1-16:【猛症ホブゴブリン】
成り行きでミケをパーティーに加え、バットスネイプとの戦闘になった。
毒攻撃はミケが解毒というスキルを持っていたのでなんなくクリア。混乱は殴れば回復するっていうんで、素手で殴って対処した。
カゲロウが混乱すると一番たちが悪い。近づこうにも、ノックバックスキルで近づかせて貰えないからだ。俺が注意を引き、ミケが素早く近づいて殴る。という面倒な方法でしか近づけなかった。
「敵は内にありっ! ってのはこの事だったのか!?」
「いや、兄さん違うと思うよ」
「あっはっは。そうだミケ、俺たち鉱山に居るっていうネームドモンスター探しに来たんだ。一緒に行く?」
双子がボケている間に彼女を誘ってみた。
俺たちを見渡し、ミケは首を傾げる。
「三人? 他にはいニャか? そのー、ヒーラーとか」
「うん。居ない。三人だけ」
「脳筋パーティーでっす!」
「じゃ、断るニャ」
「即断!?」
「兄さんが悪い。あ、脳筋なのは兄だけだから。俺は普通だよ。ソーマは解らないけど」
「おい、わからないってどういう意味だよ」
呆れたように見えていたミケは、溜息を吐いてから「いいニャよ。脳筋はお断りニャけど、付き合ってやるニャ」といって同行することになった。
「鉱石集めって、ミケも生産で何か作る為? それとも金策か?」
「作る……というか作って貰うためニャ。伝説クラスの製造レシピを持ってるっていうプレイヤーが居るにゃ」
「あ、それ知ってます。大手ギルドの人ですよね? 製造ランキングにも名前が出てる」
目を文字通り輝かせたカゲロウが尻尾を振りながら声を上げた。
製造レシピってのが解らない。もちろん製造ランキングもだ。その事を尋ねるとミケが怪訝そうな顔でこっちを見た。
「ソーマ、レシピっていうのはね、モンスターからドロップ出来る、そのぉ――作り方を書いた紙みたいなものなんです。実際読むわけじゃないんですけどね。レシピがあって初めて作れる物もあって、大抵性能の良い物ばかりなんですよ」
「レシピも装備と同じでノーマルから伝説級まで存在するんじゃないかって話なんだ。まぁベータテストでは高級レシピまでしか存在が確認されてないから、なんとも言えないけど。その伝説級ってのがネームドから出るだろうって言われてて、お前が持ってる伝説武器と同等レベルのが作れるんじゃないかってね」
「へぇ。すげーじゃん」
と思いながらそんな伝説装備がほいほい作られたら、俺の銘柄レアの存在価値が下がって涙目とかも思ってしまったり。
「もちろんレシピのドロップ率は装備よりも低いですし――」
「例え出たとしても素材がまたレア過ぎてなかなか作れないってオチだろうけどな」
「え、じゃーミケは素材集めに?」
この質問には首を横に振った。
「レシピの中身を教えて貰うのが、鉄三〇〇個と交換条件だニャ」
っぶ。何が作れるか教えて貰うだけなのに、鉄を払わなきゃいけないんだ! なんかめちゃくちゃじゃないか?
俺たちは坑道を進みながらモンスターと戦い、且つ採取ポイントが見つかればツルハシを持って鉱石を集めた。その間にランキングの事を聞いた。
「製造ランキングっていうのは、各種生産毎の製造数、成功率をポイント制にしてランキングにした物です。上位ランキング者にはボーナスが付くんですよ」
「装備類にはステータス補正効果付いててさ、通常は+1から10なんだよ。上位ランカーだとこれが+5から15になって、最低でも絶対+5が付く仕組みなのさ」
「ランキングトップ3だと+8から15になるニャ。あんた、知らなかったのかニャ?」
ミケに頷いてみせる。ついでにオンラインゲーム初心者である事も教えた。それで納得したような顔をする。
「どうりで、あんたが間抜けなのが良くわかったニャ」
「ちょ、その認識の仕方は凹むんだけど?」
ケラケラと笑うミケは、本当に子猫のようだ。
それにしても、レシピの内容を教えて貰うだけでアイテム要求するって、ちょっとぼったくりじゃないか?
