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姉と弟  作者: 深江 碧
十五章 悪夢再び
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悪夢再び6

「まあそれも今日のパーティーで追々説明するよ。じゃあまた後でな」

 次男はそう言って、隣の女性を伴ってそそくさと去って行く。弟は無言で二人を見送る。

 口には出さなかったが、弟はあれは姉ではないかと考えている。今現在次男がこの場に連れてくる女性と言えば、姉以外に考えられない。顔を隠しているのもきっとそのせいだと考えたが、あえてそれを口にするつもりは無かった。次男に何か思惑があり、姉の身の安全を考えているのであれば、自分が口出しすることは何もないと考えていたのだ。

 時間になり、招待客の多くが広間に集まっていた。まだ若干集まっていない人物はいるが、それもわずかな人数だけだった。叔父は数十人いる招待客に挨拶する。

「本日は私の誕生パーティーにお集まりいただき、ありがとうございます」

 弟は叔父の背後に控え、挨拶の間中招待客の動向に目を光らせている。ちらりと次男の隣にいる黒いヴェールをかぶった女性に目を向ける。すぐに視線を他のところに向ける。広間にいる招待客や警護の者たちの様子を見る。

 叔父の挨拶が終わりかけた時、広間にやってくる者達がいた。杖を持った身なりの良い老人を囲むように、数人の黒服の男たちが周囲を固めている。弟はその身なりの良い老人の顔に見覚えがある。

(あれは)

 挨拶の途中だった叔父は、老人を見つけて顔色を変える。

「お父さん」

 その老人は叔父の実の父親、財閥の元総帥だった。現役を退いてからも、たびたび財閥の方針に意見したり、人事に関係していたりしている。いわば財閥の影で実権を握っている人物である。

 招待客の間からざわめきが漏れる。叔父は挨拶を中断して老人の元へと駆け寄る。弟も護衛としてその後を着いて行く。

「お父さん、姿が見えないからてっきりこちらには来ないかと思いましたよ」

 実の父親と話すのには少し改まった口調だった。叔父の表情から老人に対して緊張しているのがわかる。

 老人はまるで叔父がそこにいないかのように、返事をせずに招待客を見回している。

「跡取りは一応そろっているようだな。一人いないようだが、まあいいだろう」

 独り言のように老人はつぶやく。杖をこつこつと床に打ち付ける。

「セルゲイ・ユスポフ、アレクセイ・ユスポフ、グレゴリー・ユスポフ。三人とも前に出るがいい」

 決して声は大きくないが張りのある声だった。招待客の間からどよめきが起こり、しばらくして数人の人物が老人の前に進み出る。

「お呼びでしょうか」

 長男がうやうやしく老人に礼をする。

「わざわざ何の用かな?」

 次男は老人の前まで出て来ると肩をすくめる。

「おじい様直々のご指名なんて珍しい」

 四男はくすくすと笑いながら歩いて来る。

 老人は三人の孫を鋭い目で見回す。考える素振りをする。

「そう言えば、もう一人いたな。オリガ・ユスポヴァはどこだ。アレクセイ、今はお前のところにいるのだろう?」

 老人は真っ直ぐに次男を見つめている。次男は困ったように笑う。

「やれやれ、おじい様は何でもお見通しって訳か。折角驚かせようとして、わざわざ顔を隠して来たってのに。結局意味は無かったね」

 次男は招待客の中にいる女性、頭からヴェールをかぶり黒いドレスをまとった姉の手を引く。

「おじい様のご指名だよ、オリガ」

 小声で耳元にささやく。手を引いて老人の前に連れてくる。

 姉は黒ヴェールを外すと、頭の後ろでまとめた黒髪と白百合の髪飾り、整った横顔が現れる。

「お久しぶりです、ミハイルおじい様」

 姉はドレスの裾を持って老人に挨拶する。叔父を始めとして、招待客たちは突然の姉の登場に息を飲む。弟も姉の存在は薄々感じていたが、とっさに驚きを隠せない。

(やっぱり姉さんなのか)

 黒いドレスを着た姉から目が離せない。姉の無事を知って喜びが胸の中に広がっていく。

 別の反応をする者もいる。長男はわずかに表情が険しくなり、四男は笑いながらも目の奥に冷たい光を宿している。老人は相変わらずの無表情だ。表情からその心中を読み取ることは出来ない。

 弟は長男と四男の出方を警戒する。ここで姉が生きているのを知られた以上、これから長男や四男に命を狙われる危険がある。弟はそれを警戒している。

 次男は姉の手を取り、老人と叔父とを振り返る。

「ちょうどいいや。折角だから親父とおじい様にはここで報告するよ。おれたち婚約したから」

 次男は左手の白手袋を取り、自分の婚約指輪を見せる。姉の左の手袋を外し、同じように指輪を見せる。

「オリガが事故に遭った時、一度死んだことになってるから元の婚約者との婚約は解消しているだろう? だからおれが死んだはずの従兄弟のオリガと婚約したとしても全く問題ないはずだよね」

 次男は姉の肩に手を回す。その体を引き寄せる。その話を聞いて、長男の表情がますます険しくなり、四男はますます面白そうに笑う。老人は無言で二人を見つめ、叔父は動揺している。

「お、お前、そういう重要な話は、もう少しゆっくり決めてだなあ」

 次男は実の父親である叔父の言うことを涼しい顔で聞き流している。

「まあお互いに愛があればいいんじゃない?」

 次男は声を立てて笑っている。一方の姉は困った表情を浮かべている。

「たとえ親父が許してくれなくても、お互いが決めたことだからね。そう言う訳で、おれたちは晴れて将来を誓い合った婚約者同士、ってことさ」

 叔父は最早何を言っても無駄だと判断したのか、額に手を当てている。その話を聞いて一番驚いているのは傍で見ていた弟だった。

(姉さんが、あいつの婚約者?)

 とっさに思考がついて行かない。姉の元の婚約者のことも気に入らなかったが、次男が婚約者と言うのも気に食わない。姉にはもっと相応しい相手がいるのではないかと考えてしまう。

(姉さんが、あんな奴の婚約者)

 混乱する弟は、次男と姉の姿をまともに見ていられない。次男の馴れ馴れしい様子に思わず殴りたくなってしまう。

 老人は考え込むように顎に手を当てている。

「ふむ、それがお前の選択か。オリガ・ユスポヴァを婚約者に迎えるにはメリットもあるが、リスクもある。お前たちが手を組むと言うのなら、財閥内の勢力図も少しは変わって来るかもしれぬな。それは面白いかもしれん」

 老人は広間の隅にある長椅子の方へと歩いていく。どっしりとその椅子に座る。持っていた杖をこつんと床に打ち付ける。

「さて、孫たちよ。財閥のこれかれの後継者を決めよう。誰が一番ふさわしいか、わしにその実力を示すがいい」

 老人は長椅子の背もたれにもたれかかり、長い息を吐き出す。鋭い目で財閥の後継者である五人を見回した。

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