1-11:露天風呂見つけて鼻血でそうです
「ほらほらしっかり戦わないかっ」
「ひぃー」
「だ、大丈夫かね? 助けたほうがいいんじゃ?」
「いいんです。あのぐらいで死ぬようなら、足手纏いになるだけですから」
鬼だ。いや、鬼の面を被ったエルフだけど。
巾着おじさんの薬草取りに、半ば強引についてきた俺たち。まぁ、フェンリルの同意を得ずに勝手に巻き込んだんだけどさ。
だからって格上モンスターに、支援なしで突撃させるなんて、ちょっと酷い。勇者は大器晩成型。レベル低いうちは弱いんだぞっ。っと、しみじみ思うようになった。
初日の俺の漲るやる気は、全部こいつの支援のお陰だったというのを知って、ちょっと凹んだりもしているんだ。
スパルタとも言えるフィールド移動の後、三人で東の森へと向った。その森の中に薬草があるという。
森の入り口付近のモンスターは、レベル17。スパルタの成果で15になったけど、支援無しで戦うのは辛い。
「あー、俺って弱ぇー」
「んー、そうかぁ?」
「そうだよ。初日はなんかつえーって思ってたけど、全部お前の辻だったし……本当は俺って、ゲーム内でもめちゃくちゃ弱いんじゃなかろうか……」
口にすると一気に現実味を帯びて、そして不安に駆られる。
俺、もうダメぽ。
「おいおい、君はTUEEE思考なのか。こんなレベルでTUEEEなんて出来る訳ないだろう。いや寧ろ君は優秀なほうだぞ?」
「えっ、マジで!」
一気にテンションアップ。
目を輝かせてフェンリルを見つめると、うっとしたように後ずさられてしまった。
「どこが、どう、優秀!?」
「あー、君、結構単純な子だね……。前にも言ったが、あのレベルで属性攻撃を身につけてるのって珍しいんだよ」
「ヒートなんちゃらの事か」
フェンリルは頷く。
そういえば、前衛職はスキルの習得率が悪いって言ってたな。まぁ、あの後まったくスキルが増えないんだけどね。
「それに、もう範囲攻撃も持っていただろう。ベータテストではレベル一桁で範囲覚えたっていう話は聞かなかったよ」
お、俺すげーじゃん!
うん、やっぱ勇者な運命なんだな。
にまにましている所に、武器の熟練度が幾つなのかと尋ねられたので確認してみた。そういや一度も確認してなかったっけ。
「えーっと、剣が20で、盾が21だ」
答えると真横で吹き出す奴が居た。
「はぁ? なんでそんなに高いの? っは、君、もしかしてその二つ以外使ってないとか?」
「え? そうだけど?」
職業によって装備制限があるなんて、コンシューマーでも普通だろ?
え、MMOでは違うの?
視線の先では、俺たちの会話を不思議そうに聞いている巾着おじさんの姿があった。
「そうか……このゲームはね、装備の制限が無いに等しいんだよ」
「え、でも防具とかに『戦士系』とかって書いてあるじゃん」
俺のブレストアーマーにはしっかり書いてあるぞ。
「杖を持てば魔法使い系の職業になる。が、装備を外せばただの『冒険者』になる。その状態なら重装備も可能だ」
「……制限設ける必要なくね?」
「世界観が壊れるからだろ。全身フルプレート着たやつが魔法打ってたりしたら、ちょっと嫌だろ」
というか最強ですやん。
そうか、武器に対して着れる防具を限定してるっていう感じか。
じゃー、今からでも斧とか弓とかも持てるってことなのか。万能タイプの勇者、いいな、それ。
「確認なんだけどね、君。初心者シリーズの武器、ちゃんと持ってるだろうね?」
「え? いや、全部捨てたけど」
静けさの後、フェンリルの盛大な笑い声が森に木霊した。
そのせいでモンスターが寄って来て、俺のレベルが16になった……。
結果……、
「武器の熟練度っていうのは、初めゼロからスタートするんだ」
「ふんふん」
「初心者シリーズの武器は、唯一熟練度ゼロでも装備できる武器なんだ」
「ほーほー」
「それ以外の店売りもドロップも、最低1必要なんだ」
「……え」
「初心者シリーズを一度でも装備していれば自動的に1になるから問題ない」
「なーるほど。え……」
「君、片手剣と盾以外、装備しないまま捨てたのか」
俺涙目。
いや、いいんだ。剣盾サイコー、ヒャッホーイッ!
