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姉と弟  作者: 深江 碧
バッドエンド2 弟一人で、約束の場所へ向かう
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バッドエンド2-6

 弟は持っていた銃を奪われ、男たちに銃を突きつけられ四男の前に引き出された。

「やあ、君は財閥の元総帥の養子だっけ? 君とは以前に夜会で会ったきりだよね? 久しぶり」

 車から降りた四男は悪びれた様子もなく弟の前に立っている。

 弟は奥歯を噛みしめ、四男を睨みつける。

「姉さんをいたぶり殺しておいて、よくそんなことが言っていられるな!」

 吐き捨てるようにつぶやく。

 四男は不思議そうに首を傾げる。

「姉さん? あぁ、あの人形にしたきれいなお姉さんのことか。そっか、あのお姉さんを連れ出したのは君か。あのお姉さん、死んじゃったんだ。かわいそうに」

 まったく自分と関係ない、と言う顔で、四男は答える。

 その態度が弟には気に入らなかったようだ。

「誰のせいだと思っている。全部お前のせいじゃないか! 姉さんだけじゃない。どれほどの人間がお前のせいで命を落としたか、僕が知らないとでも思っているのか?」

 男たちに後頭部に銃を突き付けられ、後ろ手を縛られたまま弟は叫ぶ。

 男たちが四男に指示を求める。

「どうしますか? こいつ、この場で殺しますか?」

 四男は肩をすくめる。

 くすくすと笑う。

「好きなだけ言わせてやればいいんじゃないかな? ぼくにとっては痛くもかゆくもないし。ぼくはただ、人形遊びが好きなだけで、義兄さんや父さんには何も迷惑を掛けていないよ? 強い者が弱い物をいたぶることの何がいけないんだい? 君たちが弱いのがいけないんじゃないか」

 四男は自分の行動に何一つ疑問を抱いてはいないようだった。

 弟の言動をいかにもおかしなことのように受け取っている。

「前にもいたんだよね。君みたいな変な誤解をした男が。何でも、将来を誓い合った婚約者が殺されたからって、ぼくを逆恨みしてね。怒鳴り込んできたことがあったんだ。もちろん説得して、最後は納得してもらうことが出来たんだけどね。君はあの時の男にそっくりだね。まるでぼくがすべて間違っているみたいな顔をしているんだもの。その目を見ていると、本当に腹が立つよ」

 四男の手には短い革の鞭が握られている。

 鞭を振るうと甲高い風切音が響く。

 四男は薄く笑う。

「ぼくは男を人形にする趣味はないんだけどね。君も、その時の男のように体でわかってもらうしかないみたいだね」

 弟の目の前で鞭を振るう。

 四男の男にした説得とは、地下室へ閉じ込めての拷問だと弟は察しがついた。

 気に入らない者は片っ端から地下室に放り込んで拷問する、それが四男のやり方だろう。

 弟が姉を助けに地下室に入った時、人々の怨嗟の声と数知れない死臭が鼻をついた。

 あの場所にどれほどの人々が閉じ込められているのか、弟でさえ把握していない。

 弟は四男にこれ以上何を言っても無駄だと判断した。

 袖の中に隠した起爆装置のスイッチを押す。

 四男は弟を前に無邪気に笑っている。

「何? まだぼくに何か言いたいことがあるみたいだね」

 四男は弟の前で鞭をちらつけせる。

 弟の脳裏に今までの様々な思い出がよぎったが、そのどれもが今は失われてしまった幸せな光景だった。

 彼の大切に思っていた人々は皆、遠くへ行ってしまった。

 もはや彼がこの世に思い残すことなど、ほとんどなかった。

 弟は四男を睨みつけ、吐き捨てるようにつぶやく。

「お前にこれ以上話すことなんかない。地獄に落ちろ、このクソ野郎」

 それが弟の最期の言葉となった。

 つぶやいた瞬間、弟の体に巻きつけた爆弾が爆発する。

 四男と周囲の男たちを巻き込み、炎と轟音が吹き荒れる。

 近くにあった車は吹っ飛び、道の両側にあるビルの窓ガラスが割れる。

 道を歩いていた人々は逃げ惑い、辺りは騒然となった。




 四男の母親は高貴な家柄の女性だった。

 自分の美しさと家柄を鼻にかけ、使用人たちに対して高圧的に接していた。

 使用人に少しでも手抜かりがあると厳しく叱りつけ、時に折檻した。

 四男は生まれた時からその様子を見て育った。

 自分よりも下の使用人たちは、上の者に仕えるために生まれてきた存在で、叱りつけられ、折檻されても当然の存在だと、四男は認識した。

 四男の母親は、夫である叔父との夫婦仲が冷え込むにしたがって、常軌を逸した折檻を使用人に対してするようになった。

 エスカレートする妻の行動に、夫である叔父も耐え切れず、ついには離婚を言い渡す。

 一人目の妻とは離婚し、二人目の妻が亡くなってから、政略結婚に近い形での三人目の妻との結婚だった。

 その三人目の妻とは上手くいかず、四男が物心つく前に別れた。

 多大な慰謝料と、四男を将来は叔父の息子として重要な役職に就けると言う話で離婚は成立した。

 成長するまでは母親が四男の面倒を見た。

 四男を溺愛する反面、使用人たちには手酷い罰を与えた。

 幼い四男はその光景を当たり前のように見て育った。

 使用人たちが母親に鞭打たれる様子を可哀想だとは思わなかった。

 鞭打たれることを仕出かした使用人たちに非があるのだと信じて疑わなかった。

 この世は強い者が支配する世界。

 弱い者は強い者に従い、彼らのために尽くす。

 強い者は弱い者を従わせ、彼らのすべてを奪う権利を持つ。

 四男は母親の常軌を逸した行動から、それを学び取った。

 そして彼はそのまま大人になった。




 その後、財閥の総帥の息子である四男が、何者かに殺害されたと長男の元に報告が入った。

 四男に近付いた犯人は、持っていた爆弾を爆破させ、四男とその護衛を巻き込んで死亡した。

 部下から報告を聞いた長男は、わずかに眉を上げて、そうか、とつぶやいただけだった。

 周囲の者は、兄弟の中でも仲の良かった四男が死んで、顔には出さないがとてもショックを受けているのだろう、とささやいたが、当の長男にとっては、四男の死はどうでもいい物事の一つだった。

 仕事から帰り、部屋で一人になった長男は、小さな溜息を吐く。

「だから、財閥の元総帥の娘を手元に置いておくのは反対したのだ。さっさと殺しておけばいいものを。下手に旧体制の者たちをのさばらせておいても、害があるだけだと言うのに」

 何事も無駄なことを省く主義である長男だが、四男の変わった嗜好についても把握していた。

 しかしあえてそれを強く咎めようとはしなかった。

 四男は拷問術に長けていたため、長男も邪魔だと判断した部下を、時々四男の元に送っていた。

 お互いに持ちつ持たれつの部分があった。

 長男はグラスに注いだ強めの酒を一息にあおる。

 窓から見える街の夜景にぼんやりと視線を注ぐ。

「まあ、これで兄弟の中で無駄な者が一人排除されたと思えば、悪くはない」

 長男はそうつぶやいて、わずかに目を細めた。

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