1-10:巾着おじさん
「あっはっは。まぁ盗まれたものは仕方が無い。相手の名前、覚えてるか? 通報システムもあるんだけど」
「いや……そ、そもそも盗まれたとは決まってないし。俺が落としてしまって、誰かが拾って持って行ったのかもしれないし」
「それはそれでネコババって言うだろう……」
うっ。
俺としてはあんまり人を疑いたくない。死んだじーちゃんの口癖だ。
――人を無闇に疑っちゃイカン。人を信じれば、きっとお前も人から信用される人間になれるから。
そう言っていたじーちゃんは、交友関係も広く、ほんとに皆から慕われるじーちゃんだった。
俺もそんなじーちゃんみたいになりたい。
そして……、
立派な勇者になりたいっ!
「君、何一人で百面相しているんだね?」
夢の世界から引き戻されると、目の前に鬼が居たっ!
桃太郎だったら即切り捨てただろう。
「い、いや別に。盗まれたんじゃないよ。落としたんだ。とにかく弁償する。時間掛かるけど、絶対弁償するから」
三毛猫の子が言ってたな、あのウサミミ、250Gぐらいだって。
インベントリ開いて所持金確認して――2Gにもなってない……。
「いいよいいよ、別に大した金額じゃないし」
「た、大した金額じゃないって、あのウサミミ、250Gで取引されてるって聞いたぞ!」
どんだけブルジョアなんだ!
「あー、あれね。ベータテストの時に、収集品との交換イベントがあったんだよ。今はイベント無くなってるけどね、また再開するから、価格なんてすぐ暴落するよ」
「だったら収集品集めるから、何を集めるのか教えてくれっ!」
「いや、いらないから」
「何でだよっ!」
「似合わなかったからっ!」
……そ、そうか……。それならまぁ、仕方ないか。まぁその鬼の面にウサミミは確かに、似合わないだろうな。
買取露店も閉じ、俺たちは貸し倉庫へと向った。フェンリルがアイテム整理をするからというのと、倉庫を教えてやるって言うから。
行き交う人々の中から、自然と猫型獣人に目を向けてしまう。あの子の名前は確認し忘れたけど、三毛猫という特徴だけはしっかり覚えている。
獣人、意外と多いな。エルフの次に多いんじゃなかろうか。
しかも、女性獣人はさっきの三毛猫や受付で見た狐お姉さんみたく、耳と尻尾が無ければ人間と同じっていう容姿ばかりだった。
キャラメイクんときには女を選べなかったから、リアル性別依存なんだろうけど……男だけ獣タイプが選択可なんだろうか?
良く見たら、男の耳&尻尾だけ獣人もいたし。
いろんなプレイヤーを観察しつつ、町の中心にほど近い貸し倉庫へとやって来た。
建物自体は小さく、入って直ぐのカウンターに狐耳の受付のお姉さんが――、
「あれ? キャラメイクの時に見たお姉さん……」
「あー、彼女は完全にシステム的なNPCだよ。多少の喜怒哀楽はあるけどね」
「双子?」
「そうじゃなくて、なんていうか……普通のNPCは世界観を崩さないよう、完全にこの世界の住人として存在している。でもシステムに関わるような所にだけ、彼女と同タイプのNPCがいるんだ」
なるほど。ゲームらしい所には同じAIキャラを配置させてるのか。
俺もとりあえず貸し倉庫を体験してみた。まぁ、預けるものなんて何もないけど。
倉庫は収集品と装備品、生産品の三種類にタブ分けされてるのか。
「なぁ、生産品って取っておいたほうがいいものなのか?」
「んー、そうだねぇ。生産しないプレイヤーは、するプレイヤーに売ったりするし」
「あー、そういえばさっきのお前みたいにか。NPCに売るよりそっちの方が――」
「買い取ってくれる金額は高いよ。……君、NPCに売っちゃったのか」
無表情で俺は頷く。
それを見てまたフェンリルが笑い出した。
「早いうちに気づいて良かったな。傷はそれほど深くないぞ。っぷ」
今の「っぷ」で抉られたように深くなった気がする。
次からは全部取っておこう。
俺の方は倉庫の仕組みが知りたかっただけで、物の出し入れなんてのはないが、フェンリルの方はかなり時間を掛けてあれこれ操作しているようだった。
「アイテム整理って、そんなに面倒なのか?」
「んー、巾着が無くなったからね。あれ、インベントリを拡張するアイテムなんだ。二十四枠減ったからねぇ。持ち歩ける種類少なくなった分、少しでも倉庫に仕舞っておかなきゃいけないんだけど……」
インベントリ拡張? 結構重要なアイテムだったのかよっ。
「なぁ、巾着とお金だけでもやっぱ弁償するよ」
「いやだからいいって」
「良くないって。無くしたの俺なんだし、俺が嫌なんだよ」
「巾着は一人につき一つしか買えない、イベント品なんだよ。確かに取引はできるけど、君だってそのうち必要になる」
「一つしか手に入れられないって言うなら余計にだっ」
俺は一歩も引かない構えを見せる。
暫く睨めあったまま、折れたのはフェンリルだ。
