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姉と弟  作者: 深江 碧
十三章 それぞれの約束
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それぞれの約束18

 姉は温室の緑の木々に囲まれ、庭師と向き合っていた。

 ガラス張りの天井から差し込む薄明かりの中、辺りは温かく今がとても冬とは思えないほどだ。

 この国では路上で凍死する人もいる。

 この温室がこうして温かいのも多くの薪を高い金で買って、それを燃やし、室内に熱を循環させているからだ。

 こうやって温室を持っている屋敷など、金持ちのほんの一部の人たちだけだった。

 姉は口を開く。

「実は、先日アレクセイ兄さまに婚約のお申し出を頂きまして、そのお返事で迷っているのです。あなたから見て、アレクセイ兄さまはどういった人に見えるかお伺いしたくて」

 姉は庭師に率直な疑問をぶつける。

 すると庭師は最初は驚いたものの、素直に祝福の言葉を述べる。

「えぇ、それはとてもおめでたいことだ。オリガ様とアレクセイ様ならお似合いだと思うよ。そんなおめでたいことになっているなんて、おらはちっとも知らなかったよ」

 庭師はのんびりとした口調で答える。嬉しそうに土の付いた手を叩く。

 庭師からは土と草のにおいがする。日なたの藁の匂いに近い。

 姉は庭師の反応にうつむく。暗い気持ちが胸をよぎる。

「それはどうでしょうか。わたしがアレクセイ兄さまと釣り合うのかどうかはわかりません。何しろわたしは事故で目が見えないのですから。今のところ誰かの手助けなしには出歩くことさえ出来ないのですから。もしもわたしが婚約者になったとしても、アレクセイ兄さまに迷惑ばかり掛けてしまいます。足を引っ張ってしまいます」

 姉が声を落として話すと、庭師は目を丸くする。

「どうしてオリガ様はそうやって暗いことばかり考えるんだ? 嬉しいことは嬉しいと素直に喜べばいいのに。迷惑かどうかはアレクセイ様が決めることであって、オリガ様はそんなことを考える必要は無いだよ。もしもアレクセイ様がオリガ様のことを迷惑だと考えているのなら、最初から婚約など申し込まないと思うだよ」

 不思議そうに首を傾げる。

「そ、それはそうかもしれませんが」

 庭師の言うことはもっともだった。

 姉は自分の気持ちがよくわからなくなる。考えながら正直に話す。

「わたしは、アレクセイ兄さまのことをよく知りません。だからアレクセイ兄さまのことをよく知っているあなたから見ると、アレクセイ兄さまがどんな方なのかお話を聞きたいのです」

 庭師は土の付いた手であごひげを撫でる。

「おらもアレクセイ様のことをよく知っている訳では無いだが」

 困ったように言う。

 姉はやや強い口調で話す。

「でも、わたしよりもアレクセイ兄さまとの付き合いは長いはずです。わたしは兄さまとは今まで社交界で聞く人々の噂と、ほんの少し夜会で顔を合わせたことしかありませんから。確かにアレクセイ兄さまは良い方です。目の見えないわたしにも親切にして下さいますし、こうして何不自由なく暮らしていけるのも、アレクセイ兄さまのご助力あってこそだと思っています」

 庭師は姉の話を聞いて破顔する。

「そりゃあそうだ。アレクセイ様はお優しい方だよ。特に女性に対してはとても親切にしていると、おらから見て思うだよ」

 庭師は声を立てて豪快に笑っている。

 姉は頬を赤らめる。

「だから、迷っているのです。わたしが社交界で聞いた噂では、多くの女性と付き合い、その、女性に対して不誠実だと、言われていたので」

 姉は声を小さくする。

 庭師はそれを聞いて素っ頓狂な声を上げる。

「アレクセイ様が女性に不誠実?」

 姉は言葉を選びながら話す。

「え、ええと、不誠実、と言うのか。多くの女性と付き合い、振って来たと言うのか。心変わりが早いと言うのか。振られた女性が恨みに思っていると言うのか。確かにアレクセイ兄さまは女性に対して優しいところはあるのですが、それが裏目に出ていると言うのか」

 しどろもどろになる。

 ここでは多くの者が、次男に雇われた使用人になるため、あまり彼の悪い噂を話さない方がいいような気がする。

 しかし姉の悩みを相談するためには、率直に庭師に物事を話さなければいけない。

 姉は迷いながら、言葉を選びながら、庭師の様子を伺う。

「まあ、おらは難しいことはわからないけど、男であればそういった部分が無い訳では無いとは思うだよ。おらの知り合いだって、女性にだらしない人や、辛く当たる人も数多くいるだよ」

 庭師は諦めたように溜息を吐く。短い髪をがしがしとかく。

 姉に同情するような目を向ける。

「オリガ様は、それで迷っていただね。オリガ様の迷いも、もっともだとおらは思うよ。男であれば誰だって女性に甘いところは多少なりともあるだよ」

 姉はひとまず庭師に話が通じたことに安堵する。

「申し訳ありません。アレクセイ兄さまのことを悪い人だと思っている訳ではありません。でも婚約となると、話は違ってくると思って」

 庭師は小さく息を吐き出す。

「それでオリガ様はアレクセイ様のことが知りたいと思っただね。おらみたいな者からも話が聞きたいと思っただね」

 庭師の問い掛けに、こくこくとうなずく。

「は、はい。婚約の返事をする前に、アレクセイ兄さまのことを教えてもらいたいと思いまして」

 姉は期待するように庭師の返事を待っている。

 庭師は難しい顔で腕組みする。

「おらは、この屋敷に来てそれほど経っていないが、アレクセイ様のことを悪い人だと思ったことは一度も無いだよ。でも、オリガ様のように婚約や結婚となると話は別だがな。アレクセイ様のことをもっと詳しく知りたいのなら、おらじゃなくてもっと付き合いの長い人に聞くといいと思うだよ」

「そ、それはどなたでしょうか?」

 姉の問いに、庭師は考え込むようにあごひげを撫でている。

「この屋敷の中で一番付き合いが長いと言うと、護衛のイーゴリさんが一番かなあ。何しろあの人はアレクセイ様が御幼少の頃から、十年以上そばで付き従ってきている人だからね」

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