1-17:『堅守の盾』『浄化する憎悪《フルヘイトカウンター》』
まずい。
ホブゴブリンのタゲは『挑発』で取ったものの、【猛症ホブゴブリン】がランダム攻撃をし始めた。
ぐるぐると振り回す腕を、ミケはギリギリで蹴り上げバックステップで交わす。カゲロウも同じくバックステップで交わすが、回避は六割といったところか。
俺やフィンは二人ほど回避が高くない。それでもHPの高さでギリギリ生きながらえている程度だ。
「このままじゃまずい! 一度引いて……」
「いや、ギリギリまで行こう! ダメなら皆で転がるだけじゃん」
死ぬかもしれないっていうのに、フィンは笑ってそう言う。
そうか、これはゲームなんだもんな。実際に死ぬ訳じゃない。でも――俺の脳裏にはリアルな死のビジョンしか浮かばない。
それも、俺じゃなく、皆が死ぬ映像ばかりが頭に浮かぶ。
だから……嫌なんだ。
誰も死なせたくないんだっ! 俺一人生き残るなんてもう嫌なんだっ!
全身に力を込め、構えた盾を力強く握った。
退却するんだ――、そう叫ぼうとした時、
『パリン』というガラスが割れるような音と、『ピコン』という電子音が同時に鳴る。
その瞬間、真っ赤な湯気が全身から湧き出た。
「ソ、ソーマ。なんだそれ?」
「新、スキル、ですか?」
スキル?
これ、スキルなのか?
UIで確認しようとしたら、左手の盾を下げようとした瞬間『堅守の盾が発動中です。スキル効果を解除しますか?』という吹き出しメッセージが現れた。
名前からすると防御系か?
その効果は直ぐに解った。
追加で登場したホブゴブリンが、『挑発』も使っていないのに勝手に寄って来る。ヘイト効果のあるスキルか。
当然それだけじゃない、どんなに殴られても、一切ダメージを受けないのだ。問題はカウントダウンが視界の隅にある事。残り時間七十五秒。
「よく解んねー。盾下げると効果消えるってメッセでてるからっ。それよりどうも無敵っぽい。制限時間あと七十秒あるからガンガンやってくれ!」
それだけ叫ぶと理解してくれたのか、皆が一斉に攻撃を開始した。
貴重なSPポーションをガブ飲みするフィンは瓶を投げ捨てると、唸りをあげて【猛症ホブゴブリン】へと突っ込んでいく。
ミケは紫色の毒々しい液体の入った瓶を割り、そして【猛症ホブゴブリン】目掛けて跳躍した。多段攻撃に加え、着地と同時に高く舞う。
瓶の中身は毒だったようだ。ホブゴブリンのHPがじょじょに減っていく。
盾を構えたまま、俺にも何かできないかと考えたが……。
「おらおらおらぁー! そんな攻撃じゃ蚊ほども痛く無いぞ!」
「ブタはブタらしく、小屋ん中入ってろよ!」
「ブヒブヒ言ってみな? 丸焼きにするぞ!」
どうやら『挑発』は出来るらしい。あと通常攻撃も出来た。とにかく構えを下ろすなって感じみたいだな。
武器性能のお陰で、攻撃速度は速いし、たまに二倍ダメージもでるのでこれで貢献していく。
地味な攻撃しか出来ないが、今の俺、めちゃくちゃカッコいいよな。これぞまさに勇者!
ステータス画面開いて職業名確認したいけど、戦闘中は出せないので我慢するしかない。絶対今勇者だよな。
さて……
カウント残り三十秒――奴のHP残り二割。
地味に減っていくSPを補う為、右手でポーションを取り出し飲む。
カウント残り二十秒――奴のHP残り一割強。
なんとかなるっ!
続々と増えるホブゴブリン。もう三十匹ぐらいになってるんじゃなかろうか?
だがそれも無視だ。
カウント残り十秒――奴のHP残り僅か。
『ブモオオオォォォォォォォォォッ』
雄叫びを共に、奴のHPバーが僅かに増えた!
なんでこんな所で――そう思ったら、近くにいたホブゴブリンの一匹が回復させたのが解った。まさかモンスター側のヒーラーがいたとは。
けどそいつに構ってる余裕は無い。もう時間が無いんだっ。
――『堅守の盾』のスキル効果が終了しました。全ヘイトを放出しますか?