そう思ったが、どうやら相手が悪いらしい。
「大手ギルドって既にこのゲームでも幾つかあるけど、ミケさんが言うプレイヤーっていうのは一番評判の悪いギルドなんです」
唇を尖らせミケが頷いた。
「そのギルドのギルマスって、リアル金持ちらしく、ギルメンに課金アイテムばら撒いてメンバー集めてるニャ。別ゲーでも同じ事やってて、性格の悪い幹部が揃ってるニャよ」
「なんでそんなギルドの奴に製造を依頼しようと?」
「依頼っていうか、中身次第ニャ。でも短剣だっていう噂もあって……」
ミケは短剣使いだもんな。気になったのか……。
しかしなー、知りたいという人の弱みに付け込むってどうなんだろう? 俺が今勇者だったら、絶対許さない行為だ。いや、勇者じゃなくても許せないな。
けど、ゲームであるからにはどうすることも出来ないし。俺に出来るのは――
「よし、三〇〇個集めるの、協力するよ」
「俺も俺もー」
「うん、俺もレシピの中身気になるし。協力しますよ」
俺たちはミケの鉄集めという目標もプラスして奥へと進んだ。
より規模の大きな採取ポイントを探し、再び見つけた登り階段、かと思えば下り階段とどんどん進んで行く。
モンスターとの遭遇率も増えた結果、レベルも20だ。
そうして鉄や、加工する事で鉄になる鉄鉱石がもう直ぐ目標数に達する――という所で行き止まりに当たってしまう。
引き返すか? と踵を返そうとした瞬間――
「あれ? この向こうから物音が聞えてる気がする」
カゲロウが行き止まりになっている壁に耳を当て、何かが聞えると言い出した。ミケも同じように耳を当てて「聞えるニャ」と言っている。
俺とフィンも耳を当ててみたが、さっぱり聞えない。獣人の聴覚までリアルに似せているのか。
しかし、ここは採取ポイントじゃないし、崩落とかしたら怖い気が……。
そう思っていた俺とは裏腹に、フィンがツルハシ片手にザクザク掘り出した。カゲロウもそれに続く。ミケと俺は二人の邪魔にならないよう、少し離れてそれを見つめた。
二人が三メートルほど掘ると土壁が崩れ、別の通路へと貫通してしまった。しかも目の前にはモンスターが。
「二人とも戻れっ!」
「「言われなくてもっ」」
慌てて戻ってきた二人を、当然のように追いかけてくるモンスター。
俺とミケは武器を構え、一匹ずつやってくるモンスターを出口で待ち構えて攻撃した。そのまま奴をこちら側には出てこれないようにして、一匹ずつ倒していく。
なんて安全な戦闘なんだ。
モンスターはホブゴブリン。レベル20のモンスターだ。
レベルでは負けたが、脳みそのほうでは勝ったな。
双子が掘った穴は俺たちが通るには十分なサイズだけど、こいつ等が通るには狭い。その中を一列になって追いかけてきたホブゴブリンを両サイドから攻撃、正面ではカゲロウの貫通矢で後続もろともダメージを与える。
地味ーな戦闘が終わってドロップを回収してから、向こう側の通路へと向った。
「今まで遭遇してないモンスターだし、完全に違う通路っぽいな」
「よし、これで鉄集め再開できるぜ!」
「そうですね。ところで俺たちの目的って、鉄だったのかな?」
「え? 鉄だったんじゃ?」
「それ以外、なんかあったっけ?」
「……あんたたち、それ素で言ってるニャか?」
もちろん。という感じで頷いた俺。残る二人もだ。
ん? 何か忘れてたっけ?
「あんたら、皆間抜けニャ」
カゲロウとミケが耳を澄ませ、壁の向こうから物音がすれば穴を掘る。慎重にだ。そんな作業を繰り返す事数回。もうどこをどう歩いているのかサッパリ解らなくなった。これ、無事に外に出れるのか?
そんな心配もご無用!
だってミケが、
「ダンジョン脱出用の珠を持ってきてるニャ。パーティーにも有効だから、安心するがよいニャ」
「おぉー! 猫さまミケさまモケモケさま!」
最後のモケモケはなんだろうとフィンには尋ねず、ミケのお陰で俺たちは安心して迷子になる事が出来た。
安心してどんどん進む。どんどんどんどん進む。
壁を良く見ると、明らかに坑道じゃない横穴もあちこちあった。他のプレイヤーが掘った穴なんだろうか。
そんな事を考えていると、カゲロウがまた壁向こうから聞こえる音をキャッチする。
穴を掘るのは俺とフィンだ。行き成り敵と遭遇することを考えて(実際遭遇してるし)耐久力の高い俺たちがやったほうが安全だからだ。
そしてぶち抜いた土壁の向こうは、予想していた光景とは違っていた。
体育館二個分ほどの広さに、天井高は一個分ほどはあるだろうか。兎に角、広い。今までずっと微妙な広さだった坑道を歩いてただけに、余計に広く感じる。
そこに居たのは部活動を楽しむ学生でもなければ、町内会のバレーで汗をかく主婦でもない。
ゴブリンが数匹と、一際大きなホブゴブリンだ。他のホブゴブリンが俺と同じような身長で横幅だけが三倍ぐらいあるんだけど、こいつの身長は俺の二倍超え。横幅なんて六、七倍あるだろっ。
運よくまだこちらには気づいてない。背中を向け、正面の壁を見ているみたいだ。大きいのがボスとして、なんで奴まで壁を見ているのかは深い謎だ。
「ネームドだよな」
「だな」
俺とフィンは視線を正面に向けたまま言う。
その時、後ろからミケの声が聞こえた。しかも大きな声だ。
「どうしたニャー?」
その声は俺たちだけじゃなく、ゴブリンの耳にも届いてしまったらしい。一斉に振り向き、一斉に棍棒を振り回してやって来た。
咄嗟に俺とフィンは穴へと戻って向こう側で待機。状況は端的に「ボス部屋だ!」と叫べばミケとカゲロウも理解した。
お決まりの安全コースでの戦闘。
けど、あの大きいのは流石に入れないよな……。
やってきたゴブリンを蹴散らしたが、やっぱりホブゴブリンの姿は穴の向こう側には無い。
慎重に穴を進んで向こう側に出てみる。やっぱり、さっきと同じ位置でこっちを見ているだけだ。
けど、あいつ一匹になったんならチャンスだ!
