誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない6
「よお、白犬。浮かない顔だな」
部屋に向かって廊下を歩いていると、ワタリガラスが声を掛けてくる。
先ほどの食事会では人払いをしていなかったが、ワタリガラスは別の場所で食事をとっていた。
四男との一件以来、ワタリガラスも一緒に叔父の屋敷に居候し、情報を集めている。
「あいつと何かあったのか?」
「ちょっとな」
ワタリガラスはへらへらと笑みを浮かべて弟の後をついてくる。
いつだって能天気な様子だった。
弟は溜息を吐く。
「お前はいつだって気楽そうでいいな。悩みがなくてうらやましいくらいだ」
ワタリガラスは頭の後ろで腕を組む。
「だってさ、悩んだって仕方がないだろう? 腹が膨れる訳でもないし、金が入ってくる訳でもない、女の子にもてる訳でもない」
「それはそうだけどな」
「だったら、悩む分の労力を、仕事に回した方が絶対いいって。仕事は命や金と直結する事柄だろ? 下手を打ったら、自分の命や、明日の食べる物にさえ事欠く目に合うってわかってるからな」
ワタリガラスは弟の顔を不思議そうに覗き込んでくる。
「どうした、白犬。悩み事か?」
「ちょっとな」
弟は短く答える。
ワタリガラスは真剣な表情の弟の横顔を眺めている。
「わかった。お前叔父さんに、本当の家族になろう、って提案されたんだな?」
「なっ!」
弟は驚いた顔で硬直する。
思わずワタリガラスの口を手で押える。
廊下を見回す。
運の良いことに廊下には人影は見当たらない。
弟はほっと胸をなで下ろす。
「その話は、部屋に着いてから話す」
弟はワタリガラスに小声で言って、早足で廊下を歩いて行った。
部屋に着いた二人は、辺りを油断なく見回す。
「部屋の荷物は減っていない」
「荷物の位置も元通りだ」
「留守中、部屋には誰も入らなかったようだな」
部屋の鍵を掛けて、弟は椅子に座り、ワタリガラスは暖炉のそばのソファに横たわる。
「それで、さっきの話だけれど」
弟はリラックスしているワタリガラスに声を掛ける。
ワタリガラスはソファの上で寝返りを打つ。
「ん? あぁ、お前が白豹と叔父さんとの間に出来た子どもかもしれない、って話のことか?」
弟は口をぽかんと開ける。
ワタリガラスはソファの上のクッションを枕にして答える。
「どうして知ってるのかって、顔してるな? 俺の情報網を舐めるな、と言いたいとこだが、これはお前の母さんの元相棒、赤猫さんから聞いたんだ。叔父さんがお前に執着している理由がそれだって」
弟は今度こそ開いた口が塞がらない。
ワタリガラスは怪訝な顔をする。
「すぐには信じられないって? それはそうかもな。ずっと父親がいなくて育ったのに、いきなり父親らしい男が名乗り出て来たんじゃ、驚いて当然だろ」
ワタリガラスはソファから起き上がる。
じっと弟の顔を見る。
「でも考えても見ろよ。こんな裕福な屋敷を持つ財産家がお前の父親なら、この先仕事をしなくても、一生食うのに困らないぞ? 遊んで楽しく暮らせると思えば、損はないと思うけどな」
ワタリガラスは不思議そうに首を傾げる。
「何を迷ってるんだ、白犬。あいつはお前に家族になって欲しい、と申し出ているんだろ? だったらなればいいじゃないか。それで一生困らない金が手に入るんだぞ? 今までのことは水に流してさ。まあ、お前の養父母のことは可哀想だとは思うけどさ。あいつと家族になれば、お前の憧れだった美人の姉ちゃんとも、身分上釣り合いは取れるし、良い仲になれるかもしれないチャンスなんだぞ?」
弟はびくりと肩を震わせる。
「姉さんと?」
弟は難しい顔で考え込む。
ワタリガラスは肩をすくめる。
「まあ、俺だった二つ返事で快諾するけどな。今更俺が口出しすることでもないけどな。お前もこの先のことをよおく考えて、返事をするんだな」
ワタリガラスは再びソファの上に横になる。
しばらくしていびきが聞こえてくる。
一方の弟は暖炉の炎をじっと眺めている。
「僕は、本当にあいつの息子なのか? そんな都合の良いことなんてある訳ない。それとも何か裏があるのか?」
ぱちぱちと燃え盛る炎に照らされた弟の横顔は、あくまでも厳しいままだった。