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姉と弟  作者: 深江 碧
九章 誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない
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誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない3

 叔父の四番目の息子のグレゴリーが財閥の次期総帥になると発表されて、親族会議は荒れるに荒れた。

 姉の父親が事故で亡くなった時に、叔父が周囲の反対を押し切って総帥に就任した時も荒れたが、今回の件ではそれ以上だった。

 親戚や遠縁の者たちが、四男の財閥総帥の着任に真っ向から異を唱えた。

 特に財閥の次期総帥を長男だと信じて疑わなかった者たちは、次こそは自分が権力を握れると期待していただけに、反対も大きかった。

 親族会議は非難の言葉から始まり、罵詈雑言にまで発展した。

 それを自分の席から眺めていた四男は、動じた様子もなく言い放つ。

「ボクが財閥総帥になることの、どこが反対なのさ。もしかして、権力を自分の自由にできなくなるから、気に入らないだけじゃないの?」

 せせら笑う四男の態度が、会議に出席した人々の怒りに油を注いだ。

「私たちは、断固として反対する!」

「いくらユスポフ家の血を濃く受け継いでいるグレゴリー様といえども、我々はグレゴリー様を次期財閥総帥とは認めませんぞ!」

 怒りをぶつける親族たちに、当の四男は余裕の笑みを浮かべている。

 何を言われても平気な様子だった。

 その間、次男は一言も発せず、黙り込んでいた。

 次男はたとえここで自分が何を発言したとしても、親族の怒号にかき消されてしまうことはわかっていたし、こちらはこちらで別の思惑があった。

 一番次期総帥の地位に近いと言われた長男は、今回の親族会議には欠席し、長男の席は空席になっていた。

 三男も用事があると言って、緊急の親族会議を休んでいた。

 親族会議で四男を次期総帥に推すかどうかの多数決が取られたが、親族の大多数が賛成の手を挙げなかった。

 しかしそこでたとえ賛成の手を挙げなくても、以前の叔父が財閥総帥に着任した前例にあるように、叔父が現総帥の地位から退く以上は、四男が次の財閥総帥の任に就くことはわかっていた。

 それでも反対せずにはいられない一部の親族は、足音荒く会議場から退室して行った。

「へえへえ、相変わらず威勢がいいことで」

 次男は軽口を叩いて彼らを見送ったが、深緑色の瞳は笑っていなかった。

「さて、っと。これで会議がお開きなら、おれも仕事に戻ろうかな」

 そそくさと立ち上がり、次男は部屋を出て行く。

 部屋の外で待っていた部下が、次男の後ろをついてくる。

「若」

 部下の声に次男は振り返らずに答える。

「イーゴリか。それで彼女の行方はわかったのかい?」

「それが、まだ」

 部下の男は言いにくそうに答える。

 次男は悲しげに笑う。

「うん、きっとオリガはどこかで生きているよ。あんな良い子は神様だって見放すはずはない」

 しかしどんなに善人であっても、この国では救いの手など差し伸べられないことは、次男もよく理解している。

 次男に出来ることは、一縷の望みを掛けて姉の行方を探すこと。

 今はそれしか出来なかった。

「引き続き彼女の捜索を続けてくれ」

「承知いたしました」

 部下の男はそう答えると、深々と頭を下がる。

 不意に前方から歩いて来る人影に気付き、部下は声を落とす。

「若、セルゲイ様が」

 次男は長男の名前を聞いて、表情を凍りつかせる。

「失礼いたします」

 部下は向こうから歩いて来る相手を見て、次男と共に手近な扉を開けて部屋に飛び込む。

 すぐに扉を閉めて、その隙間から部下が息をひそめて様子をうかがう。

「兄貴が来たのか?」

 次男は緊張した声で部下に尋ねる。

「おそらくは」

 部下は淡々と応じる。

 次男の身の安全を何よりも優先している部下である。

 万一、長男と出くわしたために次男の身が危険にさらされる可能性もゼロではない。

 廊下の向こうから歩いて来るのは、今日の親族会議を欠席した長男だった。

 一部の乱れもない黒いスーツを着て、颯爽と歩いていく姿は一枚の絵のように様になっている。

「相変わらず、様になってるな」

 扉の隙間から廊下を覗く次男は、悔しげに言う。

 長男が密かに男女問わず人気があることを次男は知っていた。

 生来持っているカリスマ性が、人気の秘密だった。

「会議を欠席したあいつが、どうして今頃やって来るんだ?」

 次男は誰にともなくつぶやく。

「何か思惑があってのことでしょうか?」

 今回の会議は、次期総帥とうたわれる長男が出席していれば、こんなにも荒れなかったのかもしれない。

 長男がいないせいで議論にならなかったのは、親族の中で、ひいては財閥の中での、彼の影響力を物語っている。

 次男は長男が苦手だった。

幼い頃、長男に殺されかけた経験があるためか、面と向かって二人きりで言葉を交わしたくなかった。

 ただでさえ、姉の身柄の確保を巡って兄弟喧嘩真っ最中なのだ。

何もなくても次男は長男と好き好んで会いたいとは思わない。

 出来れば避けて通りたい相手だった。

「どうする? このまま見なかったことにしてもいいんだが」

「そうできればいいのですが」

 幸いなことに、長男は次男や部下の存在に気付いていないようだった。

 このままこそこそと逃げ出すのは癪だが、声を掛けたところでどうせまともな兄弟の会話など期待できない。

「けれど、あいつがオリガの行方をつかんでいる可能性は否定できないしなあ」

 次男は扉の隙間から外を眺め、うんうんと唸っている。

「申し訳ありません」

 部下の心からすまなさそうな声が耳に痛い。

「いや、別にお前たちを責めている訳じゃないんだ。ただ、おれの読みが甘かっただけさ」

 長男は何故か妙に姉の生死にこだわっている節がある。

その理由が何か次男は知らないが、目の見えない姉一人生かしておいたところで、今頃自分の財閥内での基盤は揺るがないだろう。

次男は腕組みをして考える。

 どうしてそれほど姉の命を狙うのか。

 その理由さえわかれば、次男の方も打つ手があるのかもしれない。

「イーゴリ」

 次男は部下の名前を呼ぶ。

「兄貴の周辺と出入りしている人間を調べてくれないか? くれぐれも注意して、兄貴に見つからないようにな」

 中年の部下はうなずく。

「承知いたしました」

「頼む」

 次男は表情を緩め、かすかに微笑んだ。

 部屋の中の別の扉から外に出て、別れた。

 次男は待っていた車に乗り込み、自分の屋敷に向かい、部下はある人物と接触するために街に出た。

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