悪夢再び5
叔父の誕生パーティー当日の夜、弟は叔父のそばについて警護を任されていた。次々と屋敷を訪ねてくる来客への挨拶に叔父は掛かりきりになっている。
弟の役割と言えば、怪しい者が訪れないか、怪しい行動を起こさないかどうか、見張ることだった。弟の他にも会場の警護に就いている者は沢山いる。黒服の者たちが屋敷のあちこちに立ち、あるいは巡回に出ている。これで何事も無く過ぎ去ってくれればいいのだが。もしもこれで何かあれば弟の責任になりかねない。
叔父のそばに着いている弟は、とっさに何が起こっても対応できるよう常に目を光らせている。いざとなれば身を呈して叔父の命を守るのが弟の仕事だった。
招待客の流れがひとまず途絶えたのを見て、叔父はふうっと息を吐き出す。そばに立つ弟を振り返る。
「この年にもなると疲れやすくていかんな。出来ればそろそろ財閥総帥の座も、誰かに譲りたいと思っているのだが」
それは恐らく叔父の本音だろう。こうして一緒に暮らすうちに、ある程度叔父の気質が分かってきていた。見かけよりもずっと気の弱い叔父に、我の強い親類や一族をまとめ上げるのは骨が折れるのだろう。財閥総帥の座に就いてまだ数か月だが、こうして愚痴の一つも出てしまうほど総帥の仕事は苦労が多いのだろう。
弟は素っ気なく答える。
「そう思うのならそうすればいい。その座を狙っている奴なんて、数多くいる」
叔父は何も言わずに苦笑する。
弟は年末に起きた悲劇、弟を育ててくれた養父母の死を思い出す。事故に見せかけたあの事件のせいで、姉は両目の視力を失い、両親は命を失った。事前に察知できなかった弟だけが事件には巻き込まれず、こうしてのうのうと生きている。本当であれば財閥総帥一家の護衛として送り込まれた弟が、命を賭けて家族の命を救うべきであったはずなのに。
弟の誕生祝いを秘密裏に買うためだという理由で、家族の外出は事前に知らされなかった。そのためみすみす事故を見逃してしまった。暗殺計画を事前に察知できなかったのは、完全に弟の不手際だった。
(姉さん)
亡くなった両親のこともそうだが、目の見えない姉のことが不憫で仕方が無い。せめて姉を無事に安全な場所まで逃がすのが、今の弟の使命だった。一時は叔父を両親を殺した相手として憎んでいたはずなのに、こうして彼の護衛までしているというのは奇妙な気分だった。
弟がそんなことを考えていると、広間に招待客が入ってくる。
「ようこそおいで下さいました。歓迎致します」
叔父が挨拶に出迎える。そこには長男や四男の姿も見える。長男は美しく着飾った女性、婚約者と腕を組んで歩いている。
(あいつら)
二人の姿を認め、弟は険しい表情を浮かべる。当の二人、四男はこちらを一瞬見て驚いた表情をし、にっこりと笑う。長男に至ってはこちらを見もしない。叔父が笑顔で二人に挨拶をして握手を交わす中、弟だけが長男と四男を警戒している。その一挙一動に注意を払っている。
「お久しぶりです、お義父様。お元気でしたでしょうか」
長男の婚約者が緑色のドレスの裾をつまみ、優雅に一礼する。
「これはご丁寧にどうも。タチアナ様も相変わらずお美しい」
叔父は頬を緩めて長男の婚約者に挨拶をする。婚約者は持っていた扇子で口元を覆う。
タチアナとは長男の婚約者の女性だ。彼女はこの国の上流貴族の出身で、数年前に長男の婚約者になった。以来こうして長男の婚約者としてたびたびに夜会に出席している。姉よりも少し年上の彼女はまだ実家にいて長男と一緒には暮らしていないが、もう数年したら長男との結婚式を執り行う予定だ。長男と婚約者との間に愛情があるかはわからない。そもそもこれはお互いの家同士が決めた政略結婚だ。
噂によると婚約者の家は上流貴族とはいえ、借金で家が傾きかけているという話だ。財閥の重要な地位にいる長男との婚約の申し出は渡りに船であっただろう。恐らく借金を肩代わりするという取引があったのかもしれない。二人とも政略結婚であることを承知した上で一緒になる覚悟だろう。すなわち長男は上流貴族としての地位を欲し、婚約者は借金を返済し、傾きかけた家を守るための十分な金が欲しい。この婚約は二人の希望が一致したからこそ、愛のあるなしに関わらず表面上は上手く行っているのだろう。
「まあ嫌ですわ、お義父様ったら」
叔父とそんな言葉を交わし、婚約者は笑っている。
「ではまた後ほど」
婚約者は優雅に微笑む。長男たちは広間をゆったりと歩いていく。弟はその後ろ姿を目で追う。長男と四男が今までしてきたことを思えば、いくら警戒してもし足りない。
長男は両親を殺した張本人だし、四男は公共の広場で爆破事件を起こし、姉と弟の隠れ家を襲撃した。いつまたそういった事件を起こさないとも限らない。もしかしたらこの誕生パーティーで叔父の命を狙っているかもしれない。他の事件を起こすかもしれない。
弟が長男と四男に気を取られていると、広間に次男がいるのに気が付いた。姉のことを頼んでからこうして弟と顔を合わせるのは初めてになる。次男は隣に黒いドレスを着た女性を連れている。弟はその黒いドレス姿の女性に目を留める。
白いスーツを着た次男は女性を伴って叔父のところまで歩いて来ると、笑顔で挨拶と握手を交わす。
「親父も元気そうだな」
「お前こそ。最近こちらに顔を見せないから心配してたんだぞ」
「まあ、色々と事情があってね」
次男は隣に立つ黒いドレス姿の女性に目を向ける。女性は頭からすっぽりと黒いヴェールをかぶっていて、その顔は見えない。
「そちらの女性は?」
叔父が不思議そうに問い掛けると、次男は笑って答える。




