長男と次男の、はた迷惑な兄弟喧嘩10
突然の爆弾の爆発に、市場は騒然としていた。
爆弾を持ってきた女の子は泣きじゃくり、屋台を広げていた人々は我先にと逃げ出していた。
それは屋台で買い物をしていた人々も同じで、訳がわからないながらも、一刻も早く広場から逃げようと路地へと殺到していた。
「通してくれ、通してくれ」
「怖いよ~」
「助けてくれ!」
様々な悲鳴があちこちから聞こえてくる。
そんな中、広場の噴水の近くにいる弟は、辺りを油断なく見回している。
爆弾を子どもが手渡されたと言うことは、それを渡した男も近くに潜んでいるはずだった。
弟のすぐそばではワタリガラスが泣きじゃくる女の子をあやしている。
「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だよ?」
本当にもう大丈夫なのか、安全が確保されたのか、それはそばにいる弟にもわからなかった。
広場は高い建物に囲まれた一角で、敵を潜ませるにはうってつけの地形だ。
こういった地形の場合、建物の屋上から狙撃されれば、弟でさえ非常に不利な状況になる。
それに敵が市民を巻き込む気で爆弾を爆発させた以上、敵には血も涙もないことになる。
手段を選んでこない相手に、市民を守りながらの応戦はいくら弟でも無理だった。
「そ、そんな。私がここに来ることは、誰にも知らせていないはずなのに」
叔父が蒼白の顔で立ち尽くしている。
「お母さ~ん」
女の子が母親を見つけ、走っていく。
ワタリガラスが女の子と母親に手を振る。
二人はすぐさま人ごみに紛れてしまう。
「やれやれ」
立ち上がって大きく伸びをするワタリガラスに、弟は尋ねる。
「敵の心当たりはないのか? ここには誰が来ている?」
ワタリガラスは振り返らずに答える。
まだ女の子と母親の消えた人ごみを眺めている。
「財閥の息子たち、次男と三男は白だな。長男か四男か、そのどちらかの手の者だと思う」
「長男と四男はどう違うんだ?」
「長男はお前の姉ちゃんの命を狙ってる。財閥のトップの座が欲しいんだ。緻密に計画を立てて、証拠も残さず確実に葬るやり方だ。四男は長男に協力はしているが、先が読めないから逆に怖い。面白半分で引っ掻き回す撹乱型だな。どちらを相手にするにしても今の状況では厄介だ。この場所でやり合うには、周囲の被害が大きすぎる」
「では、降参するのか? 白旗を上げて降参すれば、許してくれる相手なのか?」
「まさか。長男ならまだしも、四男は許してくれないよ? あいつは面白半分で人を殺すタイプだ。情報屋の俺も大体のことには慣れてるが、あいつは胸糞が悪くなるような残忍な殺し方で何の罪もない一般市民を殺してやがる。あんな奴に権力を与えるなんて、世の中間違ってる」
感情を押し殺したようなワタリガラスの声に、弟は目を伏せる。
「そうだな。世の中みんな間違っているよ。僕も、そしてお前も、もっとまっとうに太陽の下を歩けるといいのにな」
ワタリガラスは広場を取り囲む建物の屋根を指さす。
「ほら噂をすれば、やっこさんのお出ましさ」
弟がつられて屋根の上を見ると、何十人という黒服の男たちがこちらを見下している。
皆手に武器を持っている。
「ひいい!」
背後にいる叔父が顔面蒼白になりながら、情けない悲鳴を上げる。
弟は険しい顔で屋根の上の男たちを眺めている。
「見逃してくれるか、いっちょ交渉してみるか。まあ所詮、無理かもしれないけどな」
ワタリガラスは肩をすくめ、こつこつと靴音を響かせ石畳を歩いて行った。