「泣いてもいいんだぞ?」
「……泣くかよっ!」
「はっはっは、よく解らないけど、君たちは仲がいいねぇ」
「「はぁ? どこがっ!」」
ハモってしまった……。
ま、まぁ万能キャラなんて実際無理だよな。べ、別に後悔なんかしてないんだぜ。もとから剣と盾の組み合わせで行く予定だったんだし。一つの道を究めるってのも、いいもんだよな。
後悔なんか……、
「っま、気にするな。あれもこれも武器の熟練度上げてると解った事がある」
「何をだよ」
同情されたくない。そう思って自棄になって返事をしてしまった。
そんな俺を見てあいつは笑う。
「っくく。あのね、熟練度が高くならなければ強い武器ももてない訳だ」
「それは解ってるさ」
「だからね、あれこれ熟練度上げようと思ったら、それぞれが平均して低い事になってしまう。キャラレベルに対して装備できる武器のランクが、低くなるって事なんだよ」
「あっ」
そうか、解った。
武器のランクが低ければ攻撃力も低くなる。でもモンスターを倒して得る経験値って、たしかキャラレベルとモンスターレベルの差で変動するって公式にあったな。
つまり、あんまりレベルと熟練度の差が開くと、適正モンスターを狩れなくなる……。
「まぁ熟練度のほうが上がりやすいシステムではあるけどね、それでも四つか五つに絞らないとまともに戦えなくなるんだ」
二つしか無い俺、やっぱり少し涙目か……。
「君みたいに大幅に熟練度が先行していると、適正モンスターのほうが弱くなりそうだな。防御のほうはレベル相応でも、攻撃力がカバーできるやも」
「お……おぉ! それいいな。片手剣って攻撃力低いっていうけど、ランクの高い武器持てばカバーできるじゃん」
嬉々とした声にフェンリルが頷いてくれた。
なんだよ、剣盾やっぱサイコーじゃんっ!
俄然やる気が出てきたっ!
こうなったら良い武器探して狩りまくるぜ!
「うんうん。道を究めるのはいい事だ。ところでね、そろそろ目的の場所に着くよ」
巾着おじさんが指差す方角には土壁があった。
ん? 特に薬草なんて無さそうだけど。強いて言えば蔓植物がいっぱい? あれが薬草なんだろうか。
そう思ってみていたら、徐に蔓を掻き分けておじさんが消えてしまった。
フェンリルもそれに続く。
「おい、別に亜空間に飛ばされるわけじゃないから、付いてきなさい」
「え、あ、ちょ、待って」
蔓の間から頭だけ出したフェンリルが直ぐに消え、慌てて彼の後を追った。
掻き分けた蔓の奥は、土壁がくり貫かれたみたいな空洞になってて、その先へと続いている。
一〇メートル程進むと太陽の当たる場所に出た。これ、上から見るとドーナツ型の丘みたいなものか?
とはいえ、結構広い。
周囲をぐるっと壁に囲まれて入るけど、反対側の壁までは五〇〇メートルとか超えてそうだ。
木々が生い茂っているし、小さな森をそのまま壁で囲ったみたいだな。
で、何故か目の前には沸き立つ湯気を昇らせた、地面に埋まった大岩をくり貫いたまさに露天風呂が。
うっ、露天風呂見て思い出してしまった。
初日に見た、あの裸エルフを……。鼻血出そう……。
「おい、君。何を一人で鼻の下伸ばしているんだ?」
「っは! 違う違う、伸ばしてない。断じて伸ばしてないっ!」
慌てて否定すると、こういうとき余計に怪しまれるもんだよな。
ほら、こいつだって不信な目……は見えないけど、明らかにそういう雰囲気だ。
「はっはっは。まぁここは隠れた秘境の湯だからねぇ。以前は冒険者がやってきて、浸かってた事もあったんだよ」
秘境の湯って、秘湯ですか。どこの温泉ガイドブックに載ってるんだよ。
それにしても、モンスターがまったく居ない?
