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姉と弟  作者: 深江 碧
六章 それぞれの事情
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それぞれの事情9

彼は読んでいたビジネス雑誌を握り潰し、毒づく。

あの夜に言われた姉の言葉を思い出すたび、彼はひどくプライドが傷つけられた。

彼にとって女など、美しく着飾り、頭は空っぽで、男の機嫌を取っていればいいだけの存在だった。

男に貞淑に付き従い、言うことを聞いていればいいと考えていた。

彼は持っていたビジネス雑誌を握り潰し、乱暴にゴミ箱に放る。

そんな時、病室の扉が叩かれる。

 彼は苛々としつつも、自分よりも立場の上の者が訪ねて来た時のために、表面を取り繕う。

 財閥内では、彼は人柄もよく有能な人物として通っていた。

 裏では上の者に取り入るために、金をばらまいたり、人には言えないようなことも多々やって来たが、それらもすべて出世のためだ。

 財閥の総帥に取り入り、ゆくゆく姉と結婚すれば、財閥内で彼の地位は不動のものになるはずだった。

 次期総裁の地位も、夢ではなかった。

「どうぞ」

 彼は穏やかな声で応じる。

 病室の外には彼の部下がいたが、部下が扉を開け、客人を案内する。

「財閥の現総帥の御子息、――様がお見えです」

 部下は病室の彼に一礼して、客人に道を譲る。

「失礼するよ」

 白いバラの花束を持って、さっそうと部屋に入ってきたのは、叔父の次男だった。

 女性のように整った顔立ちに、にこやかな笑み、着ている派手な服は、彼の着ている病院着と地味な病室には不釣り合いだった。

次男が部屋に入ると、背後に黒服の男が二人ついて来る。

静かに扉が閉められる。

次男は甘い笑みを浮かべ、彼のベッドへと近付く。

「怪我はどうだい? 確か、肩を拳銃で撃たれたんだってね」

 次男は白いバラの花束を持ったまま、彼の断りもなしに、ベッドのそばの椅子に座る。

「だいぶ良くなりました。お気づかい、ありがとうございます」

 次期総帥候補の次男が、彼の病室を訪ねて来るとは一体どういう用件だろうか、と彼は訝しむ。

 元々は元総裁の下で働いていた彼の今の上司は叔父だ。

 叔父の息子である次男とは会社の系列も違うし、ほとんど関わりもない。

 彼が用件を尋ねる前に、次男の方が切り出した。

「今日は、君に聞きたいことがあってね。こうしてわざわざやって来たんだよ」

「私に、聞きたいこと?」

 彼は眉をひそめ、次男の顔を見る。

 次男は笑みを崩さずに答える。

「聞きたいことはたくさんあるんだけどね。最後にあの姉弟と話をしたのが、君だと聞いてね。その時の状況や、君が彼らのことをどう思っているのか知りたくてね」

 姉弟と聞いて、彼は表情が凍りつく。

 あの二人のことを思い出すと、今でも怒りではらわたが煮えくり返るようだった。

「有能と言われる君の、率直な意見を聞かせてよ」

 彼は怒りを表に出さないように抑えつつ答える。

「私に答えられることなら、なんなりと」

 その両目には怒りの炎が宿っている。

 次男ほどの権力があれば、ネズミのように逃げ回っているあの姉弟も、たやすく捕えられるのではないか。

彼は胸に復讐の念を抱き、次男に自分の胸の内を吐露した。

 彼の二人や財閥の元総帥に対する恨み言の話の間、次男はずっと穏やかな態度を崩さなかった。

 すっかり話をし終えた彼に、次男は静かに言った。

「つまり、君は財閥の元総帥の経営方針が気に入らなくてその下から離れ、元総帥の叔父である父さんについた。そして元婚約者である彼女のことも、出世が目的で仕方なく付き合っていた、とそう言うことかな?」

 次男の問いに、彼は勢いよくうなずく。

「そうです。でなければ、誰があんな阿婆擦れ女など、婚約者に」

 言いかけて、彼は言葉に詰まった。

「あ、あんな、女など、婚約者、に」

 次の言葉が続かない。

 彼は椅子に座る次男の瞳が笑っていないことに気が付いた。

 次男の冷たい瞳に射抜かれ、彼は背筋が凍りつく。

 次男は口元に笑みを浮かべている。

 白いバラの花束を持って、椅子から立ち上がる。

「おれはね、他のことはどうでもいいのだけど、彼女のことは気に入っているんだ。他の兄弟の手前、財閥総帥の跡取り問題もあって、彼女の婚約者に名乗りを上げることはできなかったけどね。彼女のことをとても可愛い女性だと思っているんだよ」

 白い花束の中から警棒を引き抜く。

 花束と警棒を両手に持って、次男は微笑む。

「それで、君は彼女とどこまでいったのかな? おれにも男としての人並みの嫉妬の心はあるからね。正直に答えてくれないかな。その返答次第では、この白バラの花束か警棒をあげるよ。もしかしたら君は財閥の元の会社に戻るどころか、この病院から二度と出られなくなるかもしれないのだけれど」

 女性のような整った顔立ちに、凄味さえ感じる微笑みだった。

 姉の元婚約者の青年は、全身から血の気が引く。

 体ががたがたと震える。

「わ、私は、そんなつもりで、言ったのでは」

 次男の背後に立つ二人の屈強な男性は、無表情で立ち尽くしている。

 彼が抵抗する素振りをすれば、すぐにでも取り押さえるのだろう。

 彼は次男を前にベッドの上で恐怖に震えていることしか出来ない。

「正直に答えてくれればいいんだよ。君の言う阿婆擦れ女と婚約者の君は、どんなことをしたのか、どんなところに行ったのか。できれば今後のために、彼女の好みなども教えてもらえると助かるのだけれども」

 次男は白いバラの花束を椅子の上に置き、片手で警棒を振って見せる。

「割と重いな。これで殴られるとさぞかし痛いだろうね。君の首の骨ぐらい簡単に折れてしまうだろうね」

 彼は次男の言葉に命の危機を感じ、姉との出来事を洗いざらい口にした。

 姉が結婚するまではと言って、肉体関係を持つことはおろか、キスも許さなかったこと。

 食事を共にしたり、たまに連れ立って出かけるだけで、元婚約者の姉とはほとんど上辺だけの付き合いだったことを白状した。

「本当だろうね」

 次男は警棒を突きつける。

「ほ、本当だ。誓って、彼女には手を出していない」

 彼は情けない声を上げる。

 次男の背後に立つ屈強な男たちは表情一つ変えず、微動だにしない。

 まるで置物か何かのようだった。

 次男は警棒を肩に置き、にっこりと笑う。

「まあ、慎み深い彼女ならばそうだろうね。そう簡単に男に体を許したりしないだろう」

 彼の返答に満足そうな様子だった。

 肩をすくめる。

「そうか。彼女に手を出していないならいいや。命拾いしたね」

 白いバラの花束を椅子の上に残し、きびすを返す。

「邪魔したね」

警棒を屈強な男たちに渡し、上機嫌に病室の扉へと歩いていく。

次男に従い、二人の男たちが後に続く。

ベッドにいる彼はほっと胸をなで下ろす。

遠ざかっていく次男の背中を見送る。

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