1-1:初めてのVRMMO
子供の頃、RPGに登場する主人公=勇者に憧れたことがあった。いや、寧ろ今でも憧れを持っている。
憧れを実現するために俺が選んだのは、仮想世界で冒険するっていう新作VRMMO【Second Earth of Synchronize Online】だ。
ゲームの世界なら、きっと勇者にもなれるはずと思って。ついでに、時間が有り余っているのもあった。大学も無事合格して、あとは新学期までを遊んで暮らすだけだ。
――現実の自分には出来ない事も、この|Second Earth of Synchronize Onlineでは可能となる。内なる自分を、解放せよ――
とか、
――装備の組み合わせや、この|Second Earth of Synchronize Onlineでの行動が貴方の職業を決める。唯一の職業を手にせよ――
なーんて謳い文句に心ときめいた俺は、迷わず高額なヘッドギアをポチっていた。去年のバイトの貯金が一気に万単位で減ったが、勇者になるためなら仕方ない。
本日、三月某日に正式サービス開始となった【Second Earth of Synchronize Online】にログイン!!
えーっとまず、ヘッドギアを被ってー、電源入れてー……
うわっ!
サングラスみたいだったバイザー部分に映像が出てきたっ!
すっげー、ゲームの中にいるみたいだ。
って、ゲームの中か。
それほど広くはない一室。壁も床も、天井も全部木の板で作られた部屋には、カウンターが一つ。そのカウンターの上にはペン立てと紙、骨董品のようなランタンが置いてあった。
壁には絵画も飾られていたけど、近代的なものは一つもない。
室内の全体的な雰囲気は、まさに『中世風』だな。
『いらっしゃいませ。ようこそ【Second Earth of Synchronize Online】へ』
「うおっ、ビックリした!」
カウンターの下から突然お姉さんが現れた。
頭の上には狐か何かの耳が付いている。あれが流行りなんだろうか?
『驚かせてしまって申し訳ありません。ここでは貴方の【Second Earth of Synchronize Online】内での分身となるキャラクターを作成していただきます』
「おぉ、きたきた。これがキャラメイクってやつか」
自慢じゃないが、俺はVRMMOの初心者だ。コンシューマーゲームならRPG限定で結構やってるんだけどね。
金髪碧眼という美形の王道を行く狐お姉さんの話を聞きながら、人生初のキャラメイクに挑んだ。
が、どうすればいいのかサッパリ解らない。
暫く呆然とした。
『お手伝いいたしましょうか?』
「ん? 手伝う……え、何を手伝ってくれるの?」
『例えば、貴方の容姿を元にして、ゲームキャラらしくアレンジする。とかです』
なるほど、そういうのも出来るのか。
試しにそれをお願いしてみた。
出来上がったのは、よく町で見かけるような似顔絵絵師が描いたような印象のキャラクター。特徴を残しつつ、やや美化した感じだ。
顔に関しては中程度と自負している。やや美化されて中の上ぐらいになった。
『ここから多少弄って決定されるというプレイヤーも、結構多くいらっしゃいます』
「へー、じゃー俺もそうしようかな」
まず弄るべきは身長。一センチ単位で変更できるから、一六九を……一八九に。勇者と言うもの、身長は高くなければっ。
で、髪と目の色を青にする。これは俺の名前が青木蒼真だからだ。二つも『あお』という漢字が入っているんだ、もう運命だろ。
それからあーしてこーしてそーして……
ようやくキャラクターとしての俺が完成したのは、ログインしてから五時間後だった。
『……これで本当に宜しいですね?』
「はいっ!」
ちょっと投げやりな感じに聞えるお姉さんの声。対照的に元気なのは俺の声。
『そ、それでは最後に、この【Second Earth of Synchronize Online】における貴方のお名前をお聞かせください』
「名前は、ソーマ・ブルーウッド……でお願いします」
容姿とは違ってこっちは即答できる。これは俺の名前が以下略。
