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姉と弟  作者: 深江 碧
バッドエンド2 弟一人で、約束の場所へ向かう
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バッドエンド2-4

 彼女は四男がどのように育ったか知らない。

 そしてどのように育てば、このように人の尊厳を無視する行為が平然と出来るようになるのか、知りたいとも思わなかった。

 彼女は四男に嫌悪を覚えた。

 そして彼の手に掛かるくらいなら、自らの死を受け入れる覚悟を固めていた。

「わたしは、あなたの人形にはならないわ」

 彼女は吐き捨てるようにそう呟くと、小銃の狙いを四男から外す。

 自分のお腹に押し当て、引き金を引いた。

 乾いた音が部屋中に響き、かすかな硝煙の香りが彼女の鼻をつく。

 彼女は床にうずくまり、体から力が抜けていく。

 小銃で撃ったお腹が熱く、そこからじわりと血が染み出てくる。

 ――これで、わたしは楽になれるのね。この苦しみから解放されるのね。

 彼女の脳裏に弟の姿がよぎる。

 ――ごめんね、――。わたしには、こんな道しか選べなかった。あなたはきっと怒るでしょうね。

 彼女は今、ここにはいない弟に心から謝罪する。

 ――でも、あなたは賢い子だから。せめて、あなただけでも生き延びて。

 弟の行く末を思い、彼女は精一杯の笑みを浮かべた。




 市場へ向かう通りを歩いていた弟は、ふと顔を上げた。

 自分の歩いてきた方角、姉のいるアパートの方を振り返る。

 アパートは建物に隠れて見えない。

 鈍色の空からは止めどなく雪が降り続いている。

 市場は目の前で、市場から露店を出す人々の活気がこちらまで伝わってくる。

 雪の降り積もる通りで立ち止まった弟を、コートを着込んだ人々が早足で通り過ぎて行く。

――姉さん?

 弟の胸がざわりと泡立つ。

 嫌な胸騒ぎが、彼の足を絡め取る。

 ――まさか、姉さんの身に何か。

 彼の頭に最悪の光景がよぎる。

 彼は迷うことなく元来た道を駆けだした。

 雪に足を取られながら、全速力でアパートへの道を駆け戻った。

 アパートの前にたどり着いた弟は、雪の上に出来た足跡を見て、何者かが大勢でアパートを訪れたことを知った。

 弟はアパートの階段を上り、部屋の玄関へと向かう。

 玄関の扉に鍵はかかっていなかった。

 鍵が強引にこじ開けられた跡があった。

 本当ならば中に侵入者がいる場合を想定して、慎重に扉を開けなくてはならないのだが、弟にはそんな時間ももどかしかった。

 玄関の扉を開け、中を確認する。

 部屋の中も荒らされた跡があった。

「姉さん!」

 居間や台所、あちこちの部屋を探したが、姉の姿はどこにもなかった。

 弟の顔からさっと血の気が引く。

 ――まさか、姉さんは叔父さんに連れ去られたのか?

 一連の出来事がすべて叔父に仕組まれたことであるのなら、納得がいく。

 郵便受けに投げ込まれたポストカードも、すべては弟を姉から引き離す手段だったのだ。

 弟は強く拳を握りしめる。

 自分の浅はかさを強く後悔する。

 弟はすぐさまきびすを返し、叔父との約束の場所へと向かった。




 連れ去られた姉は、四男の元で治療を受け、一命を取り留めた。

 逃げられないようにベッドに縛り付けられた姉を、見に来た四男は人懐っこい笑みを浮かべる。

「お姉さん、銃でいきなり自分のお腹を撃つんだから、びっくりしちゃったよ。でもぼくのおかげで命が助かったんだから、感謝してね」

 姉は眉をひそめ、見えない目で四男をにらむ。

「わたしを助けてどうするつもりですか? あなたは叔父さんの命でわたしを殺しに来たのではないのですか?」

 椅子に座っている四男は肩をすくめる。

「確かに、義兄さんにはお姉さんを殺すようにと言われているんだけどね。でも、もったいないよ。お姉さんはこんなにきれいなのに、このまま殺しちゃうなんてさ。だからさ、ぼくは義兄さんにお願いしたんだよ。命だけは助けてやってくれって。そしたら、お姉さんを一生家の外へ出さないと言う条件で、ぼくの人形にしてもいいと言ってくれたんだ」

 四男は椅子から立ち上がり、姉の顔に手を添える。

「大丈夫だよ、お姉さん。顔を傷つけるつもりはないよ。だってこんなにきれいなんだから。ぼくが人形として十分に可愛がってあげるから、安心して」

 姉はただ黙って四男の甘ったるい声を聞いていた。

 目の見えない彼女には、もはや逃げ出す術も何もなかった。

 もはや自分で死を選ぶことも出来なかった。

 四男は昼間は彼女を人形として服を着せ替えて可愛がり、夜になると暴力を振るった。

 暗い地下室に閉じ込め、全身を鞭で打った。

 地下室には他にも折檻を受けた使用人がいるのか、あちこちから人々の悲痛な声が聞こえてきた。

 彼女は唇を噛んで四男の暴力に耐えたが、やがては気を失ってしまった。

 気が付けば、地下室で朝を迎えていた。

 彼女は地下室から連れ出され、昼間はきれいな服を着せられて人形のように可愛がられ、 夜になると暴力を振るわれる。

暴力は毎夜毎夜繰り返され、ある時は殴る蹴るの虐待を受け、ある時は熱い火かき棒を体に押し当てられた。

四男は笑いながら、彼女にありとあらゆる暴力を振るっていた。

彼女は地下室に木霊する使用人たちの悲痛な声を聞きながら、ひたすら暴力に耐えることしか出来なかった。

彼女の白く美しかった肌は、醜い火傷や紫色の痣で埋め尽くされた。

ひたすら耐えてきた彼女も、ついには精神の均衡を保つことが出来なくなった。

 彼女の居場所を探し当てた弟が地下室にやって来た時、彼女はまともに口を効くことが出来なかった。

「姉さん!」

 弟が声を掛けても、姉からの反応はなく、彼女の体には起き上がる力も残されていなかった。

 石畳の上に彼女は力なく横たわっている。

 反応のない彼女には、意識があるのかないのか、それさえわからなかった。

 姉の白い肌には四男に付けられた痛ましい傷が無数に刻まれていた。

 弟は思わず目を背ける。

 言葉を発せられないほどに傷ついた姉の体を抱き寄せる。

「姉さん、僕がもっと早く見つけてあげていれば。もっと早く助けに来てあげていれば、姉さんもこんな目に合わなくて済んだのに。ごめん、姉さん。本当にごめん」

 弟の頬を涙が伝う。

 姉の体を抱き上げる。

 弟は姉を地下室から連れ出した。

 四男や叔父の手の届かないところまで逃げ延びた。

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