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姉と弟  作者: 深江 碧
番外編 夜会にて
60/228

夜会にて3

 弟はふくれっ面でそっぽを向く。

「何で僕があんたに教えなきゃならないんだよ。姉さんに自分で聞けばいいだろう?」

「君は、可愛くない奴だな」

「あんたに可愛いと思われなくて結構だよ。気持ち悪い」

「何だと? 折角お前が落ち込んだと思って、こうしておれが慰めてやってるのに」

「誰も頼んでもないし、慰めて欲しいとも思ってもない。あんたが勝手に誤解してるだけじゃないか」

 ――本当に、可愛くない奴だな。

 次男としては、珍しく青筋が立ったが、そこは大人の礼儀として怒りを収める。

 こめかみを押さえつつ、弟の首を絞める。

「そうか。お前がそのつもりなら、お前の正体を彼女にばらしてもいいんだな? おれは君の正体を洗いざらいしゃべっても、まったく困りはしないんだぞ」

 ぐいぐいと腕で首を絞められていた弟の表情が一変する。

 次男の腕からするりと逃れる。

 距離を取って次男と向き合う。

「もし姉さんにそのことを話しみろ。その首と胴が永遠に離れることになるぞ」

 冷たく言い放つ。

 しかし腹を立てている次男も売り言葉に買い言葉だった。

「やれるもんなら、やってみろ。こんな人の大勢いる場所でできるものならばな。ここで騒動を起こせば、最終的に自分が困ることになるんだぞ?」

 鼻息荒く言い放つ。

 庭に面した扉の前で対峙する二人は、お互い一歩も引かなかった。




 すぐそばから、男性の怒鳴り合う声が聞こえる。

「何の声かしら?」

 父に頼まれて弟を探していた姉は驚いて振り返る。

 庭に面した窓際の通路を歩いていく。

 歩くにつれて、ますます怒鳴り声は大きくなる。

 怒鳴り声の聞こえる先には、着飾った人々が集まっている。

 どうやら何者かの喧嘩を遠巻きに眺めているようだった。

 姉は集まってきた人々の中央に弟の姿を見つけ、顔色を変える。

「ちょ、ちょっと、あなた、何をやっているの?」

 慌てて集まっている人々の輪に入り込む。

「す、すみません。すみません、通してください」

 人々の間を掻き分け、輪の中心にいる弟の元へと向かう。

 大声で怒鳴る。

「や、やめなさい! ――、あなた、何をしているの?」

 弟は姉の声に驚いて振り返る。

 その前には次男が腹を押さえて倒れている。

 姉は悲鳴を上げて、次男へと駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか? しっかりして下さい」

 殴られて伸びている次男を助け起こす。

 次男は苦しげに呻いて、うっすらと目を開ける。

「あぁ、おれの前に美しい天使が現れるなんて。おれはこのまま天国に連れて行かれるのですね」

 姉の腕の中で、次男は弱々しい声を上げる。

 再び目を閉じる。

 姉は次男を抱き起したまま、弟を振り返る。

「――、あなたこの人に何をしたの?」

 弟は戸惑った表情で応える。

「え? えぇ? い、いや、一発腹を殴っただけで、そいつがそのまま床に倒れて」

 目の前で起こったことが信じられないかのようなに、弟は次男を見つめている。

 姉は眉をひそめ、弟を見る。

 弟は心外とばかりに首を横に振る。

「内臓が破裂するほど強くは殴ってない! ちゃんと手加減して殴ったよ!」

 弟の必死の弁明に、姉は溜息を吐く。

 ――あなたは、手加減しないと、殴った相手の内臓を破裂させてしまうのね?

 それは姉の胸の内だけにそっとしまっておくことにする。

 次男は忘れていたようだが、弟は組織で特別な訓練をした子どもだった。

 総帥一家を護衛するために送り込まれただけあって、体術や武術、拳銃の扱い方に特に秀でていた。

 そのため弟にとって手加減して殴った一発でも、急所を正確に突いてくる弟の拳は、常人にはとても耐えられるものではなかった。

 現に次男はその場からとても動けそうにない。

「とにかく、お医者様に早く見せないと」

 確か以前に会った時にも、医者を呼んだような記憶がある。

 次男と会うと、どうしていつも彼女が医者を呼ぶ羽目になるのか、当の彼女にもわからなかった。




「気が付かれましたか?」

 こうして次男に付き添うのは二度目だった。

 医者の診断では、特に大した怪我ではないとのことだった。

姉は、次男から少し離れた場所で、彼を見下している。

 申し訳なさそうに、次男の顔を覗き込む。

 姉の隣には珍しく落ち込んだ様子の弟が立っている。

 次男はぼんやりと部屋の天井を見上げ、姉の顔に視線を戻す。

 姉の表情は次男に対して警戒半分、心配半分と言ったところだった。

 次男は倒れる前のことを思い出し、照れくさそうに頭をかく。

「あなたには、見苦しいところをお見せしました。つい弟君と喧嘩になってしまって、あんなことになってしまいました。いやあ、弟君はお強いですね。おれなんて足元にも及ばない」

 次男の言葉を聞いて、姉が代わって深く頭を下げる。

「申し訳ありません!」

 弟の顔がくしゃりと歪む。

 姉は弟に代わって謝罪の言葉を口にする。

「この子が仕出かしたことは、あなたにとって、許してもらえることではないかもしれません。けれど、この子も悪意があってあなたを殴ったわけではないのです。ただ、かっとなってしまって、それできっと手が出てしまったのです」

 姉は青い目を伏せる。

 悲しみに揺れる。

「あなたにはいくら謝っても、きっと許してもらえないのでしょうね。この子の責任は、姉であるわたしの責任でもあります。どうかここは、わたしに免じて許していただけないでしょうか? お詫びなら、わたしがいたします」

 次男はベッドに横たわり、じっと姉を見上げている。

 手を上げて、姉の方に差し出す。

「では、キスをしてもらえませんか。今度はあなたから、おれに。あの喧嘩はおれにも原因があります。あなたのキスで、今回の件はなかったことにしましょう」

 キスと聞いて、姉はぎくりとして固まる。

 それを見て、次男は声を立てて笑う。

「大丈夫ですよ。口にしてもらおうとは思いませんから。頬に軽くしてもらえれば、それで十分です」

 姉は眉をひそめる。

「頬で、いいのですか?」

 思わず問い返す。

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