壁の向こう側は結構うじゃうじゃしてたのに。こっち側は気配すらないな。
蔓で入り口が隠されてるし、モンスターは来ないのかもしれない。これなら安心して薬草摘みも出来るな。
「それでおじさん、薬草ってどんな形なんですか?」
「あー、薬草ね。この先の小川に幾らでも群生しているから。元々は上流に咲いてた草なんだけどね……紫色の小さな花を付けた――」
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ」
会話の途中で空と切るような声が木霊する。
女の声だっ。
俺たちは顔を見合わせ、声のする方角へと急いで向った。
「モンスターに襲われているのかな?」
「いや、それは……無いと思うんだがね。だってここでは一度も見たことがないんだから」
おじさんも焦りを隠せない様子で話す。手にはやや短めの剣を握っている。それなりに戦えるって事か。
木々を抜け、目の前に小川が見えたと同時に声の主とも遭遇した。
猫型の獣人の女の子。
彼女の目の前には巨大な二足歩行のオオサンショウウオが……。
「うわ……でけっ」
「ネームドモンスターだぞ。しっかり気合いれろっ。レベル21だから、油断すると即死するからなっ」
言うや否や、フェンリルが呪文の詠唱に入る。
体の奥底から沸きあがる力……体が軽くなる。同じ効果をおじさんも感じているらしい。
「おおぉ、これが神官さまの奇跡の力か」
神官『さま』だって?
なんとなく笑いを堪えて、俺はオオサンショウウオと女の子の前に躍り出た。
「さぁ、来い! オオサンショウウオっ!!」
女の子に視線を向けていたオオサンショウウオが振り向く。顔中いぼいぼで、目だけが赤く光っている。全身はぬるぬるとしていそうだし、正直、触りたくないな……。
が、女の子を助ける為だ。そうも言っていられないっ!
「おーい、それは『恐水のアクアドラ』ってモンスターだぞー」
後ろから冷めた声が聞こえてきたが気にするまい。
だってオウサンショウウオって叫んだら、ちゃんと振り向いたんだから。問題ない。
俺は剣を握り右手に力を込め、燃え滾る熱い思いも込めた。
剣が熱気を帯び、オレンジ色に刃が光る。
よしっ、行け!
ヒートスラッシュだっ!
熱を帯びた剣を一閃。
蒸気が上がり、渾身のダメージが……、
ダメージ、1……、
「そんな馬鹿なぁーっ!」
「あんた馬鹿ニャ! 水属性モンスターに火属性攻撃なんて、効く訳無いニャ!!」
ニャ?
どこかで聞いた事のあるこの語尾。
はて、誰だっけ?
さっきまで恐水のアクアドラと対峙していた女の子の顔を振り向いて見る。
えーっと、三毛猫のような模様の耳と、真っ白な長い尻尾。栗色の髪……、
俺が思い出すより先に彼女の方が思い出してくれた。
「あ、あんたは……間抜けな買取屋!?」
「あー、あの時の三毛子さん」
「み、みけこ……さん?」
名前が解らないから勝手に付けたあだ名。彼女は気に入ってくれなかった模様。
そして間抜け呼ばわりされるという、ダブルで悲しい結末。
いやいやいや、結末じゃない。
今戦闘始まったばかりだろっ。
「き、気を取り直し――ぶへぁっ」
ぬちゃっとした何かに吹き飛ばされる俺。痛いし気持ち悪い。
「戦闘中に何を呆けているんだ、君は!」
直ぐに後ろからヒールが飛んでくる。横ではおじさんも攻撃に参加して、剣を片手に奮闘していた。
ぐぅー、俺かっこ悪い。
とにかく三毛子さんを逃がして――
「三毛子さん、とにかく俺たちに任せて逃げるん――」
これはデジャブだろうか?
逃げろと言ってる傍から、横で攻撃態勢に入っている彼女。この前は魔女っ子がこんな感じだったような。
そうか、三毛子さんはネームドモンスターを倒しにやって来たのか。
これ、邪魔しない方がいいんだろうか?