狐耳のお姉さんがあれこれ手続きみたいな事をやっている。
キャラメイクをして解ったのは、このお姉さんが獣人という種族だって事。狐や猫、犬、兎といったものが選べた。性別で選択できる種類が違うとかじゃなければ、女性も同じものが選べるはずだ。
ただ、このお姉さんは耳と尻尾があるだけで、それを取ってしまえば人間と変わらない。
俺が見たキャラメイクでは、完全に犬みたいな顔や虎みたいな顔まであった。体も毛に覆われてるような奴。
まぁ、あれを見て「可愛い女の子」とか「美人だ」なんて思うことも無いし、女の人があれを選ぶとも思えないけど。
『お待たせしました。同性同名のチェック完了。そのお名前はお使い頂けます。登録が完了いたしましたが『Second Earth』へと移動されますか?』
「はいっ! もちろん、休みます」
いやもうね、ゲームを起動したのは夜八時だし、かれこれ五時間掛かってここまで来たわけだし。
ゲーム始めてもすぐに眠くなりそうなんだよな。ってかもう眠いんだ。
明日の朝、じっくり遊ぼう。
なんせ俺は……大学も受かったし……残りは、入学式まで、遊ぶ……だけ……。
意識はここで途切れた。
「おい。……おい貴様っ!」
男の怒声によって俺の意識が戻る。
おかしいな、俺んちには俺とばーちゃんしか居ないのに。じーちゃんは一昨年他界してるし、両親なんて記憶すらないほど小さい時に事故で……。
じゃーこの男の声は……まさか泥棒っ!
がばっと起き上がってみると、随分薄暗い事に気づいた。
部屋の電気はつけっぱなしだったはずなのに、停電か?
いや違う。ここは、どっかの森の中だ。
「ちょ、なんで森ん中っ!」
「おい、いい加減にしろ。さっさとこっちへ来いっ!」
『ガルルルルゥー』
男の声の他に、獣の声まで混じってるぞ。
どういう事だ、声の主はどこだ? なんで威嚇しているんだ?
辺りをきょろきょろしていると、俺の鼻先に湿ったゴムのような感触が伝わる。
「うわおいぇーっ!」
あまりの悪寒に、俺は脱兎のごとく走り出してしまった。
きっとあれはモンスターだ。上半身が人間で下半身はゴム……きっとそんなモンスターだっ。そして俺を食おうとしたんだっ。
そうに違いないっ。
がむしゃらに走って、はたを気づいた。
ん?
まてよ。
キャラメイクに時間掛けすぎて疲れて寝たはず……。
もしかしてログインする時には睡魔に襲われる仕様なのか。
そうと解れば早速冒険だ。
満天の星空の下、俺は走るのをやめて歩き出す。
お、流れ星発見。
勇者になれますように。勇者になれますようにっ。勇者になれますようにっ!
三回願い事を唱える事に成功。
あとはこれを誰にも喋らなければ、成就決定だな。
そんな事を思いながら森の中を進んで行く。鬱蒼とはしてないので、星の光で足元はそれなりに見えるし、何より足元の花が赤い光を発しているので明るい。
こういう幻想的な光景こそ、まさにファンタジーだよな。
そんな花に照らされて、俺はある物を発見した。
町とか村だと良かったんだけど、見つけたのは船の残骸。
なんでこんな所に船? 海でも川でもない、ここは地面の上だ。大昔海とかだったのか? にしては、この船の残骸はそれほど古いものでは無さそうだ。むしろ、わりと最近?
「この残骸は何の伏線なんだ? 夢にしては随分と凝ってるなぁ」
俺自身に感嘆しながら、残骸をぐるっと一周してみる。
小さな船が何艘かあって、一番大きな奴は崖に突き刺さった状態になっている。突き刺さった所から、白い煙を上げた水が落ちているのが見えた。
「温泉か?」
ゲームの中にも温泉なんてあるのか。
折角なので船に登れたりとかできないかな。梯子でもあればいいんだが……船の残骸をぐるっと周ってそれらしい物を探す。
俺が見つけたのは梯子じゃなくって……人。
船首が突き刺さった岩からは、薄っすらと白い湯気を昇らせながら水、この場合はお湯か――が流れ落ちていた。その湯が溜まって、露天風呂状態になっている。
見つけた"人"ってのは、この露天風呂の中に居た。
後姿で顔は見えないが、明らかに人間じゃないのだけは解る。
だってこの人、耳が長いっ!
