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姉と弟  作者: 深江 碧
九章 誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない
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誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない9

 姉が気が付いたのは、三男の屋敷に運び込まれてから三日ほど経った昼のことだった。

ベッドに横たわる姉は熱が下がらないまま、ぼんやりと意識を取り戻した。

(ここは、どこ?)

目の見えない姉は部屋の様子を見ることは出来ない。

ベッドの様子や周囲の物音で、自分が裕福な家に助けられたことは察しがついた。

(わたしは、また死に損なったのね)

姉は小さく息を吐き出す。

まだ頭は熱のためにぼんやりとしている。

けれどこの屋敷に運び込まれる以前のことは思い出せる。

次男に助けられたところを逃げ出し、川沿いに雪の中を彷徨った。

どうやってここに運び込まれたのかは、よくわからない。

きっと親切な人に雪の中に倒れているところを発見され、こうして命を取り留めたのだ。

(わたしは、また両親のところに逝けなかった。わたしだけ生き残ってしまった)

両親を交通事故で亡くしてから、姉の心はずっと暗い思いに囚われていた。

――どうして自分だけ生き残ってしまったのか?

――どうして両親は死んでしまったのか?

――自分のせいで両親が死んだのではないか?

――自分が死ねば、あの時両親は助かったのではないか?

口には出さないが、そんな気持ちがずっと心の中にわだかまっている。

答えの出ない問いを繰り返している。

姉は細く息を吐き出す。

(わたし馬鹿だ。どうしてまた助かってしまったの? わたしのせいで、父さんも母さんも死んだ。そして無関係な弟を危険にさらし、わたしを助けようとしたあの人にも迷惑を掛けてしまった)

 姉はベッドで寝返りを打つ。

(もうわたしには何も残されていないのに。もうこれ以上、誰も傷つけたくないのに)

 姉は熱にうなされながら、荒い呼吸を繰り返している。

 ちょうどその時、部屋の扉の開く音が聞こえる。

 姉は緊張して体を強張らせる。

 厚い絨毯のためにほとんど物音は聞こえなかったが、二人の話し声が聞こえてくる。

「彼女の体調はどうだい?」

「はい、フェリックス様。診察した医者の話によりますと、今は熱がありますが、このまま安静にしていれば大丈夫だそうです」

「そうか。それは良かった」

 車椅子に乗った三男が、姉のいるベッドのそばにやって来る。

 その後ろには車椅子を押す執事が立っている。

(フェリックス?)

 姉は三男の名前にひっかかりを覚える。

 三男と姉は、親族会議でたびたび顔を合わせている。

 そのため彼の声に、姉は聞き覚えがあった。

 執事が躊躇いながら尋ねる。

「しかし、その、彼女は本当にフェリックス様の従兄弟のオリガ様でしょうか? 私にはとても信じられません。なぜならオリガ様は、交通事故でご両親と共に亡くなったと聞いておりますので」

 三男はベッドに横たわる姉の姿を見つめている。

「信じられないのも無理はないと思うけれど、彼女は本物のオリガさんだよ。オリガさんが生きていると言うことは、前々から黒鷲に聞いていた」

「何と、あの者からですか?」

 三男は淡々と言う。

「あぁ。セルゲイ義兄さんが、オリガさんを殺し損ねたとも、アレクセイ兄さんがオリガさんを守ろうとしているとも聞いている」

 執事はあまりのことに、返事が出来ないようだった。

 口を開け閉めしている。

「お前が信じられないのも無理はないよ。ぼくも半信半疑だったから。でも、セルゲイ義兄さんやアレクセイ兄さんが動いていると黒鷲から聞いて知ってはいたし、オリガさんのことも聞いていた。アレクセイ兄さんは、セルゲイ義兄さんと対立してまで、オリガさんの命を守ろうとしているんだ」

 執事は険しい顔をする。

「では、フェリックス様は、すぐにアレクセイ様にご連絡をいたさねばなりませんね」

 三男は不思議そうに執事を振り返る。

「どうしてだい? 連絡するのは、セルゲイ義兄さんにだよ」

「な、何と!」

 執事は慌てふためく。

 三男は表情を曇らせる。

「現在の財閥で一番力を持っているのは、セルゲイ義兄さんなのはお前も知っているだろう? 財閥の総帥には四男のグレゴリーがなっているが、ぼくはグレゴリーが総帥の器だとは思っていない。グレゴリーにとっては財閥はおもちゃのようなものでしかない。好き勝手に遊んで、いずれ飽いてしまうに違いない。そして目障りになれば、あいつもセルゲイ義兄さんに粛清されるに決まってる」

 三男の表情は暗い。

 自分もいずれそうなると言わんばかりだった。

「し、しかし、そうすれば、オリガ様は」

「そうだろうね。セルゲイ義兄さんに、今度こそ殺されるだろうね」

 三男は息を吐き出す。

 執事はあまりのことに絶句している。

 それを聞いていた姉も、すぐには信じられない。

(わたしは、彼に殺されるの?)

 親族会議で度々顔を合わせる、従兄弟の彼の顔を思い浮かべる。

 細身で鋭い印象を受ける美青年だったことしか覚えていない。

 そしてとても頭が良く、仕事に関しても有能だったことを記憶している。

(あの彼が、この一件を仕組んだの? わたしの両親を殺して、わたしまで手に掛けようとした)

 姉の心が絶望の色に塗りつぶされる。

 怒りなのか、悲しみなのかわからない強い感情が沸いてくる。

(わたしの最期とは、どんな最期のなのかしら)

 ぼんやりと考えたが、姉の頭には何も浮かんで来ない。

熱からか、姉の意識はそこで途切れた。

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