1-18:変態会議
魔法陣の転移先は教会。一分ほど待っても戻ってこないフェンリルに慌ててささやきを送った。
『to.フェンリル・クォーツ:生きてるか』
だが返事は返ってこない。
ミケも心配そうに俺を見ている。フィンやカゲロウもだ。
一人だけそんな素振りもまったくない人物がいた。
「ねぇ、さっきのネームドモンスターだったよね? レベル36って言ってたっけ。ボクたちボス部屋までのルート、覚えてないんだ。適当に横穴を進んできたからさ。君ら、覚えてる? 覚えてるなら教えてくれるかな?」
「今それどころじゃ無いニャ!」
「いや、それどころだろ? だってあのレベルのネームドの情報は誰も知らないんだ。ボクたちが頂くよ。どうせさっきのヒーラーじゃ倒せる訳無いし。死んでるだろ」
思わず俺はレスターを殴っていた。
攻撃――ではないのでダメージ表示は出ない。それでも奴は後ろに吹っ飛び、教会の椅子を一つ壊した。
「死んでるなんて言うな!」
「……ち、たかがゲームだってのに、何ムキになってるんだ? デスペナなんて誰だって経験してるだろ?」
へらへらと笑うレスターを、もう一度殴ってやろうと拳を振り上げる。今度はレスターも身構え、反撃する気満々だ。
「こんな奴相手にする必要ないニャ!」
「お願いレスター、やめようよぉ」
俺はミケに腕を抱え込まれ、レスターの前にはアデリシアさんが飛び出してきた。
互いに唇を噛み締める。
「ソーマ、復活地点に行くニャ」
小さくミケが囁く。
そうだ。こんな奴相手にする事ないんだ。今はフェンリルの無事を確かめなきゃ。
「どこだ」と呟くと、ミケは付いてくるよう囁く。フィンとカゲロウにも目配せはした。
駆け出す前に俺はアデリシアさんに言う。
「そいつを俺の前に連れてこないでくれ。お願いだから……」
「ごめんね、ごめんね、ソーマ君」
涙目でただ謝るだけの彼女を見て、俺は少しやり過ぎたことを実感した。けど、今は謝る気にはなれない。
教会を出てミケの後を追う。
「先にあの二人をパーティーから追放するニャ」
「そうですね。どうせ行き先は解ってるでしょうが、それでもムカつきますし」
「追放だ! 追放してしまえ!!」
三人に言われてパーティーの指令アイコンをタップする。まずレスターを追放し、次にアデリシアさんを追放した。彼女を追放する時にだけ、少し罪悪感を持った。
二人がパーティー一覧から消えると、ミケは再び走り出す。町の中央よりやや南門よりの方角へ。
人混みの中、誰にもぶつからずに走るミケを必死に追う。何度も人とぶつかり、その度に謝りながら走った。
ミケが立ち止まり、彼女の視線の先に求める人物の姿を見つけた。
銀色の刺繍糸で逆さ十字が描かれた黒いコートはボロボロ。毛先で結んでいたはずの黒いリボンも、今は見当たらない。変わりに土が付いた銀色の髪の毛は汚れていた。
HPバーも真っ黒だ。
頭を掻く仕草で立ったままのフェンリル。
彼、いや彼女に向って駆け出した。
「フェンリル! 死んだのか!?」
声を聞いて顔を上げたフェンリルは、一瞬微笑んだように見えた。が、直ぐに顔を隠そうと手で覆う。
「キャラクター情報見ればバエバレなんだって!」
語気を荒げて怒鳴った。
しまったと言わんばかりにあたふたとするフェンリル。まったく、何やってるんだ……。元気そうだし、心配して損した、かな?
