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姉と弟  作者: 深江 碧
番外編 夜会にて
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夜会にて5

 今日も友人たちに一緒に練習しようと誘われていたのだが、夜会があるため断っていた。

 姉は溜息を吐く。

 ――行きたかったな、練習。今夜は大聖堂を借り切っての練習だったから、とても楽しみにしていたのに。

 浮かない顔が鏡に映っている。

 ――でも、わたしが夜会に出ないと、父さんと母さんも困るだろうから、仕方がないのだけれど。

 姉は肩を落とす。

 色々と思い悩むことはあるが、今は財閥の令嬢としての役割をこなさなければならない。

 それは彼女にだってわかっている。

姉は気持ちを切り替え、化粧室を出る。

廊下を歩いていく。

 人々の集まる広間へと、飲み物を取りに向かった。




 広間には大勢の客が集まっている。

 豪華なシャンデリアの下、きらびやかな衣装をまとった人々が踊っている。

 姉は広間を見回す。

 飲み物の置いてあるテーブルを探す。

 広間の角にあるテーブルの前に、給仕の男性が立っているのを見つける。

 姉は破顔してそちらへと足を向ける。

 人々の間を縫って歩いていく。

「すみません」

 給仕の男性に飲み物をもらおうと声をかけた時、すぐ後ろから声をかけられる。

「少しよろしいかしら?」

 振り返ると、そこには数人の着飾った若い女性が立っている。

 姉は気付かなかったが、姉に声を掛ける前に次男と話していた女性たちだった。

「何かご用でしょうか?」

 姉は女性たちをじっと眺める。

 女性たちはまるで品定めするように姉を見つめている。

 その中央にいる女性がふふっと声を立てて笑う。

「――様も、どうしてあなたのような女性に声を掛けるのかしら? 財閥の令嬢とは言うものの、ドレスもそんなに高いものではないようですし、小物だって地味だわ」

 背後にいた女性たちがくすくすと笑う。

 そう言われて、姉は唖然とする。

 少し考えて、あぁ、これは彼女たちの自分に対する嫉妬なのだな、と合点がいく。

 こういった場にたびたび出ていれば、財閥の令嬢と言うだけで、近付いてくる者は多い。

 その中には、悪意を持って近付いてくる者もいる。

 彼女たちのような者に、嫉妬を向けられることも多々ある。

 恋心にはとんと鈍感な姉だったが、こういったことには敏感だった。

「申し訳ありません、人を待たせておりますので」

 こういったことには関わり合いにならないのが一番だと考え、姉は彼女たちに背を向け、給仕の持っている飲み物を選ぶことに没頭する。

 女性たちの笑い声は続いている。

「まあ、失礼ですこと。――様が話しているのを遮るなんて」

「仕方ありませんわ。――嬢は、礼儀を知らないご様子ですから」

 冷たい笑い声が響いてくる。

 姉はじっと我慢し、それを聞き流している。

 ――お腹を殴られたのだから、水や湯の方がいいのかしら? ハーブティーのようなものがあればいいのだけれど。

 給仕の持っている飲み物を選んでいた姉は、女性たちの声を極力聞かないようにする。

「あなたは、人を待たせていると言ったのだけれど、その方は、もしや――様ではございませんか? ――様もあなたと関わって、迷惑をしているでしょうに」

 次男の名前を出され、姉は肩を震わせる。

 驚いて振り返る。

 女性の誇らしげな笑みが目に飛び込んでくる。

「あなたと関わったがために、怪我をされたのでしょう? あなたの弟君も、あなたと同じで礼儀を知らないでしょうからね」

 姉はむっとして女性をにらみつける。

「わたしのことを礼儀知らずだと言うのは結構ですが、弟のことを礼儀知らずだと侮辱されるのは耐えられません。この場にいない弟の悪口を言うあなたこそ、失礼だとは思わないのですか?」

 姉の青い瞳に、怒りが燃える。

 かつて母は、社交界の陰口に耐え切れず、体調を崩してしまった。

 そんな母をずっと見て育ったせいか、姉は人の陰口は決して許せなかった。

 女性たちを睨みつける。

 本気になった姉を見て、女性たちは人を小馬鹿にするように笑っている。

「まあ、失礼いたしましたわ。わたくし、てっきり弟君もあなたと同じで、礼儀知らずだと勘違いしていましたわ。だって、――様を殴り倒すほどだもの。元々弟君は貧しい家の出身だとか」

「だからって、弟を礼儀知らずだと決めつけないで下さい! 元が貧しい家の出だろうと、何だろうと、今はわたしの弟です。あなたたちがこれ以上弟のことを侮辱するようでしたら、わたしも姉として黙っていません!」

 姉が本気で怒っていることに気付き、女性たちの顔から冷笑が消える。

 ひそひそとささやき合う。

「――様は、どうしてこんな失礼な方に声を掛けるのかしら」

「本当に。礼儀知らずも甚だしいわ」

「冗談が通じないのね」

 姉はそのささやきを耳にし、ますます頭に血が上る。

「文句なら、――様本人に言って下さい。わたしは礼儀知らずですからね。いつ、あなた方の高いドレスに水をかけてしまうか、わかりません」

 飲み物を選んだ姉は、水差しとコップを盆に乗せ、女性たちに背を向ける。

 顔を紅潮させ、頬を膨らませて、鼻息荒く歩いていく。

 女性たちはそれ以上、姉を追ってくることはなかった。

 人々の間を掻き分け、姉はひそかに涙目になる。

 ――何よ。わたしが何をしたって言うの? 礼儀知らずはあなたたちの方でしょ?

 姉は早足で弟と次男の待つ部屋へと向かった。




「もうっ! 弟、聞いてよ!」

 部屋に着くなり、姉は開口一番そう叫びたかったが、次男がベッドに横たわっているのを見て、慌てて言葉を引っ込める。

「お加減は大丈夫ですか?」

 笑顔を取り繕い、水差しとコップを乗せた盆を、近くのテーブルに置く。

 ベッドのそばの椅子に座り、水差しでコップに水を注ぐ。

「水は飲めますか? 少し何か飲んだ方が、気分も落ち着くと思いますが」

 水の入ったコップを次男に差し出す。

 次男は笑顔で応じる。

「でしたら、あなたの口移しで」

 言いかけて、壁際に立っていた弟に物凄い形相でにらまれる。

「い、いえ、何でもありません。ありがとうございます」

 大人しくコップを受け取る。

 上体を起き上がらせる。

「あの、まだ寝ていなくて大丈夫ですか?」

 姉が次男の体を支える。

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