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姉と弟  作者: 深江 碧
四章 運命の別れ道
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運命の分かれ道2

 一方、当の弟は心のゆとりなど少しもなかった。

 険しい顔で薄暗い部屋の扉を見据えていた。

 彼は部屋の外にいる大勢の人の気配を敏感に感じ取っていた。

 彼らは部屋の中の様子をうかがい、今まさに踏み込もうとしている。

 今まで姉に手を出さなかったのも、この機会を狙っていたからだろう。

 昼間に姉の病室を訪ねてきた叔父は、今までにも何度となく彼に交渉を持ちかけてきた。

 その度に彼は曖昧に返事をし、答えをはぐらかしてきた。

 叔父が自分にこれほどこだわる理由を、彼はまだ知らなかった。

 叔父は自分の背後にある組織との繋がりを作りたいのだろうが、ただの一構成員である彼にとっては、その組織の全体はおろか、上の人間と連絡を取る方法さえ知らない。

 ただ上からの命令に従い、忠実にその任務を遂行した。

 そして姉とその家族の身の安全を図り、終生彼らを守り通すのが、自分の命よりも優先される事項だった。

 昼間叔父が病室を訪ねてきたのだって、彼に揺さぶりをかけるためだろう。

 彼はこれまでに何度となく上の指示を仰いだが、返事は返ってこなかった。

 仕方なく自分の判断で姉を病院から連れ出すことを決意した。

 命令であれば人を殺めることになんの躊躇もない彼だが、上の返答のないこの状況で、姉を守り逃げることが最善の策であるのか判断ができなかった。

 恐らくこれが叔父の最後通告になるだろう。

 叔父の配下に入るか、姉とともに叔父に追われる身になるか。

 彼はまだ迷っていた。

 視界の端で立ち尽くす姉をとらえる。

 姉の行く末を思うと、彼の心はちぢに乱れた。

 自分の身はどうなってもいい。

 ただ彼女さえ生き残ってくれれば、彼のことをわずかにでも心にとどめておいてくれれば、それで十分だった。

 ――僕はただの番犬だから。犬には犬としての役割がある。

 同業者の間で、彼が白犬と揶揄されているのを知っている。

 その白にも近い銀色の髪と、決して依頼主を裏切らない忠実な仕事ぶりからそう呼ばれていた。

 病室の扉の外からの殺気をひしひしとその身に感じ、彼は薄く笑う。

 腰に下げた拳銃に手をかけ、静かに引き抜く。

「姉さん、こっちへ」

 もう片方の手で、姉の体を引き寄せる。

 彼の緊張している声音を感じ取ったのだろう。

「ど、どうしたの?」

 姉が不安に顔を歪めてそう尋ねてくる。

 彼は姉の体を引き寄せ、小声でささやいた。

「姉さん。これから何があっても、僕以外の相手の言葉を信じてはいけない。惑わされてはいけない。これからどんなことがあっても、どんなものを見ても、心を乱さないで。僕を信じて。僕は絶対に姉さんの味方だし、これから先もそうだ。僕から決して離れないで」

 弟の声は静かだったが、切迫した響きを含んでいた。

 彼女はそんな緊張した様子の弟を見るのは珍しいことだった。

 普段から穏やかで家族に対しても礼儀正しく、怒りも悲しみも顔に出さない弟からは想像もつかないことだった。

 彼女は緊張のために息を飲む。

 弟がとっさに何のことを言っているのかわからなかった。

「そ、それは、どういう」

 彼女が弟に理由を尋ねようとした途端、部屋の扉が勢いよく開かれる。

 大勢の足音がして、何者かが部屋に踏み込んでくる。

 彼女には耳慣れない音が響き、それがいくつも重なる。

 それは弟にとっては聞き慣れた発砲音だった。

 彼はその音が響くよりも早く、反射的に体が動いていた。

 姉をかばい、身を低くしてベッドの影に滑り込む。

 病室の窓ガラスが割れ、数少ない調度品が砕け散る。

 それほど広くない病室に大勢の人間が踏み込んでくる。

 彼らは部屋のあちこちに散らばり、姉と彼のいるベッドにそれぞれに拳銃を構える。

 病室にしばしの静寂が戻ってくる。

 姉はとっさの出来事に頭がついていかない様子で、身じろぎもできずに沈黙していた。

弟は息を殺し、病室に踏み込んで来た人数と拳銃を構える男たちのそれぞれの配置を確認していた。

一応の準備は整えてきたが、それほどの時間もなかったので準備万端とはいかなかった。

――全部で十人ほどか。逃げられない人数ではないか。でも、病院内のあちこちに人が配置されていると考えた方が。

弟は冷静に分析する。

 静まり返った病室に、硬い靴音が響く。

 靴音は病室の扉のすぐ前で立ち止まり、低いがよく通る声が張り詰めた空気を破る。

「あぁ、――。考えはまとまったかね? いい加減、私としては君の色良い返事が聞きたいのだが。もし君が私の部下として働くならば、君の大好きなお姉さんの命も保証するし、君にはそれなりの地位を用意しよう。君としては、決して悪い条件ではないと思うが」

 声の主は叔父だった。

 病室の扉の前に立ち、数人の拳銃を構える男たちに守られている叔父はベッドの影に隠れる弟に静かに語りかける。

 弟は厳しい目で叔父を睨みつける。

 不意に彼の手が握りしめられる。

 振り向くと、姉が青白い顔で彼の手を強く握りしめている。

 彼はわずかに表情を緩め、手に持った拳銃を下す。

姉の体を引き寄せ、その耳元に小声でささやく。

「姉さん。もしも姉さんが、すべてを奪った叔父さんを許せると言うのなら、僕は姉さんの意志に従うよ。叔父さんの手の内で、細々と命を長らえるのも一つの生き方かもしれない。でも、もしも姉さんがすべてを奪った叔父さんを許せなくて、逃げ出したいと願うのなら、僕は全力で姉さんが逃げるのを手助けする。この先どんなことがあっても、絶対に僕は姉さんを裏切らない。それだけは約束するよ」

 弟の言葉を聞いて、彼女は肩を震わす。

「わたしは」

 それは暗に、彼女に選択肢を突きつける言葉だった。

 弟に問われ、彼女は青白い顔で必死に考えを巡らせた。




 選択肢1 叔父の提案を受け入れる→→→バッドエンドへ

 選択肢2 叔父の提案を受け入れない→→→姉と弟下 ③へ

 選択肢3 何も答えない→→→時間切れで射殺されます。

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