呪いの人形と魔法狂の王子
※人間と元人形の両片思いという設定に嫌悪感を持たれた方はすぐに戻って下さい。これについての批判は受け付けません。
ベルフォーネ・ミルフェルド18歳、エルフの王国テークトの第三王女。私の前世は人形だ。
頭がおかしな奴と思われるかもしれない。だって前世が人間や動物ならまだしも人形って……普通に考えればありえない話だ。しかし私は確かに人形だった。それも今世の世界とは違う異世界、日本という国の伝統的な日本人形、そしてそれに宿った付喪神だったのだ。長い年月を経て付喪神になった時は力が暴走したりして勝手に髪が伸びたり目が動いたりしてしまっていた。そのせいで私は曰く付きの呪いの人形として持主に捨てられた。しかし結果オーライだ。お陰で私は幸四郎様に出会えたのだから。
前の持主に捨てられゴミに埋れて汚れていた。そんな私を拾ってくれたのが大好きな幸四郎様だった。幸四郎様は優しくて穏やかでとても素敵な人間だった。薄汚れた私を綺麗に拭いてくれたし、新しい着物もくれた。そして、死ぬまで私を大事にしてくれたのだ。幸四郎様の死後、私は自称神様だという変な人に幸四郎様と同じ世界に転生しないか?という提案を申し出された。それに私は二つ返事で返し、今に至るというわけだ。
生まれ変わった私はエルフとして生を受けた。どうやらこの世界には日本には無かった魔法や精霊など不思議なものが沢山あるらしく、私は精霊に愛されやすいエルフという種族に生まれ変わったのだと理解した。
そしてそんな私に今、人生最大のピンチが迫っている。
「お父様!わたくし結婚なんて致しません!わたくしには大好きな御方が居るのです!!その方以外と一緒になんて…うっひくっ、うぐっ」
王族であれば政略結婚は当たり前だ。でも嫌だ。頭で分かっていても心が拒否する。ああなんで王族に生まれたのだろう…。結婚なんてしたくない。私は前世の恩を返すため幸四郎様にお仕えしたかったのに…。無理だと分かっていてもいつかのために私は一番適正のあった自然魔法を必死に覚えた。そのお蔭で自然魔法の中でも風と水の融合上級氷魔法はテークト随一と呼ばれるようにまでなった。しかしその努力もやはり無駄だったのだ。これでは転生した意味がないではないか。
「あぁ愛しのベーネ、父様もお前を他国に嫁がせるのは嫌だ。しかし、隣の大国サエストには貿易でかなりお世話になっている。そのサエストからの申し出を無下に断ることは出来ないんだよ。」
お願いだ、と嫁ぐ私よりも悲痛な顔で父様が私を宥める様に言った。確かに国一番の氷魔法の使い手を国外に出すのは国にとっても痛手だ。しかしそれよりも私の結婚により産み出される利益の方が上なのだろう。父としてではなく国王として、散々甘やかした末姫であっても国に留めておく判断は賢明ではない。
「一度会ってみるだけで良いのだ。なんといってもサエストの第一王子は大の魔法狂いと噂だ。そのせいで幼い頃からの婚約者であるクライスラストの姫君に婚約を破棄されたらしい。ほら、お前も魔法が好きではないか!もしかしたら気が合うかもしれんぞ!」
「わ、分かりました。」
父の必死の説得に私は思わず頷いた。確かに私は魔法の腕を磨くうちに魔法が大好きになった。あっちが大の魔法狂いならば話は合うかもしれない。それにサエストと同じ規模の大国クライスラストが婚約を断るくらいだ。それはもう第一王子は魔法が大好きで女なんかには目を向けないに決まっている。そしたら書類の上だけの結婚で済むかもしれないし、自由に行動できる時間が増えるかもしれない。どうせ誰かと結婚しなければならないなら、この結婚案外条件が良いように思える。
「会ってみてどうしても、どうしても駄目ならお父様、何とかしてくださいますか?」
最後に父に涙目上目使い攻撃をしかける。
「ああ!!どうしてもベーネが嫌ならばテークト王の名誉に誓って結婚を断る!!」
よし、父からの保険もゲットだ。どうしても無理なら父には悪いが結婚は断ってもらおう。
そう思いながら私はもし結婚した後、どうやって幸四郎様を探すかについて考えていた。
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サエストの第一王子との面会日当日、私はいつもより豪華なドレスを着て自慢の金糸のような髪を綺麗に纏めていた。
馬車で4日かけて着いたサエストの王宮はそれはそれは豪華絢爛であった。そして到着後すぐに客室に通され面会の準備をし、今は父の代理の母と共に第一王子のエヴァン様を待っているところだ。
本来ならば、到着後すぐに面会、とは行かないのだが如何せん母はテークトの正妃であるためあまり長く国を開けることが出来ない。サエストまで片道4日かかる以上あまり長居は出来ないのだ。そのため無理を言って面会日を今日にしてもらった。そもそもあっちが結婚を申し込んだのだからあっちからテークトに来るべきだ!とは思うが口には出さない。国力の差から言ってもあっちが第一王子でこっちは第三王女という身分から考えてもエヴァン王子がテークトに来るなんてことはありえないのだから。
「テーラ様、ベルフォーネ様。エヴァン王子と王妃様の準備が整ったようです。」
「ベーネ、緊張せずにいきましょう。」
そう優しく微笑んでくれるテーラもとい母の後を追い、大きな扉の前まで来た。
「こちらです。」
