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姉と弟  作者: 深江 碧
十四章 悪夢
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悪夢24

 その日も朝から中年の部下の姿を探して、メイドの少女と共に屋敷中を歩き回った。

 メイドの少女は三日目ともあり正直うんざりした様子だったが、姉の真剣な態度に文句も言わずついて来てくれた。

 途中、部下の一人に出会うことがあっても、屋敷内の警護を任されている部下も自分の上司である中年の部下がどこにいるのか知らないようだった。

「イーゴリさんも忙しい人ですからね。アレクセイ様ならその行方をご存知かもしれませんが」

 伝言なら会った時に伝えておくと親切に申し出てくれたが、姉は直接会って話したいことがあるからと言って、丁寧に断った。

 お昼近くまで探しても見つからず、姉は次男の執務室の前を通りかかる。

 自然と足が止まる。

「おや、オリガ様。若に何かご用ですか?」

「若でしたら、今執務室にいらっしゃいますよ」

 執務室の扉の前に立つ護衛の部下二人が、姉の姿を見つけて親しげに声を掛けてくる。

 姉は困ったような笑みを返す。

「ありがとうございます。でもわたしが探しているのはアレクセイ兄さまでは無いのです」

 姉はドレスの裾をつまみ、丁寧に礼をする。

「そうですか」

「それは残念です」

 部下たちは構わず話し続ける。

「若も最近元気が無いので」

「オリガ様が会いに来たと知れば、きっと元気が出ると思うんです」

 落胆した様子の護衛の部下二人の言葉に、姉は慌てて言い繕う。

「べ、別に兄さまに会いたくない訳では無いのです。でも今は別の用事があって」

 姉の言葉を聞いてか聞かずか、護衛の部下二人は一方的に話し続ける。

「若もつい先日、イーゴリさんと喧嘩したばかりだしなあ」

「もしここでオリガ様とも仲が悪くなれば、もっと落ち込むだろうなあ」

「我々の給料にも響くんじゃないのか」

「それは困るなあ」

 二人は勝手に話し合い、盛り上がっている。

 それを聞いて姉は考える。

(兄さまはずっと落ち込んでいたのですか。わたしにはちっともそんな素振りは見せなかったのに)

 姉が顔を上げると、部下二人が期待するような眼差しでこちらを見ている。

「どうですか、オリガ様。ここで一発若を励ましてやってくれませんか?」

「そうそう。オリガ様が若を慰めてくれれば、若もきっと一発で元気になると思うんです」

「そうすれば我々のボーナスと有給も夢じゃないと思うんです」

「そうなれば家族にサービスが出来ます」

 護衛二人の言い分に、姉はどう答えていいのかわからない。

「ええと」

 この乗りは以前に次男との車内で聞いたことがあるが、真面目な姉には簡単には慣れない。

 真面目に答えていいのか、受け流せばいいのか、判断に迷う。

「に、兄さまを慰めるとは、具体的にどのような?」

 姉は恐る恐る聞いてみる。聞いてから口にしなければ良かった、と後悔する。

 先程から姉の背後に立つメイドの少女の視線が痛い。

「そりゃあ決まってるでしょう。チューですよ、チュー」

「いやいや、若の落ち込みはそれぐらいじゃ直りませんよ。ここはベッドで一晩一緒に過ごして優しく慰めてやらないと」

 聞いている姉は赤面して両手で顔を覆う。

「や、やはり、わたしでは兄さまを慰めるには力不足のようです」

 そそくさと執務室の扉の前から立ち去る。

「あっ、オリガ様」

「どちらへ?」

 振り返らず足早に逃げ出す。

 姉は廊下の角を曲がったところで立ち止まり、その場に座り込む。

 背後からメイドの少女が追いかけてくる。しゃがみ込んでいる姉に声を掛ける。

「オリガ様、あまり気になさらないで下さい。彼らは皆あんな風なんです。特に悪気があって言っている訳では無いんです」

 姉は首を横に振る。長い黒髪がさらりと揺れる。

「わかっています、わかっているんです。本当はどんな言葉よりも、兄さまにはわたしが態度で示した方がいいことくらい。それぐらい頭ではわかってはいるんです」

「オリガ様」

 頭では理解しているものの、気持ちがそれを拒否している。

 次男を本当に信じていいものか、婚約を受け入れていいものか、まだ決めかねている。

 姉は両手で顔を覆いながら蚊の鳴くような声でささやく。

「ごめんなさい、マリィさん。これまでわたしの我儘に付き合わせてしまって」

「そんなことは」

 メイドの少女の気遣う声が聞こえる。

 本当はこのメイドの少女も次男に雇われ、次男の命令で姉のそばについているだけなのに。

「本当はわかっているんです。わたしの体くらい兄さまの好きにしてもらってもいいんだって。それ以上のことを、兄さまにはしてもらっているのだから。目の見えないわたしに出来ることは、せめてそれくらいだけなんです。いつまでも兄さまの厚意に甘えてばかりではいけないんです」

 メイドの少女は何も答えない。ただ黙って姉のそばに寄り添っている。

 どのくらいその場にうずくまっていたのか。

 ようやく感情の波が引いて来て、頭が冷静になって来た頃だった。

「おや、オリガ様。こんなところで、どうされたのですか?」

 その聞き慣れた声に、姉の胸に喜びの気持ちが広がる。

 彼にどれほど会いたかったか。姉はのどに言葉が詰まって上手く話せない。

「イーゴリさん」

 姉は顔を上げ、泣きそうな顔で中年の部下を見上げる。うかつにも目から涙がこぼれてしまう。

「わたし、イーゴリさんをずっと探していたんです。兄さまのことでずっと聞きたかったことがあったんです」

 姉は絞り出すようにそうつぶやいて、涙を流しながら微笑んだ。

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