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姉と弟  作者: 深江 碧
バッドエンド2 弟一人で、約束の場所へ向かう
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バッドエンド2-3

四男がアパートの一室に踏み込んだ時には、部屋の中に姉の姿はなかった。

「どこにいるのかなあ。かくれんぼしてるの?」

 うきうきとした弾むような声で四男は一つ一つ部屋の中を探して回る。

 その様子はさながら、かくれんぼを楽しんでいる子どものようであった。

 居間で燃えている暖炉の前のテーブルの上に、編み棒と編み物の白い毛糸がそのまま置かれている。

 四男はテーブルに残されたままの編み物を眺め、首を傾げる。

「お姉さんは、目が見えないんだったよね。じゃあ、そんなに遠くには行っていないはずだよね」

 暖炉の前のソファに腰かけ、部下の男たちにアパートの部屋を探させるよう指示する。

 しばらくして部下の一人が四男の元へ姉を連れて戻ってくる。

「ベッドの下に隠れていました」

 姉は部下に腕をつかまれ、強引に座らされる。

 長い黒髪を乱暴につかまれ、絨毯の上に顔を押し付けられる。

「何だ、事故に合ったと聞いたけれど、思ったより元気そうじゃない。目が見えないこと以外は、至って健康そうだね」

 四男はゆったりとソファに座り、口元に笑みを浮かべる。

 絨毯の上に座らされ、部下に背後から頭を押し付けられている姉をじろじろと眺める。

「やあ、お姉さん、久しぶり。前に会ったのはいつだったかなあ。度々夜会で会ったことがあるよねえ。ぼくのこと、覚えてる?」

 四男は頬に手を当て、くすくすと声を立てて笑う。

 彼女は背後から腕をつかまれ、絨毯の上に頭を押し付けられたまま、小さな声でうめく。

「あなたは」

 彼女は記憶の糸を手繰り寄せる。

 その声やしゃべり方から、夜会で言葉を交わした人々の顔を脳裏に思い浮かべる。

 なおかつ、彼女の居場所を知っていることから、恐らくは叔父と繋がりのある人物だと推測する。

「あなたは、叔父さんの四男で、名前は確か」

 彼女は夜会で何度も顔を合わせた四男の名前を口にする。

 自分よりも年上であるにもかかわらず、幼い容貌の少年を思い出す。

 四男はうれしそうに手を叩く。

「ぼくのこと、覚えていてくれたんだ。財閥の元総帥の一人娘であるお姉さんに覚えていてもらえるなんて、うれしいなあ。感激だよ」

 四男は足元に彼女を跪かせて、いかにも満足そうに笑っている。

 彼女は夜会で何度も四男と顔を合わせたことがあるが、その幼い言動や態度から、彼に異様なものを感じていた。

 そのため、彼をわざと避けていた部分がある。

 夜会では出来るだけ彼に近付かないようにしていた。

「あなたも、叔父さんの命でわたしの命を奪いに来たのですか?」

 姉は強い口調で尋ねる。

 こうなってしまっては、盲目の彼女にはもう逃げ出す手立てはない。

 死を覚悟しながら、姉は四男の意図を探ろうとした。

 四男は姉の話は聞いていないようだった。

 一人で考えを巡らせている。

「お姉さんへのご褒美は、何がいいかな? お姉さんは目が見えないけれど、見た目がきれいだから、ここで一思いに殺すのももったいないよね。連れ帰ったら何かに使えそうだけれど」

 姉は四男の独り言を聞いて、背筋が冷える。

 ――やはりこの人は叔父さんの命でわたしを殺しにきたのね。

 背中を冷たいものが駆け上がる。

 四男はぱちりと指を鳴らす。

「そうだ、お姉さんをぼくのお気に入りの人形にしてあげるよ。お姉さんは目が見えないから、他の女の人みたいに足の腱を切らなくても、逃げられる心配はないし」

 四男は残酷な行為をさらりと口にする。

 彼女は頭を押さえつけられたまま、彼の言動に寒気を覚える。

「義兄さんは、と言っても長兄のことなんだけどね。義兄さんはお姉さんのことが邪魔で、殺そうと思ってるみたいだけど、ぼくはお姉さんが生きていてもいいと思うんだ。だってお姉さんはきれいなんだもの。きれいな人形としてぼくが可愛がってあげるよ。むしろ義兄さんの手から助けてあげるんだから、感謝して欲しいな」

 四男はソファから立ち上がり、彼女の前にしゃがみこむ。

彼女の長い黒髪をつかむ。

「ほら、お姉さんはこんなに姿かたちが整っているんだから、今までに人形にしてきた醜い下女とは大違いだね。さぞかしいたぶりがいのある人形になるだろうね」

 強引に顔を上げさせ、彼女の引きつった表情を眺める。

「ほら、首だってこんなに白くてきれだよね」

 四男は彼女の細い首をつかみ、力を入れる。

ぎりぎりと締め上げる。

「うぅ」

 彼女は苦しさにうめく。

 四男は姉の白い首に爪を立てる。

首筋に一筋の赤い筋が伝う。

――わたしは、このまま殺されるの?

 彼女は首を絞められながら、必死に考えを巡らせていた。

 恐怖に震えながらも、自分の未来を選択しなければならなかった。

 すなわち、このまま四男の人形と成り果てるか、それとも別の道を選ぶか。

 どう考えても、盲目の彼女が四男やその部下から逃げのびる道は思いつかなかった。

 ならば、彼女に残された道はただ一つ。

 弟のいない今、彼女にはそれしか選択肢はのこされていなかった。

 彼女は首を絞めている四男の手をつかみ、精一杯の力を込めて振り払う。

 そして服の袖に隠した小銃を取り出し、四男へと向ける。

「動かないで。動いたら、撃つわよ」

 周囲に立っていた部下の男たちが、一斉に彼女へと拳銃を向ける。

 彼女は震えながら、四男へと銃口を向けている。

 四男は驚いたように彼女と小銃とを見比べる。

「へえ、驚いた。君はそんな物も持っていたんだ。さしずめ、君の弟が君に持たせたものだろうけれど。でも、お姉さんにそんな物騒な物は似合わないよ」

 四男は笑み浮かべ、姉に一歩近づく。

「芯が強いところも、他の女たちのように、すぐに取り乱して泣き叫ばないところも、気に入ったよ。君ならば、すぐに音をあげたり、壊れたりする心配がなさそうだね。やっぱり君はぼくのところに来るべきだよ。ぼくの人形として、大切に末永く可愛がってあげるからさ」

 四男にとっては自分より身分の下の女など、取るに足らない存在で、自分の好き勝手に扱っていいと考えているのだろう。

 生まれつき恵まれた環境で育ち、苦労も知らず、お金にも困らず、親の愛情を一身に受けてきたにも関わらず、これ以上彼は何を望むのだろう。

 彼女は小銃を構えながら、四男にわずかな憐みを覚える。

 ――この人にとっては、周囲の人々は、みんな彼の人形なのね。彼はこの世界を大きな一つの玩具箱としかきっと思ってはいないのね。

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