可視化されたシステムメッセージが眼前に浮かび上がる。「YES」「NO」のアイコンが浮かんでいるが何の事だか解らない。放出ってどういう意味だ? スキル説明を見れば書いてあるんだろうけど、見ている余裕は当然無い。むしろゴブリンが倒された事で、遂に【猛症ホブゴブリン】が動き出し、集中力を切ることが出来なくなっている。
ヤツは大きく息を吸い込むと、まるで俺の『挑発』のように咆哮した。
『ブゴアアアアアアアァァァァァァッ』
洞窟内に響き渡る声はあちこちに反響し、天井から小石を落下させるほどの音量があった。
俺の頭上にも小石が落ちる。つい条件反射で頭を守ろうと手を上げた時、触ってしまった。「YES」のアイコンに……。
――全ヘイト、及び残りのSPを全て消費して『浄化する憎悪』を発動します。以後の発動は貴方の意志で決定されます。
再びメッセージが浮かぶ。
攻撃……スキル、か?
考えるよりも先に体のほうが輝きだす。足元から、今度は白い湯気が立ち昇る。
「今度は何を習得したニャッ!?」
ミケが叫ぶが、俺にもまだ解らない。
ただ、沸きあがる湯気がそのまま『力』にもなっている気がする。何かがやれそうな、そんな気がするんだ。
そして脳裏で『飛び込め』という、俺の声が聞こえた。
だから俺は、俺の声に従った。
四匹のホブゴブリンが主人を守るように立ち塞がる。
蒸気を纏った俺の突撃はホブゴブリンの眼前で止まり、同時に右手の剣を一閃。
全身を包んでいた蒸気が剣を媒介にして、扇状に放出された。
蒸気に触れたホブゴブリンが後方に吹っ飛び、熱を帯びて悶え苦しむ。その蒸気は【猛症ホブゴブリン】にも届いた。
「すげっ! ソーマ、なんだよそのスキル!?」
フィンが駆け寄って、俺の肩を思いっきり叩いてきた。その瞬間、俺の膝が落ち、その場に座り込んでしまう。なんかすげー、疲れた。自分のSPを確認すると、ゼロになっていた。これのせいか。
「ひゃっほー! 全滅だぜ? さっきの一発で、全滅だっ!」
「いやいや、元々ホブゴブリンはお前等の範囲攻撃食らってたし」
俺の肩をバシバシ叩くフィンに、功労者は俺だけじゃないって事を伝えた。
そう。ホブゴブリンは皆の範囲攻撃で、既にHPの大半を削られていたのだ。じゃー、ボスは?
「まだニャ!!」
ミケの叫ぶ声とほぼ同時に、俺とフィンが吹っ飛ぶ。
【猛症ホブゴブリン】が起き上がり様に、その太い腕で俺たちを横なぎしたのだ。
「兄さんっ!」
カゲロウが一矢を射る。当たり前のようにそれは命中して、【猛症ホブゴブリン】が彼へと憎悪を向けた。
身を屈め、足を踏み鳴らし、【猛症ホブゴブリン】がカゲロウに向って猛突進する。
「え、こっちに来るっ?」
驚愕したようなカゲロウの声が聞こえた。そうだ、ヘイトは俺が十分稼いだはず――!!
しまったっ。『フルヘイトカウンター』は蓄積したヘイトをリセットして、それを攻撃に転じさせるスキルだったのか!
今【猛症ホブゴブリン】に一番ヘイトを与えているのは、攻撃したカゲロウ!
