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姉と弟  作者: 深江 碧
六章 それぞれの事情
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それぞれの事情8

 扉の中、豪奢な部屋のテーブルの前には、四人の息子たちが円卓を囲んで席に就いている。

「遅かったですね、父さん」

 部屋に入って最初に声をかけてきたのは次男だった。

 派手な服を着て、女性のように整った顔立ちに薄い笑みを浮かべている。

 いかにも遊び人といった風貌だが、これがなかなか部下の信頼が厚い。

 財閥内では主に服飾関連の会社を経営している。

「それで、用事と言うのは何ですか。まさか、兄夫婦のことがまだ片付いていないのですか?」

 叔父が席に着くのを見計らって、長男が声をかける。

 細身で背の高い長男は、一部の隙もなく高そうな黒いスーツを着こなしている。

 次男と違って真面目な長男は、堅実で着実な経営方針が特徴だった。

 元財閥総裁兄夫婦を事故に見せかけたのも、毎年この時期に家族が弟の誕生日を祝うことを調べ、弟がいないことを見越して、兄夫婦の乗る車にトラックを突っ込ませたのも彼だった。

「まさかあ。いくら父さんが慈悲深いからって、彼らを生かしておく道理はないよね?」

 四男が声を立てて笑う。

 スーツを着ていても幼い言動でまるで少年のように見えるが、実際の年齢は姉弟よりも一つ二つ上だった。

 性格は奔放で、博打のような一見危なっかしい経営方針だが、一度投資に成功すると莫大な利益を生み出すことで有名だった。

「それで、実際のところはどうなのですか、父様? 今日はそのためにぼく達を集めたのでしょう?」

 車椅子に乗った三男が尋ねる。

 その肌は白く少女のような外見で、よく初対面の相手からは女性と間違われるが、本人はれっきとした男だった。

 三男は生まれつき足が不自由で体が弱く、財閥の傘下である医療機器メーカーの経営を任されている。

 叔父は円卓を囲んだ母親が違う自分の息子たち、四人兄弟を見回す。

 人知れず小さな溜息を吐く。

 この四人兄弟は、表向き仲が良いように取り繕っているが、実際のところは父親である叔父や兄弟間の仲は、それほど良くなかった。

 長男は一人目の妻との間に出来た子、次男、三男は二人目の妻との間に出来た子で、四男は三人目の妻との間に出来た子どもだった。

 四男が生まれて間もなく、三人目の妻とも正式に離婚が成立し、それ以来は息子であるという血の繋がりを疎ましく思っていた。

 父親であるという愛情はほとんどない関係だった。

 こうして四人を集まると、決まって財閥の後継者問題に話がいった。

 四人の誰もが自分こそが後継者に相応しいと自負し、それぞれ名乗りを上げるのだが、叔父もみすみす財閥の分裂を許すほど馬鹿ではない。

財閥がばらばらになることを恐れて、まだ誰も後継者指名をしていなかった。

そもそも、叔父自身が財閥の総裁の椅子に座ったばかりなのだ。

ようやく旧財閥の幹部を一掃し、新しい体制に立て直したばかりなのに、そんなにすぐ後継者を指名できる状態ではない。

それにもし財閥の次期総帥を指名しようものなら、指名した次期総裁の実の息子に暗殺されるか、指名されないのを不服に思った実の息子に毒殺されるか。

叔父自身の身が危うくなるのは間違いなかった。

兄夫婦の次は自分が殺されるのではないか。

叔父自身も、息子達や部下に殺される恐怖を常に抱いていた。

「それ、なんだがな」

 席に着いた叔父は、言いにくそうに言う。

「もう兄夫婦の姉弟を無理に捕えるのはやめようか、と思ってな」

 円卓を囲んだ四人の息子たちの間に緊張が走る。

 叔父は慌てて理由を説明する。

「いや、前にも話したと思うが、兄夫婦の養子である弟の方には隣国の裏巨大組織がついている。その組織とことを構えるのは、こちらにとって不利益が多い。兄夫婦の実の娘である姉の方は目も見えず、戸籍も抹消してある。旧幹部が今更彼女を祭り上げて幹部の椅子を狙うのは、まずないだろう」

 叔父は四人の息子たちの顔色をうかがう。

 ここで寛容さを見せないと、いつ自分も息子たちの手に掛かって命を落とすことになるかもしれない。

 財閥の総帥の交代劇は、出来るだけ穏やかに執り行われるべきだ。

 そういった前例をここで作っておかないと、自分が総帥の座を降りるときが危ない。

 内心、息子たちがどういった反応を示すか、気が気ではなかった。

「どういった心境の変化ですか、父さん」

 次男が口元に笑みを浮かべ、尋ねる。

「どうしたんだろうね? やる前はあんなに乗り気だった父さんが」

 四男がけらけらと笑いながら言う。

「今更弱気になったのか」

 長男が難しい顔で腕組みをしている。

「父様には父様なりの考えがあるんだよ。放っといていいと言うなら、父様の手を煩わせる必要はないってことだよ」

 三男が困った顔で笑う。

 叔父はほっと胸をなで下ろした。

 ここで息子たちの賛同が得られたのならば、ここにこれ以上留まっている必要はないだろう。

 叔父は勢いよく椅子から立ち上がる。

「話は以上だ。私はこれで失礼する。総帥の仕事に戻らねば」

 円卓に並んだ息子達から逃げるように、部屋の入口へと向かう。

 部屋の外で待機していた部下たちを引き連れ、早足で通路を歩いていく。

 息子たちの前で公言することにより、自分はあの姉弟に手を出さないということを示したのだ。

 あの姉弟に手を出しても、何の得もないということを示したのだ。

 通路を歩く叔父の胸にあるのはわずかな安堵と、小さな期待。

 実際はあの姉弟を捕えるのを諦めた訳ではなかったが、表向きは諦めたふりをしよう。

 信頼できる腕の立つ部下と息子を手に入れる絶好の機会を、叔父が諦めることは決してなかった。




 姉の元婚約者の青年は病室のベッドで横になっていた。

 あの夜、弟に撃たれた銃弾は肩を抜けていたが、その怪我は病院に入院するほどだった。

 あの日から一週間近く、元婚約者の青年は彼のために特別に用意された病室で暇を持て余していた。

 会社の部下たちや幾人かの愛人などが時々彼の病室を訪ねて来るが、怪我の痛みで苛立つ彼は彼らを病院から追い出し、ビジネス雑誌や新聞を読みふけっていた。

 会社に復帰した時に、少しでも財閥総帥の役に立てるよう、市場の動向を見極めて投資が出来るよう、彼は彼なりに考えて行動していた。

 財閥の中で今まで順調に出世をしてきた彼は、元総帥の娘である姉のことも、出世の道具の一つとしか見ていなかった。

 彼とその親族が、財閥で今の立場を得るのにどれほど苦労したか。

金をばらまき、手を回して、彼が財閥の元総帥である姉の婚約者の位置につくのに、どれほどの労力を費やしたか、彼とその親族の他にそれを知る者はごくわずかだった。

彼は姉のことを思い出し、舌打ちする。

「あの阿婆擦れ女め。私の苦労も知らないで、私のことを無能呼ばわりして。今に見ていろ。私が無能でないことを、実績でもって証明してやる。あの女を私の前に引きずり出し、跪かせてやる」

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