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姉と弟  作者: 深江 碧
一章 姉視点
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姉視点5

「ね、いい考えでしょう?」

 彼女は弟に同意を求める。

 弟の顔があるだろうところをのぞきこむ。

「そうだね」

 弟は声を立てて笑っている。

 弟の笑い声を、彼女は久しぶりに聞いたような気がした。

 彼女もうれしくて、口元に笑みを浮かべる。

「よかった」

 優しく微笑む。

 こうして弟と笑い合っている間だけは、死の恐怖も、目が見えない不自由さも、自分の置かれた境遇も、何もかもが忘れられる気がした。

「姉さん」

 握りしめていた手が離れ、ベッドが揺れる。

 すぐそばから弟の声が聞こえる。

「姉さんは、強いな」

 弟の指が彼女の頬に触れる。

 素直にほめられ悪い気はしない。

彼女は顔を赤らめる。

「わたしなんて強くないわよ。あなたの方こそ」

 顔に何かが近づく気配がして、彼女は口を閉じる。

 ベッドが大きくたわむ。

 彼女の顔に影が落ち、すぐそばに弟の気配が感じられる。

 唇に柔らかい何かが当たり、数瞬の後に離れる。

 彼女は何が起こったのか理解できなかった。

 ――な、何?

 思わず言葉を失う。呆然とする。

 ――い、今、何されたの?

 彼女は口を手で覆う。

 何が起こったのかは理解できなかったが、弟に何かされたことは理解できた。

 彼女は顔を真っ赤にする。

 すぐそばにいるだろう弟に問いただす。

「ね、ねえ、い、今、何をしたの?」

 彼女は目が見えないのだから、仮に弟に髪を引っ張られたり、鼻をつままれたり、頬をつねられたりといった悪戯をされたとしてもよくわからない。

 ――き、キスじゃないよね?

 家族のあいさつで頬にキスすることはよくあるが、口にはしたことは一度もない。

 彼女は顔を赤くして戸惑う。

 ――もしかして、わたし、弟にからかわれてる?

彼女が目が見えないのをいいことに、弟に悪戯をされても、こちらはやり返すことはできない。

弟の居場所を手探りで探している間に、まんまと逃げられてしまう。

明らかにこちらの部が悪い。

「さあ、何のことかなぁ」

 案の定、弟はしらばっくれる。

 その声にはからかうような響きが含まれている。

 彼女は拳を振り上げる。

「もう、折角こっちがあんたを励ましてやろうと思ったのに。あんたなんて知らないんだから!」

 彼女は頬をふくらませて、そっぽを向く。

 弟は声を立てて笑っている。

「ごめんごめん。だって、姉さんがあまりに深刻そうだったから」

 彼女は声のした方をにらむ。

「これ以上変なことをしたら許さないわよ?」

「もうしないよ」

 弟は勘弁とばかりに訴える。

 彼女はまだ怒りが収まらないと言った様子で怒っている。

「もう二度としないで!」

「わかったよ」

 弟は諦めたようにうなずく。

 そう言われた一瞬、弟の顔に寂しそうな悲しそうな表情が浮かんだのを、目の見えない彼女は気が付かなかった。

 そもそも血の繋がらない弟の今までの好意にも気付いていなかった彼女が、目が見えていてもその表情の意味に気付いたかどうかはわからない。

 しかし目が見えていれば、少なくとも弟が彼女にキスしたことはわかったし、こんな状況でなければ、弟もまっとうに好意を打ち明けることができていたかもしれない。

 だがすべてはもしも、の出来事である。

 姉弟の運命は、この先坂道を転がる岩のごとく、大きく変化していってしまう。

 この先姉弟がどうなったのか。それはまた次回にでも。



 つづく 


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