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姉と弟  作者: 深江 碧
十三章 それぞれの約束
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それぞれの約束21

 温室から帰った後、姉は若いメイドにたっぷりとお説教をもらって、夕食の間も常に監視されていた。

 夕食の席では何故か次男が上機嫌で姉に頻繁に話しかけてきた。

 姉は相槌を打つばかりでまともに話しに加われなかったが、次男は特に気にしていないようだった。

(兄さまにとって何か良いことでもあったのかしら? 機嫌が良いのはいいことだけど)

 もっぱら話の聞き役になっている姉は首を傾げるばかりだった。

 夕食が終わってからも、次男は姉の部屋の前まで着いてきた。

 このまま部屋の中まで着いて来るのではないかと心配したが、それは無いようだった。

 若いメイドが姉の後ろを静かに着いて来る。

 部屋の前で姉は次男に向き直る。

「おやすみなさい、アレクセイ兄さま。兄さまにとって穏やかな夜でありますように」

 スカートの裾をつまんで、姉は次男に挨拶をする。

 そういったやり取りも決して珍しいことでは無い。

 普段は夕食を終えて、それぞれ部屋に引き下がるので、食堂の外でこういった挨拶を交わすのが常だった。

「あぁ、オリガも今日は疲れただろう。ゆっくり休んでくれよ」

 次男は機嫌よくそう声を掛けて、姉の顔に手を添える。顔を近付ける。

「おやすみ、オリガ」

 次男は姉の頬にそっとキスする。

 肌に触れるか触れないかのキスだった。

 普段は言葉による挨拶を交わすだけだ。

 慣れない挨拶の方法に、姉の心臓が跳ね上がり、頬が熱くなる。

 姉は動揺を悟られないように、平静さを装う。

「お、おやすみなさいませ、兄さま」

 次男から逃げるようにさっと背を向ける。

 自室の扉に手を掛ける。

 次男の声が追いかけてくる。

「二日後の婚約の返事、楽しみにしているよ」

 姉はわずかに肩を震わせる。

 今まさにそれを真剣に悩んでいるところだ。

「さあ、オリガ様」

 そばについていた若いメイドが扉を開け、姉を部屋の中に案内する。

 追い打ちのように次男の言葉が姉の耳に響く。

「また明日」

 次男の声は楽しげだった。

 それとは対照的に、姉の心は重く沈む。

 暗い表情の姉に、若いメイドは気配を察したようだ。

「さ、オリガ様。お部屋に入りましょう」

 姉を部屋の中に案内する。

 自室に戻った姉は、若いメイドに寝る前の準備をしてもらう。

 お風呂に入り、着替えや身の回りの世話をされて、ベッドにもぐりこむ。

「おやすみなさいませ、オリガ様」

「おやすみなさい、マリアさん」

 明かりを消され、若いメイドが部屋から去っても、姉はなかなか寝付くことが出来なかった。

 ベッドの中で何度も寝返りを打つ。

 おやすみ、オリガ。

 優しい声、頬に添えられた手。

 まだ先程の次男のキスが尾を引いている。

 それだけのことに戸惑っている。

 姉はベッドの中で考える。

(もしも兄さまの婚約を受け入れたら、あれくらいのキスぐらいで動揺していたら駄目なんだわ。婚約者になったら、もっと親密になるということだもの。兄さまがわたしに婚約者の役割を求めて来ると言うことだもの)

 姉は次男との具体的な事例を想像しようとしたが、それ以上は想像出来なかった。

 想像しようとするだけで、姉は耳まで真っ赤になってしまう。

 最早それは姉の想像の範疇を越えていた。

(ど、どうしよう)

 姉はベッドの中で狼狽え、赤面する。

 ますます眠れなくなってしまう。

 今まで恋愛経験のほとんどない姉は、異性に対して警戒心を持っている。

 次男に対しては、その警戒心は徐々に薄らいでいるが、まだ心や体を委ねるほどには至っていない。

(こ、こんなことじゃいけないのに)

 次男とキス一つするにしても、緊張してしまう姉だった。

 姉は赤面し、両手で顔を覆う。

 何度もベッドの中で寝返りを打つ。

 頭の中は次男のことでいっぱいになり、思考がまともに働かない。

 憂鬱な気持ちと恥ずかしさで、まともに眠ることさえ出来なかった。

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