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姉と弟  作者: 深江 碧
十三章 それぞれの約束
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それぞれの約束22

「よお、白犬」

 部屋ではワタリガラスが待っていた。

 暖炉に勝手に火を点け、椅子に座っていた。

「あの女の素性、わかったぜ」

 弟が部屋に入るなり立ち上がり、開口一番そう言った。

 あの女、と聞いて、弟の脳裏に、ホテルで叔父を襲った黒髪の女がよぎる。

 叔父の屋敷から逃げ出した女の行方がわかったのだろうか。

「その前に、誰の差し金かという報告をした方がいいか?」

 何も言わない弟に、ワタリガラスは首を傾げる。

「聞いてるのか、白犬。美味いものを腹いっぱい食べた後で、眠くなってんじゃないのか? ちなみに俺は屋敷の厨房で夕食の残りをちゃんともらって食べたから、腹は空いてないぞ」

 弟は小さく息を吐き出す。

「ちゃんと聞いてるさ」

 そっけなく返す。

「この短期間の間に、そこまでわかったのか?」

 弟は問いかけに、ワタリガラスは得意そうに胸を張る。

「もちろん。俺たちの情報網の広さを甘く見ない欲しいな」

 あれからまだ一日も経っていない。

 よくそこまで調べ上げたものだと、ワタリガラスの腕前に感心してしまう。

「と言っても、実はこれは俺が調べたことじゃなくて、大ガラスの親父が調べた情報なんだけどな」

 ワタリガラスは肩をすくめる。

 通りで早い訳だ。

「それで、あの女はどこのどいつで、その目的は何だって?」

 弟はワタリガラスに先をうながす。

 話が長くなりそうだと判断し、赤々と燃える暖炉の前の席を目で示す。

 弟は少し離れたベッドの上に座る。

 ワタリガラスは座っていた椅子に再び腰を下す。

「聞いて驚くな。あの女は叔父さんの次男、アレクセイ・ユスポフのところで働いていた元メイド、バレンチナ。そしてあの女をけしかけたのは…」

 次男とは、姉が身を寄せている屋敷では無かったか。

 あまりのことに弟は頭が真っ白になった。


 *


 彼女は長い黒髪を振り乱し、雪の積もった夜の街を歩いていた。

 前方の雪道を、列車の駅で出会った全身黒づくめの男が街灯を頼りに歩いている。

 道は凍りつき、こつこつと固い足音が響く。

 男の名前は黒鷲とか言っただろうか。

 彼がいたからこそ、彼女はいまここにいる。

 もしも彼の助けが無ければ、彼女は叔父を襲って捕まった時点で命は無かっただろう。

 叔父の元から逃がしてくれたのが、この男だった。

 彼のおかげで、今彼女が生きていられるのだ。

 黒鷲の入れ知恵で、勇気を持って次男の父親である叔父の説得に行くことが出来た。

 二人の仲を認めてもらうように話をする勇気が出た。

 それなのに、後少しのところであの銀髪の護衛に阻まれてしまった。

 もう少しで次男とは父親である叔父公認の仲になれたのに。

(それもこれも、あの女のせいだわ。あの女さえいなければ、こんなことにはならなかったのに)

 怒りの気持ちはあるものの、今の彼女は何でもできるような気持ちになっていた。

 元々運動も勉強も得意な彼女だった。

 現にあの夜にホテルを訪ねた時も、数人の男相手に一歩も引かなかった。

 恐怖さえ感じなかった。

 何でも出来るような気がしていた。

 実際に、後少しで叔父に元まで行けた。

 叔父に直接話を聞いてもらえるところまで行ったのだ。

 それは彼女に大きな自信を与えた。

(やっぱりあたしは美人で何でも出来るのよ。それをあの女のせいで、こんな不幸な目に遭っているだけなのよ)

 男の目的が何であれ、彼が誰であれ、そんなことは今の彼女にとってはどうでも良かった。

 自分の目的が果たせれば、次男と一緒になれれば、彼の愛が得られれば、後はどうなってもいい。

 たとえ姉がどうなっても、それは自業自得だ。

(そうね。いっそあたしがあの女の息の根を止めてやればいいのよ。そうすれば、他に不幸になる男がいなくなるわ。それてあたしはアレクセイ様に感謝されて、晴れて夫人の座に就くことが出来る。社交界に返り咲くことも出来る。それって最高なことじゃない?)

 彼女はそんなことさえ考えていた。

 彼女が髪を振り乱し、目は血走り、その顔色は血色が悪く、傍から見てとても美しいと言えない外見であっても、当の彼女はまったく気付かなかった。

 黒鷲と一緒にいれば、自分の思い通りに行動し、次男の愛を取り戻せると信じて疑わなかった。

(待っててね、アレクセイ様)

 彼女はにんまりと笑い、次男の屋敷を目指して曲がり角を曲がった。

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