表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉と弟  作者: 深江 碧
一章 姉視点
3/228

姉視点2

 ベッドに倒れそうになった彼女の肩を、弟がつかむ。

「わたしだけ、どうして。どうして?」

 包帯を通してあふれ出た涙が頬を伝う。

 ベッドのシーツの上に落ちる。

 弟は言いにくそうに続ける。

「それから、姉さんの目は、事故の後遺症で、もう」

 彼女は今度こそ目の前に闇が落ちてきた。

 心は打ちのめされ、すぐには立ち直ることができなかった。

 これが夢であって欲しいと強く願った。




 それから三日経ち、一週間が過ぎる頃には、彼女も少しは落ち着きを取り戻していた。

 毎日のように見舞いに訪れる弟に感謝し、同時に励まされてもいた。

 彼のためにも早く元気な顔を見せないといけない、とも考えていた。

 彼が自分に残された、たった一人の家族なのだ。

 本当は弟の方が自分よりも辛い思いをしているのかもしれない。

 そう考えると、彼女も前向きに生きようと希望が持てた。

「ありがとう、――」

 彼女がお礼を言うと、弟は照れくさそうに言う。

「目が見えなくても、匂いを感じることはできるよね? これ、病院の前の花屋で買ってきたものなんだけど。香りのいいものを店の人に選んでもらったつもりだけど」

 彼女に花束を渡す。

 花束に顔を近付けると、清涼な花の香りが鼻孔をくすぐる。

「これは、百合かしら? いい香りね」

 彼女は百合の花束を強く抱きしめる。

 目に涙がにじむ。

 彼女は弟に涙を見られまいと、顔を背ける。

「ありがとう。とてもうれしいわ」

 弟の表情は見えなかったが、声から彼女を気遣ってくれていることは理解できた。

 彼女はそんな弟の心遣いがうれしかった。

「姉さん、今日は調子がいいんだろう? たまには外に出ないと、体がなまっちゃうよ?」

 弟は彼女の手をつかむ。

「え? えっ?」

 彼女が戸惑っている間に、てきぱきと車椅子を用意し、そこに座らせる。

「病院の中庭で水仙の花が咲いたんだって。それを見に行こうよ」

 彼女の乗る車椅子を押して、部屋を出る。

 長い廊下を、中庭に向けて進んでいった。




 車椅子が止まったのは、中庭ではない場所だった。

 彼女は不思議に思って、後ろを振り返る。

「どうしたの?」

 彼女が尋ねると、弟は鋭い声で遮る。

「静かに」

 弟にうながされ、彼女は黙り込む。

 すると前方から男の声が聞こえる。

「あぁ、私だ。望み通り、金は振り込む」

 人気のない廊下に、男の声が響く。

 彼女はその男の声に聞き覚えがあった。

 たびたび両親の元を訪れていた叔父だった。

 ――叔父さん?

 彼女は自分の両手で口を押え、叔父の話にじっと耳を傾けている。

 叔父は彼女と弟には気付かず、電話か何かに向かってしゃべり続けている。

「手はず通り進んだようだな。ご苦労。娘が生き残ったのは計算外だったが。なあに、お前の失敗ではない。両親を殺せただけで上出来だ。娘はまた次の時に仕留めればいい。娘は事故で視力を失っている。娘の命を奪うことなど容易いことだ」

 電話の相手の声は聞こえなかったが、彼女はその話の内容を聞いて考えを巡らせる。

 ――視力を失った娘って、わたしのこと?

 そう思い至った途端、さっと血の気が引く。

 体が小さく震えだす。

 ――叔父さんが、わたしを殺そうとしてる? もしかして、父さんと母さんも、叔父さんが?

 すぐそばに立っている弟は何も言わない。

 じっと息を殺して叔父の話に耳をそばだてているようだった。

「あぁ、また連絡する。じゃあな」

 そこで叔父の言葉が途切れる。

 どうやら電話を切ったらしい。

 すぐそばで弟が身じろぎする気配がする。

「権力に取り付かれた拝金主義者が」

 吐き捨てるようにつぶやき、叔父のいる方へと歩いて行こうとする。

「待って」

 彼女は必死に弟の服をつかむ。

 青い顔で首を横に振る。

 ――行っては駄目。

 声に出そうとしたが、うまく言葉にならなかった。

 彼女は震えながら、弟を思いとどまらせようとする。

 ――行ったらあなたも殺されてしまう。

 弟はしばらくの間黙っていた。

 大きなため息をつく。

「わかったよ」

 彼女の必死の懇願に、弟も折れたようだった。

 弟は諦めたように言う。

 彼女は胸をなで下ろす。

 そのうちに、叔父のいる方に複数の足音が近づいてくる。

 彼女もまだ足音一つ一つが聞き分けられるほどではなかったが、その足音は四人ほどのものだった。

「お迎えに上がりました、――様」

 それは大人の男の声だった。

 男が叔父の名前を呼ぶ。

「うん、御苦労」

 叔父が鷹揚に答えるのが聞こえる。

 彼らの足音がこちらへと近付いて来る。

 その足音を聞いて、彼女はすくみ上る。

 弟の服をつかんだまま、体の震えが止まらなくなる。

 ――今の話を、わたしたちが聞いていたことがばれたら、叔父さんはどういう手に出るか。

 彼女とその両親の乗った車にトラックを突っ込ませるくらいだ。

 きっと彼女と弟の命を奪うことに、何のためらいも持っていないだろう。

 普段から叔父が素性の怪しい男たちをそばに置いているのは知っていた。

 しかしこんな目論見があったとは、彼女は知りもしなかった。

 足音がこちらへと近づいて来る。

 彼女は声を出すことも、動くこともできない。

 足音が静まり返った廊下に木霊する。

 不意に弟が彼女の手を引く。

「姉さん、こっちへ」

 弟がそばにある部屋の扉を押し開ける音が聞こえる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