「はぁ、もう少しでレベルアップだったのになぁ。まさかあんな大群が居るとは思いもしなかった」
「レベル32になりそうだったのか……そりゃ、残念だったな」
「まったくだ。しかも初撃で装備破壊攻撃してくるし、お気に入りのお面ちゃんが砕けてしまったよ」
「はっはっは、そうかそうか――じゃなくって、あんた女だったのかよ!?」
再び顔を覆い隠そうとするフェンリル。今更無理だって。
「ネナベだったのかニャ……絶対ただの変態キザ男だと思ってたのに」
「え、ソーマばっかりなんで女の人とお知り合いなんだよ! ずりーぞっ」
「フィンの言ってる意味わかんねーぞ。ところでネナベってなんだ?」
「「ネットオナベ」」
双子がはもる。お鍋? 余計に解らなくなるだろ。
「女なのに男キャラを使ったり、こういう性別を偽れないゲームだと男装して男の振りしてるプレイヤーの事だニャ」
「は? ネナベ? いやいや知らないし。私は全国四千万人の可愛い子ちゃんの味方、超絶イケメンのフェンリル様だし――」
「どっからどう見ても女にしか見えないぞ……」
項垂れて両膝を付くフェンリル。そのままぼそぼそとヒールを唱えたのか、彼女のHPが全快した。
よっぽど女だとバレたくなかったのだろうか。何故男装していたのか、何故バレたくなかったのか。今は聞かないでおこう。
今一番彼女に言いたいのは――
「はぁー……なんでお前も逃げてこなかったんだよ! 寧ろ何であの状況なのに逃げなかったんだよ!?」
「は、いやだって……君たち居たし」
「居たって逃げろよ!」
「はぁ? 私はヒーラーだぞ? 仲間を救うのが仕事の職業なんだぞ? なんで君たちを見捨てて逃げれると思っているんだね。大体自分よりレベルが低い者を見捨てられるなんてかっこ悪いだろ!」
かっこ悪いって……その程度で死ぬのかよ……。
「それに、君だったら仲間を置いて逃げるのかね?」
黄金の瞳が俺を捉える。その瞳からは逃げられない、そんな気がした。
俺だったら……仲間がピンチの時……逃げれるわけがない。寧ろ皆を先に逃がす――そうか、俺も同じ事、するよな。
一気に俺の熱が冷めてしまった。いや、なんでこんなに自棄になってたのか解らない。やっぱり、誰かが死ぬってのは嫌だからかな。
「あー、怒鳴って悪かったよ。なんかどうも俺、自分を置いて誰かが死んでしまうっていう光景がダメでさ」
覚えてはいない、両親の記憶ってヤツなのかもしれないな。
「深く考えるな。ただのデスペナなんだから」
「でもデスペナで経験値マイナス一〇パーセントって、きついですよねー」
後ろからカゲロウの声がした。
え、じゅっぱーせんと!? そんなに減るのか。知らなかった。
あれ、そういや俺、まだゲーム内で死んだ事無いな。これが勇者ジョブフラグになってたりしたらさいこーなんだけど。
すっかり頭も冷えた所で、改めて
「なんでネナベしてるニャ?」
「いやミケ、きっと誰にも言えない秘密とかあるんだから、安易に聞いちゃダメだろ」
聞きたいとは思ってはいるものの、そんなストレートには聞けない。女の子って凄いなぁー。
尋ねられたほうはぼろぼろのコートを憂いて肩を落としている。装備破壊がどうとか言ってたけど、それが原因なんだろうか。
「ねぇねぇ、なんでかニャ?」
「あのねー、子猫ちゃん。楽しいからに決まってるだろう。ほっといてくれ。私は今猛烈に落ち込んでいるのだから」
大袈裟な溜息を吐いて倉庫へ行くからと歩きだした。当たり前のように俺たちも付いていく。
倉庫までやってくると、カゲロウが思い出したかのように全員を集めた。フェンリルは倉庫内に入っていく。
「パーティーチャット使いますね……『よしっと、皆もパーティーチャットにしてください』
何の事かと思ったけど、すかさずカゲロウが教えてくれた。UIで音声チャットの設定を『一般』から『パーティー』に変更する事で、同一パーティー内にだけ聞えるようになるんだとか。設定が面倒くさいのでたいていは『一般』で喋るらしい。
『わざわざ他人に聞えなくして、何かあったのか?』
『大有りですっ。召喚ホブのドロップを回収していて、凄いもの見つけたんですっ』
『何々?』
一斉に皆が円陣を組んで輪を縮める。
カゲロウがインベントリから取り出したのは紙切れ。それを見たミケとフィンが口を押さえて歓声を上げていた。
『レシピじゃん! しかもレアって、何処で拾ってきたんだよ!』
『ボスの取り巻きから出た木箱です。ソーマが穴の方に向った後、残ったのを急いで回収してたら入ってたんです。きっと高額で売れますよぉ』
『本当に高級以上のレシピって存在してたニャね。まだサービス開始して三日だけど、レシピ情報はまだまったく出てなかったから、驚きニャ』
嬉しそうに言う双子に、俺はなんとなく違和感を抱いた。
レシピってなかなか手に入らないんだろ? だったら、誰から使えばいいんじゃないかな。そう思う。もちろん生産やってない俺は論外だけど。
『それ、売るのか? そもそも何のレシピだったんだ?』
尋ねるとカゲロウが見せてくれた。
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【勇猛シリーズの防具レシピ】
使用すれば勇猛シリーズの防具が製造可能になる。
使用後、レシピは消滅する。
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『え、防具じゃん。カゲロウ使えよ。なんかカッコ良さそうな防具だな。素材が解れば集めるし、作ってくれよ』
『で、でも、500Gとかでも売れるかもしれないんですよ』
500……すげっ。
いやでもレア装備なら、全身揃えるだけでその何割かはするだろう。四人分のレア装備が素材だけで作れる、と考えれば安上がりなんじゃ?
