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姉と弟  作者: 深江 碧
九章 誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない
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誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない11

 次男と部下の男は車で街に出て、公衆電話を探す。

 街の大通りの公衆電話を見つけ、部下の男は電話のダイヤルを回す。

 呼び出し音のベルが何度も聞こえたが、一向に出る気配はない。

「出ないようですね」

「そうだな」

 次男は労働者の着る目立たない服を着て、帽子を目深にかぶっている。

 自分の服にこだわる彼としては不本意だったが、こんな場所で誰かに見つかると面倒なことになる。

 電話ボックスの中で受話器を耳に当てる部下の男は、相手が出ないので諦めて電話を切る。

 雪の積もる大通りで、次男はマフラーを手繰り寄せる。

「組織と連絡を取れるという情報も偽物か。組織の情報力を使えば、彼女の行方を見つけられると思ったんだが」

 次男は溜息を吐く。

「申し訳ありません」

 部下の男が代わって頭を下げる。

 次男は肩をすくめる。

「別にいいさ。生きているのか死んでいるのかわからない彼女のことだ。きっと兄貴だって、その行方はつかめていないに違いないさ」

 次男は少し離れた場所に止めた車へと戻ろうとする。

「兄貴が動かないうちは、おれの方でも無暗に動く必要はないだろ。下手に動いて兄貴に出し抜かれるのも癪だからな」

 次男は人の行き交う大通りを歩いていく。

 部下の男はじっと公衆電話の前で紙片に書かれた数字を眺めている。

 すると突然公衆電話のベルが鳴る。

「何だ?」

 けたたましいその音に、次男が驚いて振り返る。

 部下の男が淡々と応じる。

「電話のようですね」

 鳴っている電話を指さす。

 次男は鳴り響く公衆電話のベルの音に顔をしかめる。

「それはわかっている。ただ、どうしてこの電話が鳴っているか、と言うことが問題なんだ」

「取りますか?」

 部下の男が電話を指さし尋ねる。

「取らないことにはどうしようもないだろう」

 次男は腕組みして鳴り響く電話を睨んでいる。

「それもそうですね」

 部下の男は公衆電話の受話器を持ち上げる。

「はい」

 耳に当てて答える。

「赤狐の捕った山鳥を買って行ったのはあんたか?」

 受話器の向こうからくぐもった男の声が聞こえてくる。

 部下の男は努めて冷静に答える。

「いかにも私です」

「そうか」

 男は静かにつぶやく。

「赤狐に依頼がある、と言うことか?」

「あなたが、赤狐ですか?」

 部下の男は、電話の向こうの男の質問に質問で返す。

 男はしばらく沈黙して、ややあって答える。

「そうだ」

「では、赤狐であるあなたに依頼があります」

「何だ?」

「オリガ様を、オリガ・ユスポヴァ様の行方を探していただきたい」

 姉の名前が出てことに緊張して、次男が喉を鳴らす。

 大通りを行き交う人々は、部下と次男の行動を不審に思っている様子もない。

 人目があるため多くの部下を街のあちこちに分散して配置してある。

 もしも万一のことがあった時は、すぐに駆けつけられるようにしてある。

 男は少し驚いたようだった。

「オリガ、と言うのは、ユスポフ財閥の元総帥の娘のことか?」

「ご存知なのですか?」

「あぁ、よく知っている」

 男はそれきり黙り込む。

 部下の男が同じように黙り込んだのを見た次男が小声で話しかける。

「それで話はどうなんだ? その赤狐という男にオリガを探してもらえるように頼めそうなのか?」

 受話器から耳を離し、部下の男はメモ用紙を取り出し筆談をする。

『今、その依頼を頼んでいます。まだ正式に受けてもらえるかどうかはわかりませんが』

 次男も同じように紙にペンを走らせる。

『そうか』

 次男は深緑色の目を伏せる。

『弟君がここにいればな。組織の力を借りることが出来れば、心強いんだけどな』

『けれど、その組織も完全にこちらの味方、という訳ではなさそうです。情報によると、セルゲイ様やグレゴリー様のところにも組織と繋がりのある者がいるようです』

『それは痛いなあ。こちらが不利という訳か』

『何とか協力を取り付けられれば良いのですが』

 裏で動く組織は、この国の中にも数多くある。

 次男はそのいくつかの組織に頼んで、武器を調達したり、情報を買ったりしている。

 隣国に拠点を置く弟の所属する巨大組織とは、次男自身繋がりはない。

 これを機会に協力が得られれば、長男との財閥内部での情報戦もずいぶんと楽になるだろう。

 長い沈黙の後、受話器の向こうから男の声が返ってくる。

「お前の本当の依頼主は誰だ? お前も誰かに雇われているのだろう?」

 部下の男は一瞬返答に困る。

「私の主人は訳あって、お名前を明かすことが出来ないのです。あなたが信用できる相手だとわかり、依頼を受けてもらえるならば、お答えいたしましょう」

 ここで無暗に次男の名前を出せば、後々こちらが不利になるかもしれない。

 部下の男は実際に依頼を受けてもらえるまで、次男の名前は出さない方がいいと判断した。

 しかし男の返答は冷たい。

「では、依頼も受けられない。オリガ・ユスポヴァは探せない。諦めるんだな」

 男の返答に、部下の男は押し黙る。

「少しお待ちください。主と相談してみます」

 そう答えるのが精一杯だった。

 部下の男は受話器から耳を離し、次男を振り返る。再びメモ用紙に筆談をする。

『若、相手が私の主が誰かと尋ねてきました。相手が信用できるかわからない以上、セルゲイ様やグレゴリー様の息が掛かっていないと保証できない以上、ここで無暗に若の名前を出すべきではないと思います』

『でも、相手が聞かないのだろう? だったらこちらも多少の危険は覚悟の上だ。今は一刻も早くオリガの行方を追うべきだ』

『しかしそれで若のお立場が悪くなれば、長男のセルゲイ様にどんな目にあわされるか。下手をすれば若の命が』

『あ~、確かに兄貴は怖いな。でも、今ここでそんなことを言っている場合じゃないだろ? おれは、まあ大丈夫だ。兄貴から逃げる手段はいくつか考えてるさ』

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