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姉と弟  作者: 深江 碧
六章 それぞれの事情
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それぞれの事情6

叔父にとって、いくら元財閥の総帥である姉の存在が目障りだと言っても、戸籍も存在も抹消された彼女は、もはや何の力も持たない。

財閥総帥の座に就いている叔父は、姉を特別に追う必要もないように思えた。

――叔父さんも、このまま僕たちを見逃してくれればいいんだけど。

弟は心の中でぼやく。

この隠れ家での生活も、多少不便はあるものの、二人でなんとかやっている。

出来ることなら、このまま姉と二人で穏やかに日々を暮らしていければ、と弟は叶わない願いを抱いてみる。

もちろんそれが現実に叶わないことはちゃんと知っている。

最近になってふっつりと連絡が途切れてしまった、夜会で出会った給仕の彼をはじめ、他の仲間たちのことも心配だ。

最悪、叔父の手によって捕えられ、凍死した浮浪者と一緒に道端で冷たい骸となっているかもしれない。

 彼がそんなことを考え、居間に足を踏み入れた時だった。

 玄関の郵便ポストがかたりと音を立てる。

 彼は全身の毛が逆立ち、セーターの袖口に忍ばせた小銃を握りしめる。

 そろそろと玄関に歩み寄り、外の気配を探る。

 玄関の扉は鍵が閉まっていたが、玄関の床には一枚のポストカードが落ちていた。

 そのポストカードの表には雪原の写真、裏には時間と場所が書かれていた。

その筆跡は見慣れたもので、文章の最後にサインも書かれていた。

ワタリガラスと言う見慣れたサインに、彼は険しい顔つきになる。

それはかつて夜会で給仕を務めていた彼の名前だった。

――どうして、この場所を知っている?

彼が弟に直接連絡を取ることは今までなかった。

夜会で顔を合わせる機会はあっても、弟は彼とはそれほど親しい間柄でもなかった。

この隠れ家を用意したのは別の仲間で、この場所を彼が知っているはずもない。

ポストカードを受け取った弟は険しい顔で、食い入るように書かれた文章を見つめていた。

その場所はここから遠くない市場の一角、時間は明日の正午だった。

弟は言葉に出来ない不安を胸に、ポストカードの表の写真をもう一度見る。

雪原を写した写真の隅には、白い犬と黒いコートをまとった男性が立っている。

黒いコートの男性が白い犬に手を差し伸べ、白い犬は尻尾を振って男性にすり寄っているようだった。

弟はその黒いコートの男性の顔に目を凝らす。

その顔は叔父にそっくりだった。

悪いことは言わない。今すぐ、叔父の元へ下れ。

そのカードにはそう書いてあるように見えた。

 弟はポストカードを慌てて暖炉の中に放り込む。

 炎に包まれ、カードは見る間に灰になる。

 弟は背中に冷や汗をかき、緊張のために息が上がっている。

 頭には様々な憶測が飛び交い、言いようのない不安が胸を締め付ける。

 とても休息を取る気にならなくなった弟は、ソファに座り黙って暖炉の炎を眺めていた。

 これからのこと、今までのこと、様々な思いが彼の頭を通り過ぎたが、これから進むべき道のりは見えてこなかった。

 窓の外は吹雪になり、冷たい風がガラスを揺らしていく。

 泣いていた姉は心安らかに眠れたのだろうか。

 弟はソファの上で毛布にくるまり、そっと目を閉じた。

 暖炉から薪のはぜる音が、弟の耳の奥に木霊していた。

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