それにミケも賛成してくれている。
『素材次第ニャけど、500G分ぐらい稼げたら、それを分配してくれればいいニャ。ついでに装備も作ってくれたら嬉しいニャよ』
『でもミケさん、伝説レシピはどうするんですか?』
『もういいニャ。さっきのムカ付く弓手が、例のギルドメンバーだったニャよ』
『例のって?』
『不敗の暁っていうギルド。伝説レシピ持ってるって噂のランカーが在籍してるギルドニャ』
え、レスターがそこに……。じゃーアデリシアさんもだろうか。
「君たち、何四人で百面相をしているんだね?」
『おわっ、フェンリル!』
ボロボロの黒いコートから、白黒の葬式カラーのような法衣に着替えていたフェンリルは、髪の毛だけはまだ少し汚れていた。
『喋っても彼女には聞えないぜー』
『あー、じゃパーティーに誘ってもいい?』
『美人大歓迎』
フィンの歓声に残りの二人が呆れながら首を縦に振った。それを見てフェンリルにパーティー要請を飛ばす。電子音のあと、彼女がパーティーに加わった。
『変態会議か?』
彼女は当然のようにパーティーチャットに切り替えていた。しかし第一声がそれって、どうなんだよ。
鉱山での経緯を簡単に説明すると、フェンリルは考え込むような仕草をする。
『暁かー。あまり良い印象は無いなー。あの山猿を奴等に取られるのは癪に触る』
『だよなっ。ソーマ、頑張ってレベル上げようぜ。んで、あれも倒そうぜ!』
『えっ。……うん、まぁ、そうだな。俺たちがレベルを上げるまで誰にも倒されてなければ……頑張るか』
『わ、私も、手伝ってあげてもいいよ? あの男、ムカつくし。こっちが先にネームド倒したら、きっと悔しがるよね』
『あはは、そうでしょうね』
成り行きパーティーだったはずが、気が付けば同じ目的で行動を共にする仲間になっていた。
それから俺たちは、ベータテストからのプレイヤーであり、市場にも詳しいってことでフェンリルからいろんな話を聞く事になった。
やっぱりレアレシピは500G以上で取引されているらしい。特に今回手に入れた防具関係はベータテストでもまったく出回っておらず、1000Gで買取をしているランカーもいるんだとか。
『暁と言えば、伝説級レシピをゲットしたとかなんとか言ってる鍛冶製造ランカーが居たなぁ』
『あぁ、ミケがレシピの内容を聞くために鉄を集めてたんだ。まぁあんな事もあったし、もう聞く気は無くなったみたいだけど』
フェンリルに説明すると、横ではミケが頷いていた。
『ほむ。それは良かった』
『ん? 良かったって?』
『んむ。あのランカーな、鉄を溜め込んでインゴットに加工する際のポイント稼ぎの為に、詐欺ってるんじゃないかって噂があるんだ』
『『え……』』
そう言ってフェンリルは俺たちを工房へと案内した。工房に行く途中で誰かとささやきチャットをしているようで時々立ち止まってはまた歩き出すというのを繰り返す。
「さぁどうだね諸君」
一般チャットに切り替えたフェンリルは、工房へ付くや否や俺たちに問う。
どうだねと言われても、さっぱり意味が解らない。解らないのは俺とフィンだけで、カゲロウとミケは「あっ」と声を上げた。
「職人さんが少ない……ですね」
「作業台待ちなんてざらだったのに、どういう事ニャ?」
え、そうなのか?
まぁ確かに【ファーイースト】で見たときも、所狭しって感じではあったけど……。言われて見れば、いくつも作業台が空いてるな。
「伝説レシピ知りたさに、プレイヤーがこぞって鉄集めをして誰かさんに貢いでいる。だから市場では鉄が品薄なんだよ」
「品薄……て事は製造する職人が少ない時期にポイント稼いでトップテン入り狙っている……て事ですか」
「ま、そんな所だろ」
「じゃー、詐欺の噂ってのはどこから?」
今度は俺の問いに、フェンリルはチャット設定を変更して答えた。
『鉄を持っていったプレイヤーによって、内容がコロコロ変わっているらしい。知り合い伝手に聞いた話だけど、そいつもランカーだし、別ゲーからの知り合いだから信憑性はある』
『鉄、渡さなくて良かったニャ』
『そんな簡単に詐欺なんて出来るものなのか? だって、バレやしないか?』
主むろに空いた作業台に座ったフェンリルは、ポーションを製造しらながら会話を始める。
『レシピは使用すると他人からは見えなくなってしまう。製造に必要な素材を無茶振りな物にしてしまえば、依頼できるプレイヤーだって居ないさ。ま、そのうちバレるだろうし、既に通報もされてるから処分されるだろうけどね』
『そいつが処分されたら、大量の鉄はどうなるかニャー』
ミケの言葉に皆が沈黙した。それから『消えるんじゃ?』とか『元の持ち主に戻る』とか、様々な憶測が飛ぶ。
そこへヘラヘラとした黒目黒髪のエルフ男がやってきた。
「あー、フェンちゃんみーつけ……っぷはっ、フェンちゃん何その顔ー!」
「やかましいっ! 触れるな触るな噛み付くぞっ」
「っぷ、あんなに大事にしていた鬼の面なのに。ロストしちゃったの?」
知り合い、なのか?
聞くよりも前にカゲロウが叫んだ。
『ラ、ランカーだ! 鍛冶製造のナンバーワンランカーのモグモグ・モグリンさんだ!』