「よし、俺がタゲを取る」
「おうっ」
気合を入れて俺たちは駆け出した。
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モンスター名:【猛症ホブゴブリン】
レベル:21
種族:妖魔
属性:闇
備考:ホウレイ山にある地下ダンジョンの主。
常に複数のゴブリン、ホブゴブリンを伴っている。
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レベル21か。それにしてもホイレイ山ってどういう事だ。ここは鉱山のはずじゃ?
が、そんな疑問もすぐに頭から消し飛ぶ。
『ブモルアァァァァァァッ』
醜い声で奴が吼えると少し離れた所にあった扉が開き、そこからゴブリン軍団がやって来たからだ。見事に挟み撃ちされた形になる。
「ボスん所まで行こう。そこで挑発してくれ」
「解った。それまで誰も攻撃しないでくれよ」
フィンの案に賛成して、そのまま【猛症ホブゴブリン】の方へと走った。
ゴブリンの足はそれほど速くない。先に【猛症ホブゴブリン】の所に到着して『シールドスタン』をお見舞いした。
『ブホッ。グガアァァァ!』
怒っただけかよっ。っくそ、昏倒が付かなかったか。このあたりはレベル差補正なんだろうな。
更に剣を構え、横に一閃――『バッシュ』を決める。
『ブガアァッ』
っよし、二倍効果が入ったぞ。鏡水のライトソードの効果はスキルにも乗ってくれるのが嬉しい。
「来たぞっ」
フィンが叫び、後ろを振り返るとゴブリン軍団が到着する頃だった。
「遅いぞブタ野郎! 俺が相手になってやるっ!!」
一度でいいからゴブリンに「ブタ野郎」って言うのが夢でもあった。その夢が今叶ったんだ。嬉しい――という気持ちはまったく無い。地味すぎる夢だからだろうな。
全部のタゲを取り、まずは位置取りを整える。ゴブリンが背中側、ボスが正面……では背後から攻撃食らいまくりになる。
まずは小さく円を描くようにして歩き、正面にボス、その足元にゴブリン軍団というように誘導した。フィンとミケはボスの背後、カゲロウは側面だ。
天井が高くなった事で、フィンもカゲロウも全力で範囲攻撃が使える。さっそく矢が天井高く射られ、雨のように無数となって落下してくる。
ボスの奥からは回転する巨大な両手剣が見えた。
「よぉし、俺も気合入れるぜ!」
閃光を帯びた剣を閃かせ『ライジング・インパクト』を食らわせる。今度は麻痺効果が入った。
すかさずミケが多段攻撃を加える。相変わらず良いダメージ出すなぁ。
麻痺から回復した【猛症ホブゴブリン】は、大木のような腕を振り回して俺たちを襲う。
盾でガードしたにも関わらず、HPの三割強が持っていかれた。
他のメンバーは?
視界の隅にあるパーティー一覧をチラっと確認するも、攻撃を食らったのは俺とフィンだけだった。彼が慌ててポーションを飲むのが見える。俺も盾を構えつつ、ポーションを取り出し呷った。
道中、ポーションの節約のために座って自然回復とかしてて良かったぜ。
スキル攻撃がくるたびにポーションを一気飲みしてるんだからなぁ。
そんなギリギリな攻防を続け、俺の残りポーションも少なくなってきた頃、ようやく奴のHPが三割になった。
あと少しだ。
そういえば、アクアドラんときはここからミニサイズがわらわらでて来たよな……。こういう不吉な事を考えると、それが現実になるっていうのはよくあるパターンだよな。
そしてやっぱり、それは現実になった。
背後で扉が開く音が聞こえ、振り向くと、そこには十匹以上のホブゴブリンが居た。
お試しで昼間の更新。