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姉と弟  作者: 深江 碧
九章 誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない
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誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない12

『申し訳ありません、若』

『お前が謝る必要はないだろう、イーゴリ。お前はよくやってくれている』

 次男は苦笑いしてペンを置く。

 部下の男は受話器に向き直る。

「我が主の名前は、アレクセイ・ユスポフ様です。オリガ様の従兄弟で、財閥の現総帥グレゴリー・ユスポフの兄君様です」

「そうか」

 相手の男は電話の向こうで少し笑ったようだった。

「ならば、依頼は受けよう。オリガ・ユスポヴァの行方を探せばいいんだな?」

「はい。お願いします」

 部下の男は安堵の息を吐き出す。

 依頼は無事受けてもらえたことに、後ろで聞いていた次男も胸をなで下ろす。

 その矢先、相手の男が妙なことを言って来た。

「では、こちらからも話したいことがある。ぼくの主人である、ボスからの話だ。お前の主に代わって欲しい」

 電話を切ろうとしていた部下の男は、突然の話の流れに言葉を失う。

「我が主、アレクセイ様に、ですか?」

「そうだ。組織のボスが彼と話をしたいそうだ」

 部下の男はいつになく取り乱す。

「しばらくお待ちください」

 安堵した様子の次男に、部下の男は神妙な表情を向ける。

『若、組織のボスから若に話があるそうです』

『お、おれに?』

 次男は慌てる。

『どうしますか? 今主人はそばにいないと断ってもいいのですが』

『いや、それはよくないだろう』

 次男は紙にペンで書き殴る。

『そんなことをすれば、組織のボスの機嫌を損ねることに繋がる。今回の依頼は受けてもらえても、次回からは受けてもらえなくなるかもしれない。弟君の組織とはできればこれからも懇意にしておきたいものだが』

 次男は人の行き交う大通りの隅の電話ボックスの前で考え込む。

 ちらちらと雪が降っている。

『わかった、代わってくれ』

『いいのですか?』

 そう言いながらも、部下の男は次男に公衆電話の受話器を渡す。

「もしもし?」

 次男は緊張した面持ちで話す。

「あんたが、アレクセイ・ユスポフかい?」

 電話の向こうの声は女性のものだった。

 年老いているが張りのある声だ。

 女性は単刀直入に聞いてくる。

「オリガを探してるってのは、あんたかい?」

「いかにも、おれだが」

 その率直な聞き方に、次男は相手に下手な芝居は通用しないことを悟った。

「そう、あんたがアレクセイかい。あいつの二番目の息子で、オリガの従兄弟という訳ね。あんたの馬鹿な義弟があのどうしようもない総帥の跡を継いだってことね。いよいよもってオリガのとこの財閥もお終いって訳ね」

 そのあまりに歯に衣着せぬ物言いに、次男は閉口する。

 渋い顔の次男の背後では、部下の男がそばで控えている。

「まあ、財閥のことはどうでも良いことだけど。あんたがオリガを探してるってことは、赤狐から聞いたわ。あんたはオリガの行方を知ってどうするつもり? あんたはオリガを探してどうしたいの?」

 公衆電話の受話器を持ったまま、次男は立ち尽くしている。

「どうしたい、とは?」

 逆に聞き返す。

「あんたは頭が空っぽの義弟の現総帥とは違うのだろう? あたしの言いたいことを理解しているはずだよ。つまりあんたはオリガの敵か、味方か、と言うことをあたしは聞きたい。妹夫婦があいつに事故で殺されてから、財閥のごたごたでこちらも情報を集めるのに苦労している。こちらも財閥の情報が欲しいところだ。あんたは現在どちらの陣営に属している?」

 女性の声は暗に脅しを含んでいる。

 もし敵と答えたら、この女性を敵に回すことになるだろうことは、容易に想像が付いた。

「おれは、オリガの味方ですよ」

 次男は穏やかな声で答える。

「本当かい?」

 受話器の向こうから疑うような声音が聞こえてくる。

「本当ですよ」

 次男は肩をすくめる。

 電話の相手はこちらの真意を探っているのだろう。

 次男も組織のボスである女性の協力が得られればどこほど心強いか。

 これはお互いにとって損はないだろうと考える。

「おれはオリガの味方です。弟君に乞われて、彼女を保護しようと考えたのですが、彼女の行方がわからなくなってしまったのです。だからあなたにオリガの行方を探してもらいたい」

 次男は言葉をそこで切る。相手の出方をうかがう。

 受話器の向こうの女性も黙り込む。

『どうですか?』

 部下の男が筆談で聞いてくる。

『彼女に信用してもらえるかが問題だな』

 次男も受話器を握る手とは反対の手で紙に書き記す。

 受話器の向こうの女性が溜息を吐く。

「あいつの二番目の息子は口が上手いと聞いている。あんたが本当に信頼に足る人物なのか、オリガの味方なのか、試させてもらうよ」

 次男は眉をひそめる。

「試す、とは?」

「すぐにわかるよ」

 女性の声には面白がっている響きが含まれていた。

電話は一方的に切られる。

 次男はしばらく受話器を握りしめていたが、返答がないことに諦めて受話器を戻す。

 電話ボックスからのろのろと出てくる。

「若、どうでしたか?」

 部下の問いに肩をすくめる。

「相手がおれを信用に足る人物なのかどうか、試させてもらうそうだ」

「試すとは、どういう意味ですか?」

「さあね」

 雪の降る大通りに出た次男は大きく伸びをする。

「結局、オリガを探してもらえる約束さえ取り付けられたかどうか」

 次男は白い息を吐き出し、ぽつりとつぶやく。

 雪の降りしきる灰色の空を見上げる。

「若、あまり落胆されませんように」

 部下の男が次男の背中に声を掛ける。

 その隣を二人の女性が歩いていく。

 次男は不機嫌に金色の髪をかきまわす。

「試すって何だ? おれはそんなに信用のない男として伝わっているのか?」

 人の噂がどう伝わっているのか次男にはあまり興味はなかったが、こういった時には厄介なことを知っている。

次男はいらいらとして声を荒げる。

 すると大通りを歩いていた女性が小さな悲鳴を上げ、次男にしなだれかかる。

「おっと」

 驚きつつも、次男は反射的にその女性を受け止める。

 連れの女性が気遣うように女性と次男のそばに寄る。

「すみません、連れが急に気分が悪くなったようで」

 次男は驚きつつも、もたれかかって来た女性の体を支える。

「おれは別にかまいませんが、もし気分が悪いようでしたら、近くの病院まで行った方が」

「若!」

 そばで様子を見ていた部下の男が短く叫ぶ。

「その二人から離れて下さい!」

 次男の位置からは見えなかったが、女性は二人ともそれぞれに銃を隠し持っていた。

「動くな」

 次男にしなだれかかった女性が、その喉元に銃を突きつける。

「くっ」

 部下の男が銃を構える前に、別の女性が持った銃の銃口を向けられる。

「騒ぐな。大人しくしていろ」

 次男は女性に銃を向けられたまま動けないでいる。

 部下の男は銃を握りしめたまま、女性たちを睨んでいる。

 次男は首を動かし、二人の女性を見回す。

「それで、君たちの本当の目的は何だい? まさか物取り、という訳でもないだろう?」

 引きつった顔でそう尋ねた。

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