バッドエンド2-7
朝食後の紅茶を飲んでいた席で四男の死を新聞で読んだ次男は、飲んでいた紅茶のカップを取り落すところだった。
「四男が死んだって? あの殺しても死ななさそうな四男が、ねえ」
次男は紅茶のカップを持ったまま、新聞の記事にざっと目を通す。
背後からは礼儀にうるさい老婆の、行儀が悪いと非難するような視線を感じる。
次男はすぐに新聞を放り出し、紅茶のカップに口をつける。
「なるほどね。犯人の素性や目的はわかっていない、か。これはもしかして、弟君の仕業かな?」
夜会で何度も顔を合わせた財閥の元総帥の子息のことを思い出す。
夜会の席で何度も姉に言い寄っている次男は、その度に邪魔してくる弟の素性を調べ上げていた。
弟が護衛として組織から派遣されてきていることは把握していた。
「弟君が動いたとなると、そうか。彼女は四男に殺されたのか」
次男は椅子の背もたれにもたれかかり、食堂の高い天井を見上げる。
その瞳に悲しみの影がよぎる。
――結局、彼女にはおれの気持ちを伝えられずじまいだったな。
姉には最後まで勘違いされていたようだったが、夜会で彼女と出会った時、階段から落ちて来た時、看病された時にキスしたのだって、彼は彼なりにいつだって本気だった。
ただ今まで多くの女性にそうしてきたために、彼女に勘違いされてしまっただけだ。
「弟君には負けるけど、おれも結構一途な方だと思うな」
天井に向かって誰にともなくぼやいてみる。
そばで聞いていた老婆が大きく同意する。
「そうですよ、坊ちゃまは今は亡き奥様と同じで、とても一途なお方です。ただ今までは、坊ちゃまのお眼鏡にかなうお一人の女性が見つからなかっただけです」
次男は視線を下し、老婆に笑いかける。
「そうだよね。おれ、一途だよね? 本当に彼女は見る目がないなあ。目の前にこんなにいい男がいるってのにね」
「そうですよ、坊ちゃま!」
老婆はテーブルに両手を置いて勢い込んでうなずく。
そこで首を傾げる。
「はて、坊ちゃま。それはもしや、ついに坊ちゃまのお眼鏡にかなうお一人の女性が現れたと言うことですか? それはおめでとうございます、坊ちゃま。ばあやの命あるうちに、坊ちゃまのお子さまのお姿を拝見するのが、ばあやの長年の夢でした」
老婆の問いかけに、次男は謎めいた笑みを浮かべる。
「さて、それはどうだろう?」
曖昧に答える。
紅茶の残りを飲み干し、席を立つ。
「そしてそのお方に、ばあや、と笑顔で呼びかけられたのでしたら、ばあやはどんなに幸せなことか。願わくば、ばあやが生きている間に坊ちゃまのお子様の姿を拝見したいものです」
一人で盛り上がる老婆を残して、次男は食堂から出る。
「わかったわかった、ばあや。その話はまた今度」
軽く応じて、廊下へと出る。
廊下を歩きながら、次男は考える。
四男がいなくなった今、長男が次に邪魔だと考えるのは、恐らく次男だろう。
表向き従順な三男を消そうとするのは考えにくい。
――彼女の次は、このおれか? 四男がいなくなった今、おれの命も危ういかもな。
無論次男とてただで長男に殺されてやる義理はない。
無駄なあがきとわかっていたとしても、最後まで抵抗するつもりだ。
そうやすやすと死んでやるつもりもない。
お飾りとしても父親、現総帥である叔父は最後まで残しておくのだろうが、次男と三男を排除したのちは、実の父親も消してしまうだろう。
財閥の次の総帥の座を狙う長男ならば、何のためらいもなく邪魔者を排除するだろう。
長男が人を人とも考えない合理主義者であることは、次男はよく知っていた。
だから、必要以上に近付かず、決して弱みを見せないようにこれまで暮らしてきた。
長男も、前の総帥が就任している間は、大人しくしていた。
だが、権力の均衡が崩れた今、財閥内部の権力争いは激化している。
次男もいつ事故に見せかけて長男に殺されるか、気が気ではない。
――やってやろうじゃないか。そっちがそのつもりなら、全力で返り討ちにするだけだ。
次男は滅多に見せない険しい顔で廊下を歩いていた。
それまでに築いてきた人脈、長男の政策に反対する幹部、次男の持てる権力や財力、そのすべてを使って、腹違いの兄に命を懸けた喧嘩を売ろうとしていた。