ暇だしいいか」
フィンたちに元の工房に行くことを伝え、フェンリルと二人してまずは倉庫に向った。ここの倉庫はやっぱり『関係者以外立ち入り禁止』区域だったからだ。
今隣を歩くフェンリルは法衣こそ男物ではあるものの、顔はどう見ても女だ。美形がデフォのエルフでも、男女の区別はしっかり出来ている。しかも、黒いコートの時にはさらしでも巻いていたのかってほど膨らみの無かった胸も、今はちゃんと……ある。
一瞬だけ見てしまった膨らみのせいで、俺の顔がカァーっとなって熱くなった。
すれ違う男たちが羨ましそうに俺のほうを見てるじゃないか。そりゃそーだよな、こいつ……あ、女性にこいつは失礼か。この人、かなり美人だし。
吊り目気味の意思の強そうな黄金の瞳は、エルフという種族と良く合っている。対照的な銀色の髪が全体を神秘的に演出。男物の法衣を着ているが、豊満な胸が女性だというのを人目で解らせて、逆にそれが色香にもなってなくはない。
そんなフェンリルと、俺は今ツーショットなのか……。ひぃー、こんな美人とツーショットなんて、俺の人生で始めてだぞ?
「おい、さっきから何一人で百面相をしているんだね、君は」
「あわわわわわ、何でも無いです」
紅潮しているであろう顔を背け、俺は道の端に並ぶ屋台を眺めた。プレイヤーのものではなくNPCの店だ。
香ばしい匂いを漂わせる串焼き屋。店内で焼いたパンを店先に並べるパン屋。アクセサリーを取り扱う屋台。日本のお祭りで見かけるアレと同じだな。
本当にこれはゲームなんだろうか?
そう思った瞬間、俺の視界にノイズが走った。ほんの一瞬だけだが……サーバーの調子でも悪いんだろうか?
「ぉぃ、おい、聞いてるのか、君?」
「え、あ? ごめん、聞いてなかった」
意識をどこかに飛ばした気はしてなかったんだけども、どうもフェンリルの話を聞いていなかったみたいだな。
改めて聞きなおすと、アデリシアさんとレスターの話だった。
「で、暁のメンバーらしい二人とは知り合いだったのか?」
「あー、いや。ほら、お前が始めて支援、いや初めてじゃないのか。バウンドに囲まれてた時にいたエルフの女の子。覚えてるか?」
その言葉で思い出したらしい。後からやって来たレスターの事も、ちゃんと見ていたようだ。
アデリシアさんとはフレンド登録してあると伝えると、すぐに画面を開いて見ろと催促される。素直に従って画面を出す。今の所アデリシアさんとフェンリルの二人の名前が出ている。
「相手がログインしていれば、レベルも確認できるんだが――」
「あー、あるね……うわ、アデリシアさんレベル26だったのか!?」
い、いつの間にこんなレベル差が。もしかして例の『祝福の珠』ってヤツかな。
沈み行く夕日の中、フェンリルの銀色の髪が紅く染まっていく。それを見ながら、俺はある人の事を思い出した。
はじめてゲーム内で出会ったプレイヤーの事を。
露天風呂の君……とでも呼ぶか。
髪の色さえ違えば、フェンリルはそっくりなんじゃないだろうか?
「ぉぃ、おい! さっきから聞いているのか?」
「うわぁー、ご、ごめん。トリップしてた」
どこにだよ。とブツブツ言いながら話を再開する。
「アデリシアって子が26なら、男のほうは最低でも同じレベルだろう。山猿が36だからね、最低32でもあればメンバー次第で倒せるだろう」
「順当に行けば、あの二人がアレを倒す方が先……だよな」
倉庫に辿り着いた俺たちは、それぞれアイテムを取り出し今度は工房へと向かう。
その間にもいろいろと考えた。『祝福の珠』を使って、俺もレベルアゲを急ぐかとか、それとも諦めるかとか。でもレスターはあの場所までの道を覚えて無さそうだし、見つかるまでは俺たちにもチャンスはある。
「そういや、そもそもフェンリルは何故あそこに?」
ふと気になった事を尋ねた。レベル36モンスターが出るような場所に、32のフェンリルがソロってのは無謀なんじゃ? そんな無謀な事をするような人にも見えないけど。
「んー、巾着おじさんが言ってただろ。流行り病の原因が山を降りて来たヤツだとか。それが気になってね」
「まさか、あのマンドリルが?」
「いや、解らない。ただこの町の医者の話だと、猿ってのは当たってるんだ。しかも北西の村ではあの病が流行しはじめているってね」
「だからって一人は危険だろう」
「いやー、まさかレベル36がいるとは思ってなかったから。あの山の麓は30モンスターしか居ないんだよ」
ってことは山には初めて入ったのか。まぁ麓でレベル30なら、なんとなく入っちゃうかもなー。
そうこう話すうちに工房へと到着。といっても一般のプレイヤーが使う工房のほうなのでカゲロウ達はここには居ない。
さっそく薬草を渡し、作れるだけ作ってくれと頼んだ。
窯のある作業台ではなく、釜戸のような焚き火の燃えるところに行くと、取り出した釜で薬草を炒りはじめた。それが終わるとすり鉢ですり潰し、水の入った瓶にその粉を投入していく。
「んー、君たちが鉱山の穴からあそこに出てきたって話だけど、あの二人は道を良く覚えてないみたいだし、穴を塞げばよさそうだなー」
「そうなんだけどさー、どうやって塞ぐんだよ」
出来上がったポーションを受け取り、俺は苦笑いで問いかける。
誰が掘ったのかも解らないあの無数の穴を、どうするってんだろう? わざわざ土で埋めるとか? そんな事してたらレベル上げしてる暇もないぞ。
だが、俺の考えとは違い、フェンリルの言葉は辛辣なものだった。
「落盤させればいい」
にやっと笑う彼女は、やっぱり鬼の面を付けたフェンリルと同一人物だった。
本日2度目更新です。
次の1話で1章が終わります。
あ、章を作ってないままだった……。
明日作ろう。そうしよう。