「はぁ……解ったよ。巾着はこの町のNPCから買えるから、今から行くか?」
もちろんと言わんばかりに頷いた。
町の隅のほうにあった作業用工房。窯がいくつも並んでいるし、作業台も所狭しと置かれている。
何人かのNPCと、多くのプレイヤーが熱心に作業していた。尤も、NPCは帰宅準備っていう感じだけども。
そんなNPCの中から、目当ての人物を探そうとキョロキョロするフェンリル。やがて溜息を付いて、
「巾着おじさん、もう帰っちゃったみたいだなー」
「見当たらないのか?」
「んむ。ちょっと聞いてくる」
そう言って帰宅準備中のNPCの下へと歩いていった。
待ってる間に、俺は工房での風景に見入る。
鉄みたいなのを窯に入れて溶かしたり、溶かしたものを取り出してハンマーで叩いたり。
詳しくは知らないけど、実際の鍛冶職人みたいな工程をやっているようにも見える。
現実と違うのは、そのスピードがやたら早いって事だな。剣が五分たらずで完成したのは、内心吹き出しそうになった。
他にも手縫いで服作ってる人とかもいて、それがまた神速で唖然としてしまう。あれだけ早く正確に手縫いできるなら、軽くテレビとかでも取り上げられそうだな。
「おーい、ソーマ」
いろいろな事に驚き感動し笑ってると、NPCとの話を終えたフェンリルが戻ってきた。
「巾着売ってくれるおじさん、どうだった?」
「んむ。それがねー、昨日から仕事を休んでいるらしい」
「え……」
休むって……リアルじゃないんだから、NPCが仕事休むってどういう事なんだ?
そういえばここのNPCも、帰り支度して引き上げていく様子だし。そりゃー、ゲーム内は間もなく夜っていう時間帯だけども。
「どうやらね、奥さんと娘さんが病気らしいんだ。看病で休んでいると教えて貰った」
「病気……NPCって病気もするんだ?」
不思議な感じだな。
こうして帰宅していくNPC見てると、本当にその辺の現場作業員が返ってくる風景そのものだ。
世界観がちょっと、いや結構だけど……違うってだけで、本当にそこに存在している『人』にしか見えない。
「で、おじさんの家に行くかい? 場所、知ってるけども」
遠くを見つめる俺の耳に、フェンリルの声が届く。
家かぁ。でもこの時間に行ったら、普通に迷惑だよな。夕飯時だし。
それに、病気の奥さんと娘さんもいるんじゃ、尚更だよな。
巾着、諦めるわけにはいかないけど、どうしたものか。
「今日はとりあえず辞めとくよ。明日の朝、おじさんの家に行ってみるでいいかな?」
朝なら買い物とか、何かの用事で出てくるかもしれないし。出てこなければ……おじさんの家族が完治するまで、フェンリルには申し訳ないが待って貰おう。
「ほむ。了解した。じゃ、今日は一旦落ちるか。このまま明日の朝までログインしてたら、六時間制限にも引っかかるし」
また聞きなれない言葉が……。
無言の「教えて」目線に気づいたフェンリルが、やっぱり溜息を吐いて口を開いた。
「君、公式サイトぐらい見なさい」
「いやー、説明書読むの面倒くさくて……あ、いや、見ておくよ」
ずいっと顔を、というより角を突き上げてきた彼に気圧され、俺はしぶしぶ公式ページを見ることを約束する。
その前に彼が教えてくれたが……。
「VRってのは脳に直接ゲームのデータを送ってるだろ。だから脳への負担を考慮して、リアルタイムでの六時間連続プレイが禁止されている」
「へー」
「六時間経過すると警告が出て、こっちの時間で十分後に強制切断される事になっているんだ」
十分ってのは、戦闘中のプレイヤーの事も考えてってヤツかな。わりと親切設計なんだな。
「あ、ちなみにゲームと現実で時間の流れが……もしかして?」
口をあんぐりあけたまま、彼が再び溜息を吐く。
すみません、公式サイトしっかり見ておきます……。
「現実での四時間がゲーム内の二十四時間だ」
「え、そんな違うのかっ!」
「モンスターの中には夜だけ活動とか昼間だけ活動ってのもいるんだ。現実と同じ時間の流れだと、社会人や学生はログインしても休みの日以外は夜しかIN出来ない事になるだろ」
あー、そっか。学生はそろそろ春休みだけど、働いてる人はそうもいかないしなー。ログインしたら平日は毎日夜ですって、流石に嫌だもんな。
時間の経過も理解できた所で、二時間半後にまたここで集まる事にして一旦ログアウトした。
ヘッドギア付けて起動ボタンを押すと、やっぱり強烈な睡魔に襲われて意識が無くなる。
この仕様のおかげで、最初にログインしたときにはマジで夢だと思ったぐらいだ。ったく、狐耳のお姉さん、人の話ちゃんと聞いててくれよなっ。
そしてログイン。
工房近くでログアウトしたので、待ち合わせ場所から動かずフェンリルが来るのを待った。
工房では既にプレイヤーやらNPCやらが働いているのが見える。あ、働いてるのはNPCだけかな?
