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姉と弟  作者: 深江 碧
六章 それぞれの事情
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それぞれの事情14

「ありがとう、――」

 義姉の顔がようやくほころんだ。

 弟は胸が高鳴り、慌てて視線を外す。

「べ、別に、どうってことないよ。このくらい」

 弟は義姉をアパートの入口へ誘う。

 護衛役の男たちを振り返り、言い放つ。

「姉さんのことは、後は僕が引き受けるから。屋敷に戻って養母さんにそう伝えておいて」

 弟は心の中で喜んでいるのを悟られないように注意しつつ、義姉の前に立って案内する。

「さあ、姉さん。行こう」

「えぇ」

 上機嫌の弟に対して、突然そう言い放たれた護衛役の男たちは納得しないようだった。

 護衛役の中の若い男が弟の背中に声をかける。

「しかし、そうは申されましても、我々の仕事は――様の身の安全を守ることです。このような治安の良くない場所では、いつ何時――様を狙う者に襲われるかわかったものではありません」

 弟は眉を寄せ、護衛役の男を振り返る。

「僕が、姉さんの護衛を引き受ける、と言っているんだ。僕が姉さんの護衛では不安だと言うのか?」

 護衛役の男は慌てた様子で首を横に振る。

「そうは申しておりません。ただ、このような場所で大勢で襲われたら、いくら弟君が腕に自信があっても、――様をお一人で守り切れるのですか? ――様の御命を一人で守り切れる自信がおありですか?」

 義姉は階段の前で立ち止まり、心配そうに二人の顔を交互に見比べる。

 小声で弟の耳元にささやく。

「や、やっぱり、駄目かしら。ねえ、――。だったら服装はこのままでいいから、護衛の人を連れて公園に行きましょう? それならわたしもあなたも安全だわ。それならいいでしょう?」

 義姉は同意を求めるように護衛役の男の顔を見る。

 弟は義姉の言葉を手で制する。

 辺りに散らばる護衛役の男たちをぐるりと見回す。

「姉さんは、一日中あんた達に囲まれていたら、気の休まる暇もないと言っているんだ。あんた達は主人の身の安全を守ると言っておきながら、主人の心からの願いも聞き入れられない陶片木か? 番犬だって、もう少し主人の気持ちを汲むと言うのに」

 皮肉たっぷりに言い放った弟の言葉に、護衛役の男は顔色を変えて言い返す。

「ち、違います。我々は、もし――様の御身に何かあれば、総帥に申し訳が立たないと」

 弟は肩をすくめる。

「もういいよ。要は、僕の腕が信用ならない、と言っているんだよね。僕が姉さんの身を一人で守れるか、と。つまりそう言うことだよね?」

 護衛役の男たちは何も言わなかった。

 気まずそうな顔をして、お互いに顔色をうかがっている。

「だったら、試してみればいいよ。そうすれば簡単なことだし。ただ、ここで腕試しをするのは通行人の迷惑になるから、そこの路地で相手をする。それならいいだろう?」

 弟はアパートの隣を通る路地を指さす。

「ちょ、ちょっと、――」

 不安に思った義姉が口を挟む。

 弟は義姉を振り返り、にっこりと微笑む。

「姉さん。ちょっと待ってて。すぐに終わるから」

 義姉は弟の笑顔を見て何も言えなくなる。

 護衛役の若い男が一歩前へ出る。

「わかりました。その提案、お受けいたします。――様の弟君に手荒な真似をするのは気が引けますが、ご理解いただくためには致し方ありません」

「お、おい、お前」

 年かさの護衛役が口を挟もうとする。

 若い護衛役の男は聞く耳を持たず、一方的に言い放つ。

「ただし、私が勝ったら、弟君であろうと今度一切――様の護衛の方針に口を出さないでいただきたい」

 護衛役の若い男と弟は一瞬睨み合い、そろって路地へと姿を消す。

 心配する一同の見守る中、路地からはぼこぼこになった護衛役の若い男と、無傷の弟が出てきた。

 事情を知る他の護衛役の男たちはそろって、「言わんこっちゃない」と溜息を吐き、ぼこぼこになった護衛役の若い男を連れて屋敷に引き返した。

 事情を知らない義姉は、上機嫌な弟に手を引かれ、アパートの部屋に案内された。

「相手が手加減をしてくれたのかしら」

義姉は首を捻りながら、アパートの階段を上る間中、ぼこぼこにされた護衛役の若い男の怪我を心配していた。

「部屋を片付けて来るから、少しの間そこで待ってて」

 アパートの弟の部屋の玄関の前に義姉を待たせ、弟は部屋の中へ引っ込んだ。

 弟は部屋に散らばった機密書類を片付け、まとめて絨毯の下の隠し金庫へとしまった。

 それから保管してある拳銃や火薬、銃弾などを別の金庫に保管し、厳重に鍵を閉めた。

「お待たせ、姉さん」

 笑顔で弟が出迎えると、義姉ははにかんで笑う。

「ごめんなさいね、突然訪ねて来てしまって」

 機嫌の良い弟は、表面を取り繕うことをすっかり忘れていた。

「そんなかしこまらなくてもいいよ、姉さん。どうせ今日は暇だったし。姉さんなら、いつでも大歓迎だよ」

 義姉は一瞬だけ驚いた顔をしたが、態度には出さなかった。

「そう? なら良かったわ」

 いつもの優しげな笑みを浮かべる。

 弟に案内され、部屋の中へ足を踏み入れた。




 他愛ないおしゃべりや家の出来事や学校のこと、家族のことを話していると、すぐに時間は過ぎて行った。

 窓から夕日が差し込み、義姉は青い目を細める。

 戸棚に置いてある時計に目をやり、ぽつりとつぶやく。

「もう、こんな時間なのね」

 義姉は温かいココアのカップに口をつけつつ、名残惜しそうにつぶやいた。

 同じように弟が時計に目をやり、窓の外に沈んでいく夕日を見つめる。

「迎えの車を寄越すように連絡しようか? 養母さんも姉さんを心配しているだろうし」

 弟はソファから腰を浮かせ、電話の方へと向かう。

「待って」

 義姉は短く叫んで、弟の背中に追いすがる。

「お願い、待って」

 義姉は弟を背中から抱きしめる。

 その声は震えている。

「姉さん?」

 電話の受話器を持ち上げようとした弟は、自分の胸に回された義姉の手に触れる。

 義姉の次の言葉をじっと待つ。

「まだ、帰りたくないの。お願い、ここにいさせて」

 自分とそう年の変わらない義姉は駄々っ子のように弟にすがりついている。

 弟は長いこと黙り込んでいた。

 小さく息を吐き出す。

「わかった。だけど、どうして家に帰りたくないのか、せめて理由だけは教えてよ、姉さん」

 弟は義姉の抱きしめた手を振りほどき、ソファに座らせる。

 テーブルを挟んだ向かい側に腰かける。

「それで、姉さんが家に帰りたくない理由は何? 養父さんと喧嘩でもしたのかい?」

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