それぞれの約束20
弟は叔父との夕食の席で、ホテルで捕えた黒髪の女性が逃げ出したと聞いた。
叔父は部下たちの詰めの甘さを非難しながらも、弟の活躍は手放しでほめた。
「あの女に首謀者の名前を吐かせられなかったのは残念だが、お前の活躍は大したものだ。やはり私が見込んだだけのことはあるな」
昨夜の弟の活躍を見ていた叔父は、夕食の席でも上機嫌だった。
「お前を雇えて、私はとても幸運だ。もしもあの時お前がいなければ、私の命は無かったかもしれない。お前にはいくら感謝してもし足りない位だ」
得意そうに話し、叔父はナイフとフォークでステーキを切り分けかぶりつく。
向かいに座る弟は黙々とステーキの添え物の野菜を切り分け、音も立てずに口に運んでいる。
「仕事ですから」
弟は叔父の話に淡々と応じる。
叔父はワインを片手に上機嫌で話し続けている。
「そんなに謙遜することは無いだろう。お前の護衛の腕前は折り紙つきだ。何と言っても、あの白豹の息子だからな」
叔父の口から白豹の名が出たことで、弟の片眉が跳ね上がる。
弟の胸に言いようのない暗い気持ちがわだかまる。
叔父にはそれに気付かないようだった。
「お前の面差しはどことなく白豹に似ている。その銀色の髪も、目の色も。あぁ、もちろんお前の美しい容貌は私の若い頃そっくりだがな」
叔父は上機嫌でワインを片手に笑っている。
弟は何も言わない。
自分の前に並べられた料理の数々を見ながら、押し黙っている。
叔父は弟は一言も発さなくても、気にも留めないようだった。
赤ら顔で弟の有能さを熱弁している。
「お前の母親の白豹も、それは優秀な護衛だった」
そして時々弟の母親である白豹を話題に出した。
弟はそんな叔父の話を聞きながら、黙々と食事を進めていた。
母親である白豹の名前が出される度に、弟の胸の奥をざらりとした感触がよぎる。
弟自身もその原因がわからない。
白豹は弟が物心つく頃にはもう亡くなっていた。
その後、組織の姉の伯母に引き取られ、育てられた。
そんな母親を今更話題に出されても、弟には顔さえぼんやりとしか思い出せない。
母親について弟が知っていることも少ない。
夕食は滞りなく終わり、それぞれの部屋へと下がって行った。