「逃げろっ!」
くそっ。こんな時にSPが……『挑発』が使えないっ。
「糞ボスっ! こっち向けえぇぇ!!」
必死に叫ぶ中、俺に背を向け突進していたはずの【猛症ホブゴブリン】が、横なぎにノックバックし、床に倒れこんだ。
何が起こったのか解らない。いや、一本の矢がヤツに刺さっている。カゲロウの物じゃない。彼の物だとしたら角度が合わない。
疑問は更なる攻撃で打ち消された。
倒れた【猛症ホブゴブリン】に、無数の炎が舞い降りる。ヤツに触れた途端炎は大きく弾け、同時に絶叫が辺りに響き渡る。
「ソーマ君! 大丈夫!?」
聞き覚えのある、懐かしくも思う声が聞こえた。
ふわふわしたよく目立つピンク色の髪。長い特徴的な耳はエルフの証。見事なまでの美少女フェイス。
「アデリシアさんっ!」
両手杖を抱えた彼女は、既に次の詠唱に入っていた。
ダメージヘイトによって【猛症ホブゴブリン】はアデリシアさんを狙っている。だがヤツが彼女の元に到着する前に、再び後方にノックバックした。
アデリシアさんの傍には、金髪碧眼のレスターが立っている。彼が放った矢が【猛症ホブゴブリン】に刺さり、後ろにノックバックさせているのだ。
「……破壊の魔力は具現化しせりぃ〜、バースト・フレアッ」
彼女の詠唱が完了すると、杖の先には轟音を放つ炎の塊が生まれる。杖を振ると、それに合わせて塊が飛んだ。まっすぐ、【猛症ホブゴブリン】へと飛んでいく。
奴のぶよぶよとした腹に吸い込まれるように消えた炎は、やがて内部で爆発した。
『ブ、ブ、ブベシィィィィッ!』
それが奴の断末魔となった。
アデリシアさんとレスターの登場でパーティー内で死人を出さずに済んだ。猛狂ったあいつの攻撃を、HPの低いカゲロウが食らったら即死だっただろうな。
とはいえ――
「ボクたち、ここのボスから出るアイテム目当てでここまで来たんだ。もしボクたちが助けなかったら、君ら死んでたよね?」
「あのねー、ソーマ君。どうしてもほしいものがあるの〜。出てなかったら別にいいんだけど、出てたらくれないかなー?」
「とりあえずパーティー寄こしてくれる? 助けたんだからさ、貰っても文句言えないよね? 君らが死んだら、そもそもドロップはボクたちの物になってたんだし」
こんな調子だ。自然と皆の視線が俺を責める。アデリシアさんと知り合いだったからだ。
けど、確かに二人の言うとおりなんだ。倒せてなければドロップ品なんて拾えない訳だし、必要なもの以外はいらないという。なら、お礼にって事で……。
「い、いいかな?」
「……ソーマが活躍したんだから、任せるよ。ちょっとあいつムカつくけど」
フィンが言うのはレスターの事だな。まぁ、俺も同意するよ。
「ミケとカゲロウも、いい?」
カゲロウは助けて貰ったからといって承諾してくれ、ミケはアデリシアさんを睨んだまま「別に、好きにすればいいニャ」と答える。
パーティーに二人を入れると、即効でレスターが宝箱へと向う。他の雑魚が落とした木箱のほうは完全無視だ。そこで俺とカゲロウが木箱回収に向う。他の二人は鉄集めだ。
なんとこのボスルームの壁、ほとんどがキラキラ光ってるのを今更になって気づいたんだ。採取ポイントだらけって事だ。
「ヒャッハー! 鉄だらけだぜ猫ちゃん!」
「目標数余裕で超えれるニャ」
嬉しそうというよくも、ちょっと自暴自棄的な口調が穴から聞えてくる。
「おーい、掘り過ぎてどこかと開通させるなよー」
寧ろ貫通して外に出るんじゃないかって勢いで掘っている。
「あーん、無いねぇ。ギルマスに叱られちゃう」
「仕方ないよ。他のネームドも探してみよう」
アデリシアさんとレスターの声が聞こえて、じゃーってことで宝箱の中身を確認する為に向う。レスターが何かごにょごにょしていたが、もういいや。
箱の中身は――と。うーん、装備の類は無しでアイテムとお金だけか。
「装備は無かったよ。もちろんレシピもね」
穴を掘っている二人にも聞えるように大声で言った。
「とりあえずソーマが回収しててくれよ。町に戻ってからどうするか決めよう」
「わかった。そっちはどうだー?」
もう一度叫ぶと、がらがらという壁が崩れる音が聞こえた。
「それが――今、開通したニャ」
ミケのなんとも間抜けな声が返ってくる。
慌てて二人の掘った穴を通って先へと進むと、暗いはずの坑道ではなく――遂に外へと開通させてしまっていた。
「おい、どんだけ掘ったんだよ……」
「あー、ざっと十五メートルぐらい? 採取速度三倍ツルハシ使ったんだ……さっき壊れちまったけど」
相当ご立腹だったみたいだな……。
念のため、俺が慎重に外に出た。
ぶち抜いた穴の外、そこはさながら花畑のようだった。
降り注ぐ太陽の日差しが目を刺激する。坑道内で朝を迎えていた事にも気づかなかったのか。
多彩な花が咲き乱れる奥には、鬱蒼と生い茂る木々が見える。ここは山肌の一角で、この辺りだけ木々が生えていない。そのお陰で出来た花畑って所だろう。
「た、大変なんだよ皆っ! って、本当に外まで掘ってしまってるし」
木箱を全部回収したらしいカゲロウが、慌てたような口調でやってくる。
俺は幻想的な景色を堪能しようと、更に一歩踏み出す。その瞬間、死角になっていた場所から人影が飛び出してきたっ。
黒い人影――銀色の刺繍入り黒いロングコート、真っ直ぐ伸びた銀髪。どこかで見たその姿は――、
「フェンリル!?」
「ニャ!?」
ミケも気づいたようで短く叫んだ。飛び出してきた人影――フェンリルは、何故か吹き飛ばされてきたようにも見える。
俺たちの声に気づいて彼が振り返った。
そこには驚愕した表情を浮かべた、誰かが居た。
いつもの鬼の面は、無い。あったのは黄金色の双眸。どこかで見たような顔だ。
フェンリルでは無い。何故なら、今目の前にいる黒いコートの人物は、どう見ても女だからだ。
だが、彼女の口から出た言葉が俺の予想を覆す。
「ソーマ!? それにミケまで。君たちはこんな所で何をしているんだっ」
俺とミケを知っている。なら、やっぱりフェンリルなのか?
