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姉と弟  作者: 深江 碧
十四章 悪夢
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悪夢20

 次男との朝食を終えた姉は、中年の部下を探して屋敷中を歩き回っていた。

 婚約の返事をするには、どうしても中年の部下の口から次男のことを聞き出すことが必要だと姉は考えていた。

 次男の隠している本心がどこにあるのか。それを聞き出す必要があったのだ。

 姉は朝からメイドの少女に伴われて杖をついて屋敷中を探したが、中年の部下は見つからない。

 どうやら警護で現在は屋敷の外にいるらしかった。

 屋敷の外には雪が積もっていて、凹凸が多いために目の見えない姉では歩くこともままならない。

 いくらメイドの少女がそばにいると言っても、凍って滑りやすくなっている場所もあるため、外出は許可されなかった。

 中年の部下が見つからないまま昼になり、部屋に戻ってきた姉はパンやスープなどで軽めの昼食を取る。

 今日のメニューはクロワッサンとオニオンスープ、ハムとチーズとミニトマトとベビーリーフのサラダ、デザートにブルーベリーとチーズのタルトがついている。

 それらをメイドの少女が部屋に運んでくれる。

「仕方がありませんよ。イーゴリ様はお忙しい方ですから。警備のためにいつも屋敷中を見回っておられるのでしょう。いくらオリガ様が会いたいと思っても、そう簡単に捕まるものではありませんよ」

 落胆する姉に、メイドの少女が慰めの言葉を掛ける。

 メイドの少女は食後のお茶の準備をしている。

「でももしかしたら、アレクセイ様でしたらイーゴリ様が今どこにいるかご存知かもしれませんね。何と言っても警護のこともアレクセイ様がお命じになられていることでしょうから」

 クロワッサンをかじっていた姉は、ゆっくりと顔を上げる。

「アレクセイ兄さまなら、ですか?」

 朝食の席で次男は姉にいつでも執務室を訪ねて来ていい、と言った。

 もしそうであるならば、中年の部下の行方は次男に尋ねた方が話が早いのではないか。

 次男出れば中年の部下を呼び出すことも可能ではないか。

(でも、そもそも兄さまが話してくれないことを、イーゴリさんに聞きたいのですし。このことは兄さまに知られないようにした方がいいのではないかしら?)

 それに最近はやたら姉をからかってくる次男のことだ。

 姉が中年の部下の行方を尋ねても、すぐには教えてくれないかもしれない。

 仮に教えてくれたとしても交換条件として、姉に無理難題を突き付けて来るかもしれない。

 逆にどうしてそんなことを知りたいのかと、詰め寄られるかもしれない。

「それは、どうでしょうか。もし聞いても、兄さまがイーゴリさんの行方を素直に答えてくれるとも限りません」

 姉は朝の次男とのことを思い出し、渋い顔をする。

 むっつりとした表情でクロワッサンを手でちぎって口に運んでいる。

 さくさくとした食感と、香ばしいバターの香りが口いっぱいに広がる。

(婚約を申し込むほど好きだと言うのだったら、わたしをもっと信頼して下さればいいのに。兄さまが何を考えているのかさっぱりわからないわ)

 心の中で次男に対する悪態をつく。

 バターのついた手をナプキンでぬぐい、オニオンスープのスプーンを握りしめる。

(そもそも兄さまがもっとわたしの知りたいことを素直に話して下されば、こんなことをしなくてもいいのに。どうして兄さまはああへそ曲がりなのかしら)

 スプーンでスープをすくい、入っていたトマトと玉ねぎを口に運ぶ。トマトの酸っぱい味と玉ねぎの食感、出汁の効いたスープが絡み合ってとても美味しい。

 姉はスープをすくっていた手を止める。

(でも、これらはすべて兄さまに与えられているものばかりだわ。ドレスも食事も寝床も、暖炉の薪さえも。わたしがここで生活しているだけでも、様々な物を浪費し、お金が掛かっているのだわ。それに引き替え、わたしは兄さまに何も返すことが出来ない。わたしはここに残るか、出て行くかを早急に決断しなければいけないのに。兄さまの婚約を受け入れるか、断るか、わたしが決断しなければならないのに)

 そう考えれば考えるほど食欲が無くなっていく。

 気付かないうちに姉の口から溜息が漏れる。

 それを見ていた、メイドの少女が心配そうに尋ねる。

「ど、どうしましたか、オリガ様。食事が美味しくなかったですか? ご気分でも悪いのですか?」

 姉は力なく顔を上げ、ゆっくりと首を横に振る。

「違うのです。食事はとても美味しいのですが、イーゴリさんが見つからなかったことにがっかりしているのです」

「そ、そうなんですか」

 メイドの少女は落胆とも安堵も取れない声で応じる。

「これほどオリガ様が探しているのですから、午後こそきっと見つかりますよ」

「ありがとうございます、マリィさん」

 せめてこの数分の一ほどでも次男が素直に自分の心を打ち明けてくれれば、姉としてもこんなに苦労しなくて済むのだ。

(アレクセイ兄さまの馬鹿)

 姉は腹を立てつつも、昼食を食べることに集中する。

「オリガ様の食欲が戻られて良かったです」

 姉は次男への腹立ちまぎれに昼食をデザートまで完食した。

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