私達を先導していた母の侍女がドアをノックした。
「どうぞお入りになって?」
サエストの王妃様のであろう声が聞こえた後、数拍置き、母が失礼しますと返した後侍女がそっと扉を引いた。
中は落ち着いた内装になっているがどの品も一級品だと言う事が見て取れた。私は母と共に挨拶と礼をし、顔を上げた。そして初めてゆっくりと王妃様の顔を見た。私達エルフは美形揃いと有名だ。それに人間より長命であるため、歳をとるのが遅い。しかし目の前にいる王妃様は、エルフ1の美女と噂の母にも引けを取らない美しさであった。キラキラと輝く銀髪の髪に空の色を写し取ったかのような綺麗な蒼色の瞳、こんなにも見目麗しい人間に出会ったのは前世も含め初めてだ。というかこの人子供5人産んで、しかも人間なはずなのにこんな見た目だなんて羨ましい。羨ましすぎる。
これは第一王子もさぞ美しい御尊顔なのだろうと、少し嫉妬を覚えながら横の王子に視線を移した。その瞬間、私の中の魂が本能が確かに告げた。見た目は全く違うけれど確かに、確かにこの人は……!。
「テークトの第三王女はとても可憐だと噂に聞いていたけれどここまでとは思いませんでしたわ。エヴァンもこんなお嫁さんが来たら幸せね。」
「あらまぁ、エヴァン王子こそ王妃様そっくりの銀の髪に美しい琥珀色の瞳、正に美の女神に愛されたような綺麗なお顔立ちをされていらっしゃるわ。ねぇベーネ?」
それから母と王妃様は色々話していた。何回か質問が飛んできたがそれどころではない心ここにあらずの状態だったのでよく覚えていない。そしてなぜかエヴァン王子とサエスト王宮の庭園を二人で見て回ることになっていた。まだ心の整理ができていない。まさかこんなところで会えるなんて夢にも思っていなかったからだ。しかしすっかり意気投合した母と王妃様は私達を庭園に連れていった後、またお話をするために部屋に戻っていった。
「母が無理矢理すみません。」
先に会話を切り出したのはエヴァン王子だった。困った様な微笑み方は幸四郎様そのものだった。ふと、考えてみた。もし、万が一ここで幸四郎様もといエヴァン王子に結婚を断られたらエヴァン王子は他の女性と結婚してしまうのか。せっかく見つけることが出来たのにお側に居れないのか。そう思った途端、涙が溢れてきた。もしあの人形に意思があり転生したと告げて気味悪がられたらどうしようとか幸四郎様に記憶がなかったらどうしようとかこの18年間悩みに悩んだことが全部吹っ飛んだ。そして感情のままに口を開いていた。
「幸四郎様、幸四郎様、もう置いていかないでくださいっうっひくっ。わ、わたくし、もうっひくっうっ1人になりたくありませっひくっうっうっう。」
ああ言っちゃった。嫌われるかな気味悪がられるかなどうしよう。言った直後に来た後悔に押し潰されそうになりながら私は下を向いたまま顔を上げることが出来なかった。
頭上でクスッと笑う声がした。
「真白、いや今はベルフォーネだったかな。一人で置いていってすまなかったね。ほら顔を上げて?君の顔が見たい。」
「こ、うしろーさま?」
真白、そう確かに呼んだ。エヴァン様になる前、幸四郎様が生前つけてくれた私の名前だ。
「今はエヴァンだけれどね。ベルフォーネ、君さえ良ければ私と結婚してくれないかい?私は君と、ずっと一緒に過ごしていきたいと思っている。」
エヴァン様がハンカチを取り出し、涙で濡れた私の顔をそっと拭う。
「……気味悪くないのですか?人形が意思を持っていたなんて……。しかも転生したなんて。」
「気味悪い?そんな事思う訳ないじゃないか。そしたら人形に50年も片想いしていた私の方がずっと気味が悪いよ。」
エヴァン様は自嘲気味に笑った。え、片想い?
「夜中にこっそりと私にバレてないと思って布団をかけ直してくれた君も、亡くなる寸前に君を一人にしてしまうからといくら姪に預けても翌朝には玄関に帰ってくる君も、全部全部愛しくて堪らなかったんだ。だから、たまたま視察でテークトに行って君を見つけたとき、私は嬉しくて仕方が無かった。」
「姿も何もかもちがうのにね、一目見た時からあれは君だ、真白に違いないって確信したんだよ。」
可笑しな話だよね、とエヴァン様は言った。
そしてエヴァン様の言葉を理解した瞬間私の顔は真っ赤に染まった。いくら恩を返したいのが本当でお側に仕えたいと誤魔化しても、心の奥の気持ちは誤魔化せない。
――――――――――――私、幸四郎様が好きだったんだ……。
「エヴァン様は気味悪くなんてありませんわ!わ、わたくしだってずっと幸四郎様が……。」
「っ!?本当に?」
エヴァン様の顔は今まで見た中で一番嬉しそうだった。
「ええ。」
夢みたいだ。こんな事、幸せ過ぎてどうにかなってしまいそう。
「じゃあ私との結婚、受けてくれるかい?」
「もちろんですわ!」
私が満面の笑みを浮かべて返すと、エヴァン様も幸せそうに微笑んでくれた。
この後、結婚を承諾しルンルン気分で一旦国に帰った私を見てやっぱり嫁がせたくないと駄々をこねる父に辟易したのはまた別の機会で。
❮昔々大国サエストにそれはそれは幸せそうな夫婦がいたそうな。その夫婦はサエストの王と王妃であったが、王は側室を一切持たず、その愛を王妃にのみ一生注ぎ続けた。美しい二人の愛の物語は、サエストのみならず世界中の乙女の憧れとして今も語り継がれている。❯
拙い作品を最後まで読んで下さって本当にありがとうございました!