まさに職人です! と言わんばかりに、白い袖なしの服、腰布を巻き、頭には鉢巻といった風貌だ。対してプレイヤーは鎧だったりローブだったりと、狩りスタイルのまま。
時々、プレイヤーに手ほどきしているNPCも見かける。親方なんだろうか。
ちょっと近づいて作業を見ていると、
「君もやってみるかい? 冒険者なんだろう?」
と声を掛けられた。
公式サイトでチラっと見たけど、自分の武器や防具を作れるのってちょっといいよなー。とも思ったけど、生産には成功率もあって、失敗すると材料が消えてしまうというのを見たら躊躇してしまう。
親方(?)には丁重にお断りして、見学だけさせてもらった。
ほどなくして電子音が鳴る。
きょろきょろと辺りを確認すると、可視化されたチャットウィンドウが左下に現れていた。
『fron.フェンリル・クォーツ:おーい。今どこだー?』
紫色の文字で、チャットタブには『ささやき』とあった。
おおぅ、これどうやって返事返せばいいんだ?
迷っている間にチャットログが追加される。
『fron.フェンリル・クォーツ:あー、ささのやり方知らないか。ログの相手名の所をタッチすればパーティー勧誘やら返信やら出てくるからー』
なるほど、チャットログの名前部分に触って……『返信』って部分に触ると、チャット入力欄左側が自動的に『フェンリル・クォーツ』に。そして俺の真正面にはキーボードのようなウィンドウが現れる。
武器屋の前。そう打ち込んでEnterキーを押す。
ほどなくしてフェンリルと合流できた。
「チャット機能もあるんだな」
「他のVRMMOにだってあるさ。指定した相手とのみ会話するのに、声出してメッセージ送ったら周りの奴等にも聞こえてしまうだろ。だからチャットなのさ」
ふーん。こそこそ話しみたいなものか。視界に映らない相手にも、メッセージを出せるってのは便利だな。
また一つ俺は賢くなった。
工房を離れ、貸し倉庫を通り過ぎ、住宅街といった様子の場所までやってくる。
「巾着おじさんの家はあそこだ――」
まさにフェンリルが指差した時、戸が開き、中から中年の男性が姿を現す。傍らには幼い少女の姿も見えた。
「お父さん、お仕事いっちゃうの? こほこほっ」
「さぁ、メグ。お家に入っていなさい。お父さんは薬草を取ってくるから、待っているんだよ。大丈夫、あそこはいつだって安全だから」
何かのホームドラマでも見ているような光景だ。
涙目の少女は頷いて、仕方なく家の中へと入っていった。
その流れは至極自然で、演技でもプログラムのようでも無い。
本当にこれは、ゲームなんだろうか?
そう、思わずには居られなかった。
「おい、君。何をぼーっとしているんだ。おじさんの所にいくぞ」
「あ、そうだった」
声を掛けられ我に返った俺は、足早におじさんの下へと向う。
でもおじさん、さっき『薬草を取ってくるから』って言ってたよな。娘さんも咳き込んでたし……巾着の注文なんて、受けてる場合じゃないよな。
「すみません、巾着を購入したいので――「あのすみませんっ! 俺たち、薬草取るの手伝いますっ!」
「はぁ!? ちょ、君?」
思わずフェンリルの言葉を遮って言ってしまった言葉。でも後悔はしてない。だってこれが勇者ってものだろ?
次話は17時台に更新予定です。