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姉と弟  作者: 深江 碧
十五章 悪夢再び
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悪夢再び10

「つまり、アレクセイは両方の事件がセルゲイ義兄さんが犯人だと言いたいって、ことなのかな」

 特に興味もなさそうに言う。アレクセイは無言でうなずく。

「だってさ、セルゲイ義兄さん。アレクセイの馬鹿はああ言うけど、実際のところはどうなのかな」

 四男はちらりと長男を見る。特にどちらに肩入れしている訳では無さそうな口調だ。ただ事態を面白がっている様子だった。

「そんなことを聞いてどうするつもりだ」

 長男は淡々とつぶやく。

「今更事件の真相を突き止めたことでまったくの無駄だ。今更死者が生き返る訳でも無い。そんな無駄なことに労力と時間を割いて、お前にとってどんな利益があるというんだ?」

 長男は薄く笑みを浮かべながら話す。相手を馬鹿にしている嘲りの表情が浮かんでいる。次男は間髪入れず答える。

「意味ならあるさ。おれは真実を知りたい。兄貴はどうせ答えてくれないだろうけどな。アナスタシアの事故の件はわからないまでも、せめてオリガの両親の事故の件だけははっきりさせたいんだ。あんなに優しかった伯父さんと伯母さんがどうして死んだのか、オリガのためにもそれだけは明らかにしたい」

 次男の口から両親の話題が出たことに、姉は驚いて次男を振り返る。

「もしも兄貴がアナスタシアを殺し、オリガの両親を手に掛けたと言うのなら、おれは絶対に兄貴を許さない。たとえどんな手を使ってでも、兄貴に罪を認めさせる」

 次男の深緑色の両目に怒りの炎が宿る。

「ほう」

 長男は興味深そうに灰色の瞳を細める。

「人を勝手に犯人扱いした上に今度は絶対に許さないとほざくか。お前は昔からどうしようも無い馬鹿だと思っていたが、その上虚言癖まであるとは知らなかったな。自分の身の程もわきまえない愚か者だとは」

「何とでも言うがいいさ。おれは自分の正しいと思ったことをもう曲げはしない。今までのように兄貴の影に怯えるだけの臆病な子どもじゃない」

 次男は語気を強める。長男と次男は睨み合っている。次男の隣にいる姉は二人の張り詰めた空気を感じ、身を縮めている。

「兄さま」

 胸の前でそっと両手を組み合わせている。皆が緊張した面持ちで事の成り行きを見守っている。広間は相変わらず静まり返っている。

「セルゲイ、アレクセイ」

 広間の沈黙を破ったのは彼らの父親である叔父だった。

「二人とも、家族同士で争うのはもうやめてくれ。争い合うのは、もうまっぴらだ」

 消え入るような声でささやく。

「親父、そうは言うけどな」

 次男は怪訝な顔で父親である叔父を振り返る。長男は無表情のまま叔父を一瞥する。叔父は絨毯の上にがっくりと膝をつく。

「アレクセイ、確かに兄夫婦を殺したのはセルゲイだ。だがその責任は事件を止められなかった私にもある」

「何だって?」

 ざわりと広間に動揺が走る。叔父の言葉を聞いて、次男は深緑色の目を見開く。姉は両手で口元を覆い、驚愕の表情を浮かべている。それは叔父の隣に立つ弟も同様だった。広間にいる人々は驚きのあまり一言も言葉を発せないでいる。ただ一人、長椅子に座る老人だけは落ち着いた様子でどっしりと構えていた。まるですべてを見透かすような鋭い眼差しで人々を見据えている。

「だからセルゲイ一人を責めないで欲しい。知っていながら止められなかった私にも責任はある。私には兄夫婦が殺されるところを見ていることしか出来なかったんだ」

 叔父の言葉に、長男の表情が奇妙に歪む。

「黙れ」

 長男は鋭くそう叫ぶと、懐から拳銃を取り出す。その銃口を叔父へと向ける。

「黙れ黙れ黙れ。お前のせいで私がどれだけ苦労してきたか、何も知らないくせに!」

 拳銃の銃口を向けられた叔父は、引きつった表情を浮かべる。

「せ、セルゲイ」

「兄貴、やめろ!」

 叔父の震える声と、次男の叫びが重なる。その瞬間、弟は頭よりも早く体が動いていた。拳銃を引き抜いている時間はない。弟はとっさに体をよじらせる。長男と叔父との間に割って入る。

「元はと言えばお前が無能なせいで」

 長男の顔に初めて怒りのような表情が浮かぶ。間を置かず、長男の持つ拳銃から乾いた発砲音が響く。

「親父!」

 次男の声が発砲音に重なる。弟が叔父をかばうようにして立つ。

 その一瞬はまるで広間の時が止まったかのようだった。

 姉や婚約者、招待客は突然聞こえた拳銃の発砲音に驚き、青白い顔で震えている。

「な、何が起こったのですか、アレクセイ兄さま」

 目が見えない姉は何が起こったのか、誰が撃たれたのか、とっさに知ることは出来ない。婚約者の女性も、驚愕の表情を浮かべて自分の婚約者、拳銃を手にした長男のそばに立ち尽くしている。気が付けば長椅子に座る老人のそばに護衛らしき黒服の男が立っている。弟はその男に見覚えがあったが、それに注意を払っている余裕は無かった。

