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姉と弟  作者: 深江 碧
八章 長男と次男の、はた迷惑な兄弟喧嘩
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長男と次男の、はた迷惑な兄弟喧嘩9

「ほら当たっただろう。おれって女性の前では当たるんだよね」

「はいはい、そうですね。流石ですね、若」

 助手席の部下は返事をする傍ら、次弾を装てんしている。

 とりあえず追ってくる車は止めたものの、まだ周囲を警戒しているようだった。

「よっと」

 次男が天井の窓から降りてくる。

 拳銃の安全装置をつけ、懐へとしまう。

 顔を上げた姉に笑いかける。

「怖かったかい? すまないね、うちの部下は無骨な奴が多くて」

「い、いえ」

 姉は首を横に振る。

 まだ何が起きているのかわからない状態だった。

 目の見えない姉には、これで追手から逃げられたのかどうかもわからない。

 そこへすかさず助手席から突っ込みが入る。

「若、そもそもこの人選は、若が決めたのですからね? 我々が無骨だと言うのなら、どうぞ軟弱で見目麗しい者たちを集めて下さい。ただしこの車が蜂の巣になったとしても、それは我々のせいではありませんから」

 次男は後部座席に座る。

 ゆったりと足を組み、肩をすくめる。

「冗談だって、冗談。いやあ、おれは優秀な部下に囲まれてつくづく恵まれていると思ってるよ。彼女を守れたのだって、君たちがいたおかげさ。本当に感謝しているよ?」

 姉もようやく気分が落ち着いてきて、ようやく声が出るようになった。

「あ、あの、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。こんなわたしのために皆さんにお力を貸していただいて、感謝の言葉もありません。命を助けていただき、とても感謝しています」

 姉は車の運転席と助手席に向かって頭を下げる。

「いえ、我々は大したことはしておりませんよ」

「ほら、若。若もオリガ嬢の謙虚な姿勢を見習ったらどうですか? 我々の給料を上げるとか、もう少し誠意を見せて下さい」

 部下たちから上がる声に、次男は涼しい顔で受け流す。

「皆にはいつも感謝しているよ? それを態度で示すかどうかは、また別問題だけどね」

 次男は天使のような微笑みを浮かべる。

 部下たち二人はこれ以上言っても無駄だと考え、口を閉ざす。

「あ、あの、それで」

 姉はそろそろと座席の隅へ座る。

「何?」

 すかさず次男は姉のそばに寄り、その顔を至近距離から覗き込む。

「あ、あの、えっと」

 姉はじりじりと後ろに下がったが、すぐに背中が扉に当たってしまう。

 観念して次男に向き直る。

「わ、わたしはこの後どうなるのですか? 弟との最初の話では、隣国にいる伯母のところに向かうつもりだったのですが」

 次男はこともなげに言う。

「うん、それは恐らく無理だろうね。隣国へ行くには、国境の検問所を通らなくてはならない。兄貴は用心深い性格だから、その検問所にも兄貴の息のかかった奴が待機しているだろうね」

「そ、そんな、では、わたしはどこへ逃げればいいのですか? わたしを追ってくる人たちの手の届かないところへ逃げるには、どうすればいいのでしょうか」

 姉はうなだれる。

 隣国の伯母のところへ逃げれば、とりあえずの身の安全は保障されると考えていたために、姉にはショックだった。

 姉の肩に次男の手が置かれる。

「これ以上、君が逃げる必要はないよ」

「え?」

 次男の深緑の瞳が姉の顔を真っ直ぐに見下ろしている。

「これ以上、君が逃げる必要はないんだ。要は、君が生きて無事なことを内外に示せばいい。そうすれば、兄貴を牽制することが出来る。兄貴が持っている財閥の権力を、いくらかそぎ落とすことが出来る。それには君がおれに協力してくれることが必要なのだけれど」

 そこまで言って、次男は姉の手に自分の手を重ねる。

 飛び切りの笑顔を姉に向ける。

「もちろん、協力してくれるよね?」

 姉はすぐには返事をしなかった。

 その言葉の本当の意図を、注意深く探る。

 次男の深緑の瞳の奥に宿った、真の思惑に考えを巡らす。

「その話、もう少し詳しく話してもらえませんでしょうか?」

 こういった場の駆け引きがあまり得意ではない姉でも、次男が何らかの思惑を胸の奥に秘めていることには察しがついた。

 ここで迂闊に答えてしまっては、自分の見どころか、弟も危ない目に合わせてしまうかもしれない。

 姉は見えない目で真っ直ぐに次男を見つめていた。

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