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姉と弟  作者: 深江 碧
九章 誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない
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誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない7

 「フェリックス様、フェリックス様、大変です」

 メイドが顔色を変えて書斎に飛び込んできたのは、それから間もなくのことだった。

 執事と一緒に会社の書類に目を通していた三男は、驚いてメイドを振り返る。

「何かあったのかい? まさか彼の容体が?」

 血相を変えて飛び込んできたメイドは、居住まいを正し、首を横に振る。

「い、いえ、凍傷の件でしたら大丈夫です。幸いそれほどの重傷ではなく、出来る限りことはいたしております。後はお医者様に診察していただけばと思うのですが。ただ」

「ただ?」

 メイドは口ごもる。

 三男は穏やかに言う。

「何を言っても、ぼくは怒らないよ。彼のことに関して、正直に話して欲しい」

 メイドはぎゅっと目をつぶっている。

「実は」

 意を決して口を開く。

 それからメイドの話したことは、すぐには信じられない内容だった。


 *


「珍しいね。義兄さんが相手を取り逃がすなんて」

 新しく財閥総帥の地位に就いた四男は、執務室の椅子にゆったりと座っていた。

 かつては姉弟の父親も、四人兄弟の父親である叔父も、財閥総帥の椅子に座っていた。

「まだ取り逃がしたわけではない。国外に脱出したとの報告はない」

 長男は淡々と言う。

 執務室のガラスから地上の様子を見下している。

「へええ、そうなんだ」

 四男はにやにやと笑っている。

 執務室には四男と長男の他に人影はない。

 部下を含め他の者は、長男と四男を恐れているのだ。

 賢明な者はこうして用事を与えられなければ、極力彼らに近寄らなかった。

 四男は長男の後姿を見ながら首を傾げる。

「でもさあ、どうして義兄さんはあんな女一人にそこまでこだわる訳? 地位も権力も失った目の見えないあんな女、放っておけばいいのに」

 心底不思議そうに長男に尋ねる。

 長男は黙り込み、じっと窓の外を眺めている。

 外は昨日と同じ雪だった。ビルの下では道の雪を除雪している車が見える。

「万が一にも足元をすくわれる、ということがあるのでな」

 無論、長男は真実を四男に話すつもりはなかった。

 父親である叔父を脅して、さっさと財閥総帥の地位に就いてしまう四男のことだ。

 心の底ではお互いを信用していない。

 姉の父親が財閥を根幹から揺るがしてしまうような機密情報をいずこかに隠したことなど、四男に教えてやる必要はない。

「へええ、義兄さんは慎重なんだね。流石義兄さん」

 四男は椅子に腰かけて、馬鹿にしたように笑っている。

 長男は振り返ろうともしない。

 四男はそんな長男の態度を気にした様子もなくしゃべり続ける。

「でも大丈夫だよ、義兄さん。ボクが財閥総帥に就任したからには、あんな女一人、簡単に捕まえて見せるから。義兄さんの手を煩わせる必要もない。安心してね、義兄さん」

 長男はそんな四男の話を聞いてもいなかった。

 じっと窓のガラスの外、向かいのビルの屋上を眺めている。

 そこには男が一人立っている。

「来たか」

 長男は声には出さずつぶやく。

 胸ポケットから携帯を取り出す。

 耳に当て、携帯に向かって話しかける。

「あぁ、私だ。そうだ。例の件で話したいことがある。今すぐ来れるか? あぁ、わかった」

 長男は何事もなかったかのように携帯を胸ポケットにしまう。

 それを見ていた四男が肩をすくめる。

「あらら、帰っちゃうの? 義兄さんも忙しい人だね。まあ、実際ボクも忙しいんだけどね。だって財閥総帥に就任したからさ。義兄さん以上に忙しいんだよ」

 嫌味のこもった口調に、長男は淡々と返す。

「用事が出来た。これで失礼する」

 さっときびすを返す。部屋から出て行く。

「じゃあね~、義兄さん」

 長男の背中に、四男がひらひらと手を振る。

 部屋から出た長男は廊下を歩いていく。

 廊下を歩いていた人々が長男の姿を見て、慌てて道を開け、頭を下げる。

 人々が礼を取る中、長男は颯爽と歩いていく。

(やはりあいつは総帥の地位に就くことは出来ても、あの空っぽの頭では、真の意味で財閥を支配することは出来ないな。財閥の機密情報も、経済の動きも何も知らないあいつには、財閥をまとめることはとても出来ない。あいつの今の地位はただのお飾りだ。せいぜい今のうちに楽しむがいいさ)

 長男は口元に微かに笑みを浮かべ、エレベーターに乗り込んだ。

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