つまりエルフか。VRMMOの事をよく知らない俺だってエルフぐらいは知っている。いやむしろファンタジー定番の美形キャラでお馴染み過ぎるだろ。
折角だし、道でも聞いてみよう。とりあえず町に行って困ってる人見つけて助けないとな。それが勇者の務めだ。
「あのー、すみません。ここはどこなんでしょうか? 町に行きたいんですが、どっちに行ったらいいですか?」
露天風呂のほうへと歩み寄り、俺は極自然に声を掛けた。
他意は無い。
だが俺はこの軽率な行動に後悔してしまった。
振り向いたのは、紛れもなくエルフの――美女。
そう、女の人だった……。
しまったぁー。性別確認しないまま声掛けてしまった!
これじゃ俺、ただの覗き魔だしっ。
驚愕した表情の女性は、慌てたように大事な部分を手で隠し、湯の中に口元までどっぷり浸かった。
「ぶくぶくぶくぶく……」
何か言っているようだが、さすがに解らない。自分でも気づいたのか、口を出して今度はちゃんと喋りだした。
「き、君っ。なんでこんな所に居るんだ? 普通は皆、反対方向に誘導されるはずなのにっ」
「え、誘導?」
凛とした清涼感のある声が、明らかに俺を責めているのが解る。
こんな所? 誘導? 何の事だかさっぱり解らない。
いや寧ろ、何も考えられない。
目の前にエルフ、そかも美人が居て、露天風呂に入ってるんだぜ?
俺だって一応年頃の男だ。頭が真っ白になったって別におかしくないだろ。
見てはいけないという自制心と、少しだけならという下心が葛藤する中、
「何故この場所を知った? 既に情報は出回っているのか……だとしたら直ぐに上がらないと他の奴等が来てしまう?」
自問自答するように女性が考え込む。
俺がここに来たのは偶然だし、情報ってのが何の話なのかも良くわからない。
「あの、俺がここに来たのは偶然で、その――迷子になったんです」
間違っても逃げてきたなんてのは恥ずかしくて言えない。まぁ迷子も嘘じゃないし、構わないだろう。
それを話すと女性は少し安堵したように胸を撫で下ろした。胸は見えてないけど――。
そして思い出したかのように俺を睨みつけ、
「いつまで君はこっちを見ているんだねっ!」
そう怒鳴りつけてきた。
ご、ご尤もです。見ちゃダメなんだとは思うけど、何故だか視線を離せない。
「回れ、右っ!」
「は、はいーっ!」
彼女に怒鳴られ、ようやく俺の体が動く。
回れ右した俺は、目の前に毛の塊を見た。
背後でぱしゃっという水音が聞こえ、同時に彼女の声も聞えた。
「あ、ネームドモンスター」
緊張感の無い声。
モンスターだって?
これが、この毛むくじゃらがっ!?
見上げると、熊のような巨大な何かが見えた。熊ではない事が一目で解るのは、目が三つあった事。
まずい、彼女を逃がさなければっ。
「逃げるんだ! 俺がこいつを引きつけている間に、にげ――ぶへあっ」
振り向いた瞬間、俺は毛むくじゃらの太い腕に薙ぎ払われ吹っ飛んだ。
意識が朦朧とする中俺が見たのは、左手でタオルを掴み、右手で分厚い本を握る彼女の姿だった。
お読みくださり、ありがとうございます。
本日中にあと2話更新予定です。
*1/3:内容を少し簡略化させました。基本は同じです。
*1/14:内容を以前の物に戻しました。