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お狐さまとこけしちゃん

お狐さまと枝道ちゃん

作者: 芦川玲
掲載日:2015/11/15

登場人物:九尾の狐と女子高生

「お狐さま、いますかー?」

 燕が飛び交う境内の奥、燕と狐の本陣ことお社に向かって声を張り上げた。


 応答なし。


 残念ながら今日は油揚げを持ってきていないので、お狐さまを釣る餌は私のこの声だけだ。心もとなすぎる。本当は気前よく油揚げ三枚でも持ってきてあげたいところなんだけど、今日は時間がないので買ってこられなかった。さらに同じ理由でここにもあまり長居はできない。

 残り時間は二十分。早く出てこい九尾の狐。


「お狐さまー、はーやーくーっ」

 さらに大声を出すと、ようやくお社の後ろから九尾の影がちらついた。


「珍しい、お前がそんなに騒ぐほどの用とは。近頃はよく来るね」

「最近は春休みだったからね。時間は飽きるほどあったの」


 お狐さまは尻尾を揺らめかせて賽銭箱の上に飛び乗り、私が近づくと頭を下げた。


「だけど残念、今日からはそう長く話せない」

「それはまた何故? ――ああ、学校か」

 察しのいいことで。

「流石に毎年ともなると覚えてきたね」

「そりゃあね。春の新学期……となると、進級か」


 大人しく撫でられているお狐さまに、「大正解」と笑う。


 進級、つまり。

「高校生になりました」

 ようやくね。



~~~~~~~~~~



「『ようやく』とは言ってもな、そんなに早く大人にならなくてもいいだろうよ」

 撫でられたままの体勢で、お狐さまが呆れたように言った。

「うーん、大人になりたいわけじゃないんだけど。気分だけでも盛り上げたいでしょ。こうしないと誰も祝ってくれないんだもん」

 私の学校は中高一貫なので、進学はあまり大きなイベントにはならないのだ。


「それで俺に祝ってもらおうと」

「そうそう。祝ってー」

「おめでとう」

 ……なんだろうな、あんまり嬉しくない。

 進学しても何も変化がないからだろうか。


「変化が欲しいのか」

「欲しいわけじゃないこともないような……、どっちでもいいかな」

 さすがにクラスの半分が新顔になったりしたら困るし。

 というか面倒くさいのでお断りだ。


「それなら俺への対応でも変えてみては」

 冗談交じりに提案してくるお狐さま。

 それもいいかもしれないね。どんなのがいい?

「お前の好きなように」

「選択肢が多いとかえって絞り込めないよ」

「わかりやすく敬語というのはどうだい」

「確かに分かりやすくはありますけど、これではあまり変化という感じがしませんよ」

「切り替えはなかなかだと思うが」


 なかなかというかノリノリだ。二人とも。

 それにこれでは口調が変わっただけで対応が変わっていない。


「対応を変えるってそもそもどうするの? いつもより冷たくするとか? それなら速攻で境内飛び出してるよ」

 忘れそうになってたけど、時間がないんだから。


 ちなみに残り時間はあと十二分。


「あ、甘やかすってのはどうかな」

 ……いや、これ以上お互いにどうしろとって感じだな。却下。

「お前は両極端すぎる」

「ならお狐さまは何かあるの? 私への対応を変える案」


「もちろん。そもそも十五をすぎれば女は笄年、かんざしを挿した立派な成人だ。対応を変えるのは昔であれば当然。長く生きた分、慣れたものだぞ、そのあたりは。かんざしの由来を知ってるかい?」

 突然話を振られた。

 それなら知ってるよ。たしか和語のかんざしは、神降しの時に挿した髪飾りが由来なんだっけ。


「それも眉唾かもしれないがね。――つまりかんざしを挿した乙女は神に捧ぐ贄。十五の生娘ほど極上の捧げものはないからな。さらに娘は他家に籍を入れることで、両家の結びつきを強める役割も担っていた。人と神、家と家、いずれにせよ、かつて娘は嫁という名で取り繕った人柱だったということだ。神に嫁ぐか人に嫁ぐか、あるいは獣に喰われるか。食い扶持を稼げもしない穀潰しに与えられる選択肢というのは実に少ない」


 なんだかうまいように話を転がされている気がする。この話題の落下点はどこだ。


「獣とはすなわち物の怪。妖怪変化のたぐいに食い物にされるか、いっそ神前に進み出るか、とな。妖怪変化といえば俺もその一種だが」


(……おや?)

 思った以上にまずい流れな気がするが、はたして。


「――十五の祝いも進学も済んだ。それではもう現し世に何を望む。いくら齢を重ねたとて、今生この先は過ぎた最盛を嘆くばかりよ。花を押すなら今が頃合い。いっそここらで神か妖に、そのかんざしもろとも差し出しては?」


 お狐さまが私の肩に頭を寄せる。互いに表情が見えない。今どんな顔をしているだろう。あなたも、私も。



「対応を変えようかと言っているのさ。童から娘へ」



 燕の声も、風の音も、ぼわんと全部の音がくぐもって、その中でお狐さまの低い声だけが鮮やか。



「――あは」



 お狐さまと距離をとって、静かにその顔を見つめる。伺うような眼差しとぶつかった。初めから変わらない姿。私だけが変わった。



「望むことならまだまだあるよ。嘆きながらでも褪せる花でも、まだ叶えたい夢もある。……結局、お狐さまだって十分極端じゃない」

「あぁ、気付かれてしまったか」



 笑う二人の間に、生暖かい春の空気が流れる。人肌の、ぬるい日差しが照る。



「やっぱり、今まで通りでいい。お狐さままで変わったら、私の帰る場所がなくなっちゃうもんね」

「化け物のもとに帰ってくるつもりかい、お前は」

 化け物に嫁ぐよりよっぽどいいでしょ?

「さてどうだろうな。帰るつもりが行く羽目に、なんてことにならなければいいが」

「大丈夫だって」

「お前のその底なしの油断はどこから来るんだか」

「お狐さまへの信頼?」

 イヌ科チキン派の九尾狐に、私を拐かすなんてできっこないからね。他なら話は別なんだろうけど。


「本当に怖いもの知らずだな」

 失礼な。運動・睡眠・食事・幽霊が人生の基本構成、誰より怖いものを見て育った私だよ。

「怖いと認識していないのが問題なんだ。泳ぎ上手は川で死ぬ。進学して浮かれていると本当に喰われるぞ」

「わかってるって。気をつけます」


 今日はやけに釘を刺すと思ったら、私が気を緩めすぎていたかららしい。アウトギリギリ。いや、お狐さまにここまで言われてるんだから、ギリギリアウトだろうか。

 ともあれ気を付けないと。



 時計を見れば制限時間二分前。早い。



「今日はこの辺で帰るね」

「うん、さようなら」



 社に背を向けた途端、お狐さまの声がした。小さく、柔らかい声が。



「進学、おめでとう」



 面と向かって言えないあたり、本当にチキン派。だけど今度はその言葉が嬉しい。口では何を言っていても、私がちゃんとこの道を進むことを、このひとは否定しない。



「ありがと、また来るね」


 化物の根城へ。帰り道じゃなく、寄り道をしに。

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