あなたの本当の気持ちを教えて下さい2
「久しぶりです、セルゲイ義兄さん」
三男は使用人と共に車椅子で玄関の前で長男の一行を出迎える。
長男は黒いスーツを一部の隙もなく着こなし、黒い髪を撫でつけて、眼鏡の奥の灰色の瞳はにこりともしない。
長男の周囲には護衛の人々が目を光らせている。
玄関の階段を上ってくる。
長男の無言の威圧感に、三男は尻込みする。
階段を上り終えた長男は冷ややかに三男を見下ろす。
「お前も変わりはないようだな。財閥の医療部門は利益が伸びているのに、その歩けない足はそのままか」
淡々と応じる。
三男は黙って車椅子を見下ろす。
その言葉が深く胸に突き刺さる。
長男はそんなことを気にも留めない。
「今日は用事があって来た。四男のグレゴリーのことだ」
三男は穏やかな表情を作り、見上げる。
「グレゴリーがつい先日、財閥の総帥に就任したのは知っています。グレゴリーがどうかしましたか?」
執事が玄関から屋敷の中を指し示したが、長男はそこから動かない。
雪を含んだ冷たい風など気にしない様子だった。
「お前の意志を聞きたい。お前は財閥と総帥のどちらに忠誠を誓う?」
「え?」
三男は車椅子の上でぱちぱちとまばたきをする。
長男はスーツの懐から銃を取り出し、三男の額に銃口を向ける。
玄関の前に並んでいた使用人たちの間から小さな悲鳴を上がる。
「お前は財閥と総帥のどちらが重要だ?」
「に、義兄さん、何を」
三男の背中を冷たい汗が流れ落ちる。
「答えろ」
長男の灰色の瞳には感情というものがいっさい読み取れない。
ここで長男の意にそぐわない答えを口にすれば、額を銃で撃たれるのだろう。
「ぼ、ぼくは」
三男は言葉に詰まる。
「ぼくは、財閥の方が、重要だと、思います」
震えながら一語一語言葉を絞り出す。
「そうか。ならばいい」
長男は驚くほどあっさりと銃を引く。
「近頃、財閥内の秩序が乱れている。情報の流出も、命令に逆らう輩もいる。お前もそれに加担しているのではないかと思ってな」
長男は冷ややかに言う。
「お前の兄アレクセイもそうだ。他の者と結託して、財閥内の秩序を乱している。近々グレゴリーと一緒に取り締まるつもりだ」
「兄さんが秩序を乱す?」
三男はどきりとする。
「せ、セルゲイ義兄さん、アレクセイ兄さんは」
血の繋がる次男の命だけは助けてもらいたいと思っている。
そのため三男は長男に必死に懇願する。
「アレクセイ兄さんは、決してセルゲイ義兄さんに逆らうつもりではなくて」
長男は眼鏡の奥の灰色の瞳をわずかに細める。
発砲音がして、三男の頬を銃弾がかすめる。
車椅子の金属の部分にめり込む。
「お前も兄と同じで、財閥に逆らう者か?」
三男は恐ろしさのあまり声も出ない。
長男は銃口を三男の頭に当てる。
引き金に指を置く。
三男も、その背後に並ぶ使用人も言葉を発する者は一人もなかった。
(ち、違う。ぼくはそんなつもりじゃ)
三男はゆっくりと首を横に振る。
声が出ない。恐怖のために心臓の鼓動が早くなり、息苦しく感じる。
そんな時、老執事がさっと前に進み出る。
「セルゲイ様、どうかフェリックス様をお許しください!」
老執事は深く頭を下げ、長男に懇願する。
「フェリックス様は心優しいお方です。兄君のアレクセイ様を放っておけなかったのでしょう。心配し、心に掛けておいでのだけなのです。決して決して、財閥に逆らうような真似はいたしません。セルゲイ様に逆らうような真似はいたしません。財閥の秩序を乱すようなことを口にしたのではありません」
老執事は声を限りに叫び、長男に許しを請う。
「この老体の命はどうなっても構いません。しかしどうかフェリックス様だけはお許しください」
老執事の懇願を聞いて、三男はゆっくりと首を横に振る。
(だ、駄目だ。そんなことを言っては)
声は出ない。口だけを動かす。
「そうか」
長男は銃口を三男の頭からそらす。
「では、お前は命がいらないという訳か」
次の瞬間、頭を下げる老執事に向けて発砲する。
乾いた音がして、白い煙が立ち上る。
「うぐっ」
老執事は膝に弾を受けてうずくまる。
続いて第二発。
空の薬莢が高い音を立てて玄関の石畳の上に落ちる。
「――――!」
三男は声にならない悲鳴を上げる。
老執事の足と脇腹に服の上から赤い染みが広がる。
地面にも滴り落ちた血が白い石畳の上に血だまりを作っている。
三男は声を上げることが出来ない。
医者を呼ぶことも、動くことさえままならず、三男は血だまりに倒れる老執事をじっと見下ろしていた。