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姉と弟  作者: 深江 碧
九章 誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない
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誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない8

 医者の診察が終わった。

使用人が彼を発見したのが早かったせいか、絶対安静を申し付けられたものの、命に別状はないようだった。

 手足も軽い凍傷ですみ、少年を運び込んだ使用人たちはほっと胸をなで下ろした。

 少年も自分の強運に喜ぶべきだろう。

 もし使用人が見つけなければ、命がなかったかもしれないのだ。

「良かったですね、フェリックス様」

 しかし三男の表情は固かった。

 少年が、実は少女だとわかってから、三男はずっと難しい顔をしている。

「フェリックス様?」

 心配した執事が三男に尋ねる。

 もしやまた体調を崩したのではないかと、心配しているのだ。

「え? あぁ、ぼくは大丈夫だよ」

 三男は執事に笑いかける。

 視線をベッドで眠る少女に戻す。

「うん、彼女の命が助かってよかったよ。そうだね。もし目覚めたら、彼女の身元を調べないといけないね」

 三男はじっとベッドの少女に目を向けたままだ。

 思いつめるような表情をしている。

「少し、彼女と二人きりにしてくれないか?」

 三男は理由を告げぬまま使用人を部屋から退室させる。

 少女と二人きりになる。

 静まり返った部屋に、暖炉の炎の燃える音が響く。

「オリガさん」

 三男は少女の名前を呼ぶ。

 少女はベッドで寝入ったまま、静かな寝息を立てている。

 三男も姉からの返事を期待してのことではなかった。

 ベッドにいる姉に向かって話しかける。

「オリガさんは、どうしてあんなところに一人でいたんだい? 兄さんは一緒じゃないの?」

 次男、アレクセイのことを話すと、三男の胸がずきりと痛む。

 実の兄弟であるにもかかわらず、こうして離れて別々に暮らしている。

 次男とはずっと会っていない。

「兄さんは、オリガさんのことを気にしてるようだったよ。伯父さんと伯母さんとオリガさんが交通事故で亡くなった葬儀の時、兄さんは最後まで認めようとしなかったから」

 ベッドで眠る姉に話しているというより、独り言に近かった。

 三男の表情は険しい。睨みつけるように姉の寝顔を見つめている。

「オリガさん、まだ生きてたんだ。セルゲイ義兄さんから生きて逃げられると、本気で思ってるわけじゃないよね? どうしてぼくら兄弟を巻き込むんだよ。迷惑だよ」

 三男はベッドの姉に吐き捨てるようにつぶやく。

 姉を前にしてふつふつと怒りが沸いてくる。

「どうしてそんなに生きたいと思うんだよ。あの時、両親と一緒に死ねばよかっただろ? どうしてこれ以上生きようとするんだよ。ぼくも兄さんも、オリガさんに関わったせいで迷惑しているのに、どうして」

 普段は表に出さない怒りをぶちまける。

 それは三男がずっと車椅子の不自由な生活から来た不満だったり、実の兄と会えない寂しさからだった。

 長年溜まった怒りを口に出す。

「オリガさんも馬鹿だよ。セルゲイ義兄さんがどれほど恐ろしいか、何もわかっていない。あの人は一度やると決めたら、絶対にやり遂げる人なのに。もうぼくと兄さんを巻き込むなよ。さっさと一人で死ねば良かったのに。オリガさんのせいで、ぼくがセルゲイ義兄さんににらまれたらどうするんだよ」

 三男は言いながら悲しい気持ちになってくる。

 姉は事故で視力を失った。

 三男自身は生まれつき足が不自由だが、地位も財産も失い、目の見えなくなった姉よりはましだと心のどこかで思っている。

「どっちにしろ、ぼくはオリガさんの味方をしてあげることは出来ない。セルゲイ義兄さんを敵に回すことは出来ないし、自分の身は可愛いからね」

三男は努めて平静に言い放つ。

「折角助かった命なのに。ごめんね、オリガさん」

 三男は姉の姿を見ないようにして、車椅子を動かす。

長男に連絡して、姉の身柄を引き渡そうと考える。

 部屋を出て行こうとして、車椅子を止める。

 三男の胸にむくむくと罪悪感が沸いてくる。

 急に後ろめたくなる。

 せめて彼女の体調が回復するまでは、この屋敷に留め置いてもいいのではないか。

 迷いながらも、そんな気もしてくる。

 三男は後ろを振り返らないままつぶやく。

「オリガさんの体が回復するまではここに置いてもいいけれど、その後はセルゲイ義兄さんに引き渡すから」

 そう言い置いて、三男は車椅子で部屋から逃げるように出て行った。

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