「で、デニス」

 叔父は驚愕の表情を浮かべてその場にへたり込んでいる。弟の肩に鈍い痛みが広がる。長男と叔父の間に立つ弟は、長男に肩を撃たれ、肩を押さえて絨毯の上に膝を付ける。

「ぐっ」

 弟は服の上から肩を手で強く押さえている。服を赤く染め、指の間から流れ出た血がじんわりと広がっていく。痛みが肩を中心に全身に広がっていく。

 弟がかばったために叔父に怪我は無いようだ。ひとまず雇い主である叔父の無事を確認し、弟は安堵の息を吐き出す。

(良かった)

 雇い主である以上、護衛対象であることには変わりない。弟は全身から力が抜けていくのを感じる。

 長男は両目に怒りを宿したまま、そんな叔父と弟を見ている。腰をぬかしている叔父へと銃口を向ける。

「お前が父親であることが、私にとって最大の汚点だ」

「や、やめろ、セルゲイ」

 握っている拳銃の引き金に指を置く。腰を抜かしている叔父の頭に狙いを定める。

「ま、待て」

 弟はとっさに立ち上がろうとするが、肩を中心に激痛が走り、体を動かすこともままならない。どうやら神経を撃たれたらしい。痛みを和らげようとするが、怪我の治療なしにはすぐに動くことは出来ない。老人のそばに立つ黒服の男は弟以上の実力を持つ護衛の男だろうが、とても叔父を守ってくれるとも思えない。老人のそばで静観を決めている。

 長男の持っている拳銃は連続して撃つことが出来る小銃だ。この近距離から撃たれれば、今度こそ叔父もただでは済まない。最悪の場合は死ぬことさえありうる。

(まずいな)

 恐らく長男は怪我の治療をする時間も与えてはくれないだろう。弟は肩で息をしながら、長男を見上げている。

「そこまでだ、兄貴」

 気が付けば次男が長男に拳銃を向けている。こちらも型こそ違うが連射できる小銃だ。

「それ以上親父を責めるのはやめてくれないか。腐ってもおれと血の繋がった父親でもあるんでね。これ以上兄貴の自分勝手を認めてやることは出来ない」

 次男は長男に拳銃の銃口を向けている。長男は叔父に拳銃を向けたまま、次男の拳銃を黙って見つめている。

「それに親父は真実を述べたまでだ。兄貴と違って、親父はおれの知りたい真実を語ってくれた。そのことには感謝しないといけないな。親父は兄貴の代わりに罪を告白したんだ。自分に不利な真実を言っている親父を、兄貴が責めるのは間違っている」

 次男は真剣な表情でつぶやく。長男に拳銃を向けたまま微動だにしない。

「それに親父にはここで死んでもらっちゃ困るんだよ。親父は事故の真相を知っている貴重な証言者だからな。兄貴がオリガの両親をどうして殺したのかその理由を答えてくれない以上、親父がここで死んでしまってはそれこそ真相は闇の中だ。以前のアナスタシアの事故のように、な」

 次男は長男から目と銃口を逸らさないまま寂しげに笑う。弟は痛みを堪えながら、次男の表情の中に死んだ女性に対する思慕の念を感じ取った。もしかしたら次男は長男の婚約者に好意を抱いていたのかもしれない。しかしその寂しげな笑みも一瞬のことで、次男はすぐに深刻な表情に戻る。隣にいる姉に小声でささやきかける。

「オリガ、君の弟君が兄貴に撃たれた。幸い怪我をそれほどでは無いみたいだが、おれは今手が離せない。会場の者に医者を呼ぶように頼んで欲しい」

「デニス、が?」

 姉は息を飲む。次男の言葉を聞いて困惑の表情を浮かべる。

「は、はい、わかりました」

 躊躇いながらもそれ以上聞かずに大きくうなずく。身を翻して寄り添っていた次男から離れ、大声を張り上げる。

「どなたか、お医者様を呼んでいただけませんか? ここに怪我人がいます。すぐにお医者様に診せないと命に係わるかもしれません」

 先程まで水を打ったように静まり返っていた広間に音が戻って来る。広間にいた給仕の一人が弾かれたように叫ぶ。

「お、お医者様ですね? 少々お待ち下さい。すぐにお呼びいたします」

 給仕が広間から慌てて走り出ていく。広間にいる人々の間からざわめきや悲鳴が上がる。長男の婚約者に至っては青白い顔で今にも倒れてしまいそうに見える。

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