慌ててキャラクター情報を開くと、たしかに『フェンリル・クォーツ』とある。
嘘だろ?
ミケのほうを見ると、彼女も信じられないという顔でこっちを見返してきた。
「フェンリル……お前、女だったのか?」
「は? ……あぁーっ、しまった!!」
俺の言葉に慌てて顔を隠そうとするフェンリル。いやもう遅いから。
やっぱり彼女は、彼――なのか。でもこの顔、どこかで見たことあるぞ。ちょこっと何かが違うが、見たことあるんだ。どこだったか、思い出そうと彼、いや彼女の方へと近寄る。
「うあっ、馬鹿! こっちに来るんじゃない!!」
あっちに行けというようなジェスチャーを送ってくる。そう言えば、さっき何かに吹っ飛ばされてたような?
そう思ってフェンリルが飛んで来た方向に目を向けると――
巨大な猿、いやマンドリルのようなモンスターが仁王立ちしていた。周囲には同じような姿の、サイズだけ小さい奴等がうじゃうじゃしている。
「ネ、ネームドモンスター?」
フェンリルに尋ねるが、首を横に振られる。応える代わりに彼女は詠唱をし、俺が出てきた穴の前に魔法陣を発動させた。
これは帰還魔法か?
「乗れ! あれのレベルは36だ。私にもどうすることも出来ない。それに乗って町に行け!」
36……無理だ。
レベルを聞いて全員が『勝てない』事を悟る。
後ろからやってきたレスターが、アデリシアの手を引いて真っ先に魔法陣へと飛び込んだ。
マンドリルの攻撃が始まる。
フェンリルは自分に防御魔法を掛けているのか、とりあえずダメージを受けている様子は無い。今は右手に本、左手に盾を持って防御を固めている。
ミケが魔法陣に入り、カゲロウとフィンも続く。
「ソーマ、早く来い!」
フィンの声が聞こえたが、振り向いた時にはもう町へと飛んでいた。
もう一度フェンリルに視線を戻した時、巨大マンドリルの攻撃を間一髪交した彼女の姿があった。
無傷ではない。防御魔法が砕けたのだろう。僅かにこめかみから血が滴っている。その血が銀色の髪を紅く染めていった。
紅い髪――黄金色の双眸――見たことがある。俺が、この世界に来て真っ先に出会った……。
「お前、なのか? お前が、船の残骸があったおんせ――」
「いいから早く入りたまえっ!」
必死に耐えようとするフェンリルの顔を見て、俺は彼女が危機的状況である事を再認識する。
俺が町に飛ばなきゃ、彼女も逃げれない。
俺のレベルがもっと高く、もっと強ければ逃げずに済んだのに。守れたのに。
唇を噛み締め、俺は慌てて踵を返して魔法陣へと飛び乗った。
「お前も早くっ!」
そう言って手を伸ばすが、最後に見たのはフェンリルの――黄金色の瞳が優しく微笑む顔と、それを覆い隠そうとするマンドリルの群だった。
昨日、今日で5話の執筆ができたので本日2度目の更新。
ストックも増えてハッピーでラッキー♪




