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姉と弟  作者: 深江 碧
九章 誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない
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誰かに頼ることなしに、人は一人では生きていけない2

 三男のフェリックスは車椅子なしに生活することが出来なかった。

 生まれつき歩くことの出来ない彼は、自分で車椅子を動かすか、誰かに押してもらわないとどこにも行くことが出来ない。

「今日は天気も良いことですし、温室で日光浴などいかがでしょうか」

「うん、良いね」

 その日も執事に車椅子を押してもらい、お気に入りの温室で十時のお茶をしていた。

 温室の中では冬でも緑の木々が生い茂り、色とりどりの花があちこちに咲いている。

 今が雪の降りしきる真冬にも関わらず、ガラスで作られた温室の中では、年中春の気候だった。

 水晶宮を模した広い温室の中には鳥や動物が放してある。

 鳥たちが楽しげに鳴き交わし、動物たちが木の実を食べている様子を眺めることは、三男の心を辛い現実から引き離した。

 自分が歩けないことも、不自由な生活も忘れ、平穏さを彼の心に与えた。

 高い木の生えるちょっとした広場に、白い丸テーブルの上にお茶や菓子を並べ、執事と一緒に温室でのひと時を楽しむのが、彼の日課だった。

「フェリックス様、お茶をもう一杯いかがでしょうか?」

「いただくよ」

 今日のお菓子は木の実を混ぜ込んだ小さなパンだった。

 バターやジャムをつけてパンを食べる三男を、執事は熱いお茶をカップに注ぎながら、穏やかな表情で眺めている。

 この温室に住むリスが二匹、餌をくれと言わんばかりに三男に走り寄ってくる。

 リスは地面に二本の足で立ち上がり、甲高い声で餌をねだる。

「パンが欲しいのかい?」

 三男は優しげな声で尋ねる。

 木の実の入ったパンを小さくちぎって、手の平に乗せる。

「食べるかい?」

 リスの一匹が車椅子をするすると登って行き、手の平の上のパンをつかむ。

 両方の手を使って、器用に口に運ぶ。

 パンの欠片を口にくわえて、地面にいるもう一匹のリスの方へと駆け下りる。

 お互いに鳴き交わし、木々の間へと戻っていく。

「ふふっ、仲良く食べるんだよ」

 三男は穏やかに笑っている。

 執事はお茶のポットをテーブルの上に置き、ソーサーを持って三男にお茶を勧める。

「フェリックス様、本日はずいぶんとお体の調子が良いようですね」

「うん」

 三男は目を細める。

 執事の注いでくれたお茶に口を付ける。

「冬の厳しい寒さもようやく和らぎ始めました。これで少しは体調も安定して、フェリックス様も外に出られるようになりますね」

「……うん」

 先ほどまで明るかった三男の表情が急に曇る。

 執事はその表情の曇りは、自分の一言が招いてしまったことだと直感した。

 三男は生まれつき体が弱いせいか、ついつい自分のことを卑下してしまう性格にある。

 それを謙虚さと取るか、悪い癖だと取るかは人それぞれだ。

「フェリックス様」

 執事が掛ける言葉に迷っていると、使用人たちが息せき切って温室に駆け込んできた。

「フェリックス様、大変です!」

「屋敷の敷地内を流れる河に、行き倒れの少年が発見されまして」

 三男の表情が驚きに変わる。

「行き倒れの少年?」

 使用人たちは慌てた様子で、屋敷の玄関の方角を指さす。

「あのまま雪の中に放っといたら凍死しちまう。とりあえず、玄関まで運んでおきました」

 三男はじっと使用人たちを眺めている。

「わかった」

 三男は小さくうなずき、車椅子を動かす。

 執事を振り返り、声を掛ける。

「近くの医者を呼んでくれないか? 外に長い間いたのならば、凍傷をしているかもしれない。医者の治療が必要だ」

「かしこまりました」

 執事は一礼する。

「こちらです」

 使用人が三男の車椅子を押し、屋敷の玄関に向かった。

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