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姉と弟  作者: 深江 碧
バッドエンド2 弟一人で、約束の場所へ向かう
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バッドエンド2-5

 姉の体を信頼できる医者に見せた弟は、傷を負い、心の壊れた姉の看病をすることになった。

 その医者が言うには、体のあちこちにガタがきて、もはや手の施しようがなく、生きているのが不思議なくらいだと。

 たとえ正気を取り戻したとしても、彼女はそんなに長く生きられないだろう。

体と心に深く傷を負い過ぎたのだと、彼女を診察した医者は言っていた。

弟はそれでも姉が正気を取り戻す可能性があるのなら、少しでも長く生きられる望みがあるのなら、と医者に頼み込んだ。

姉を病院に入院させ、車椅子に乗せて毎日中庭を散歩させた。

「そろそろ春になって暖かくなって来たね、姉さん。ほら、クロッカスの花が咲いてるよ」

 弟が話しかけても、姉からの反応はない。

 姉は食事もとることができず、点滴を受けてかろうじて命を長らえている状態だった。

 長袖の先から見える手の平に、火傷の跡が見える。

 車椅子に揺られる反応のない姉を、それでも弟は面倒を見続けた。

 ある時、姉の外出許可を取り付けた弟は、昔家族で夏によく来た湖のほとりに連れて来た。

 まだ春も浅いせいか、湖に魚の姿は少なかった。

湖に入るにも水が冷たかった。

しかし、森は静まり返っており、そこから少し離れた丘の上にお花畑が出来ていた。

 色とりどりの花が春風に揺れている。

「ほら、きれいだよ、姉さん。この辺りの丘一帯が花の絨毯みたいだ」

 車椅子を押していた弟は、車椅子を止め、花畑にかがみこみ、白い花を一輪摘み取る。

 それを姉の黒髪に飾ってやる。

「よく似合うよ、姉さん」

 弟は満足そうに笑う。

 花畑にかがみこみ、姉の病室の花瓶に飾るために、特に匂いの良い花を集めはじめる。

 車椅子に座った姉の頬を、春の暖かい風が優しげになででていく。

 花の良い香りが彼女の鼻孔をくすぐる。

 姉の手がわずかに動き、ゆっくりと顔を上げる。

 唇が微かに動き、声が漏れる。

「――、そこにいるの?」

 彼女は弟の名を呼ぶ。

 夢中で花を摘んでいた弟は、驚いて振り返る。

 振り向くとそこには、車椅子に座った姉が優しげに微笑んでいる。

「姉さん」

 弟は車椅子に駆け寄り、両手で姉を抱きしめる。

「姉さん、良かった。正気を取り戻したんだね?」

 弟の両目から涙がこぼれ、頬を伝う。

 姉は不思議そうに辺りを見回す。

「ねえ、――。ここはどこかしら? とても良い花の香りがするのだけれど」

 弟は涙をぬぐいつつ、姉から離れる。

「ここは、昔父さんと母さんと、家族みんなでよく夏に来た湖のほとりの丘だよ。夏には少し早いけれど、姉さんを連れて来たかったんだ」

「そうなの。あなたは優しい子ね」

 姉は柔らかに微笑む。

 弟は照れくさそうに頭をかく。

「そうだ、姉さん、これ」

 弟はたった今まで摘んでいた花束を手渡す。

「匂いの良い花を集めたんだ。目の見えない姉さんでも楽しめるように」

 姉は弟に渡された花束を大切そうに受け取る。

 花束に顔を近付ける。

「いい香りね。ありがとう、――」

 弟は姉の輝くような笑顔に胸の奥が温かくなる。

「もっと取ってくるよ、姉さん。姉さんが両手に抱えられないくらい」

 弟はそう言って、きびすを返す。

 すぐそばの花畑にしゃがみ込み、花を集める。

 姉は花束を両手に抱えたまま、空を見上げる。

「今日はいい天気ね。土の匂いを含んだ風も心地いいわ。こんな穏やかな気分になったのは、本当に久しぶり」

 穏やかな日差しが降り注ぎ、青い空には真っ白な雲が流れていく。

 花畑を暖かな春風が通り過ぎる。

 姉の長い黒髪を優しく揺らす。

「ねえ、――。あなたには、本当に、本当に感謝しているのよ」

 手に持った花が風に吹き上げられていく。

 弟は花を摘みながら答える。

「何? 姉さん」

 姉は穏やかに笑っている。

 ささやくようにそっとつぶやく。

「最後に、こんな素晴らしい場所に連れて来てくれてありがとう、――。あなたのおかげで、わたしは幸せだったわ」

 姉の黒い髪に差した白い花が春風に吹き上げられていった。

 彼女の両腕から力が抜け、膝の上に色とりどりの花が散らばる。

 その白い頬を一筋の涙が伝う。

 両手が力なく落ちる。

「姉さん?」

 弟は驚いて振り返る。

 その姿はまるで眠っているようだった。

 姉に駆け寄り、その肩に触れる。

「姉さん、姉さん!」

 いくら肩を揺さぶっても、姉はもはや返事をしなかった。

「姉さん!」

 いくら呼びかけても応えない姉の体を抱きしめ、弟は絶叫した。

 暖かい春風が、色とりどりの花びらを空に吹き上げていた。




 四男にとっては、姉もていのいい人形の一つで、特別に気に入っている訳ではなかった。

 そのため姉が地下室から連れ去られた時も、玩具が一つ減ったくらいにしか思わなかった。

「な~んだ、お姉さん、どこかに行ってしまったんだ。折角可愛がってあげていたのに」

 わずかに残念がったものの、すぐに代わりの人形を見つけ、今はそれに夢中だった。

 四男にとっては自分以外の世界中のすべてのものが、彼にとっての玩具だった。

 そのため彼にとっての玩具が壊れようが、また次を見つければいいや、くらいにしか考えていなかった。

 それは四男の母親が使用人たちの不手際を鞭打っていた幼少時代の経験から覚えたことだったが、彼らが財力も権力も持っていたことから、誰も咎めることは出来なかった。

 物心ついた時から四男は人をいたぶることを楽しいと感じていた。

 貧しい人々を拾ってきては地下室に閉じ込め、暴力を繰り返し、いつしか無邪気で残忍な性格に育ってしまった。

 四男にとっては取るに足りない人形である姉だったが、弟にとってはもっとも大切に思う存在だった。

 姉がこと切れた瞬間、弟は姉をこんな目に合せた四男に、命を懸けて復讐をしようと決心した。

 弟は組織の命令を無視し、単身四男の乗る車を襲撃した。

 四男の乗る車の通り道に爆薬を仕掛け、四男が降りてきたところを襲撃する手はずだった。

 しかし弟の行動は組織の情報屋であるワタリガラスに事前に察知され、襲撃は失敗に終わった。

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