それぞれの約束17
白蛇は地下の酒場で椅子に腰かけていた。
頭上からのわずかな明かりが辺りを照らしている。
「もう、信じられない。何なのよあの男は。最低よ!」
白蛇はカウンターのテーブルを拳で叩く。
甲高い声が酒場の暗がりに木霊する。
「白蛇ちゃん、荒れてるねえ」
カウンター内の老年の主人がグラスを磨きながら苦笑いを浮かべている。
黒蛇は落ち着いた様子で白蛇の肩をぽんぽんと叩く。
「まあ落ち着きなさい。私にもわかるように、順を追って説明してもらえないか」
隣の席には黒蛇が座っている。
白蛇と黒蛇の間にガラスの器が鈍く光を反射している。
「うぅ、姐様。あたしめげそう」
白蛇はカウンターのテーブルに突っ伏する。
テーブルの上に広がった金色の長い髪が明かりを受けて輝いている。
「まあ、話して見なさい」
黒蛇は白蛇の頭を撫でる。
「あたしはオリガ様に頼まれた依頼をこなすべく、街に出て、あの男の関係者の女性に話を聞いて来たんだけど」
白蛇は自分の見聞きしたことをぽつりぽつりと口にする。
黒蛇はグラスを手に取り、お酒に口をつけながら白蛇の話を黙って聞いていた。
以前次男の身辺の調査をした時に、黒蛇が関係者の名前と住所を洗い出しておいたのが役に立ったのだろう。
白蛇は関係者の女性に次男の話を早速聞きに行った。
一人目の女性は、次男の知り合いだと名乗る白蛇と喫茶店で紅茶を飲みながら語ってくれた。
「あの人は酷い人です。私に気のあるふりをしながら、平然と他の女性と付き合っているんです。私は何度も他の女性と付き合わないでと言ったのですが、彼はまったく聞いてくれなくて。私、とても辛くて」
二人目の女性は家に招いてくれた。
熱いコーヒーを出してくれて、お茶菓子を食べながら笑顔で話してくれた。
「ええ、覚えているわ。あのやたら女性に手の早い男よね。あたしあの男に腹を立てて何度殴りたくなったことか。あいつときたら自分が格好良いことを知っていて、自分であれば誰でも女性がなびくと思ってるのよね。腹立つわ。でもおあいにく様。あたしはあんな男を相手にしなかったわ。毅然とした態度で振ってやったわ」
三人目の女性は、白蛇が次男の話題を振ると嫌悪の眼差しで睨んできた。
「その話は止めて。もう思い出したくもない。あんな男、私とはまったく関係ないんだから」
白蛇と話すことなく足早に去って行った。
他にも十人近くの女性に聞いて回ったが、次男の評判は良くなかった。
振られただの振っただの、付き合ったり別れたり、関係を持ったり持たなかったり、ほぼすべての女性において次男との色恋沙汰が絡んでいるようだった。
そしてほぼすべての女性に嫌悪感を持たれているようだった。
「と、言う訳なの」
白蛇は相変わらずカウンターのテーブルに突っ伏していた。
「なるほど」
黒蛇は平然とグラスで強い酒を飲んでいる。
「オリガ様は、やはりあいつの婚約の申し出を断って、ボスのところに送り届けるべきなんだわ。あの男の屋敷に置いておいたら、いつその身に危険が及ぶかもしれない。手籠めにされるかもしれないわ」
白蛇は突っ伏したまま、怒りの声で話している。
ことりと黒蛇はグラスをテーブルに置く。
「それはどうだろう。果たして女性たちの意見だけが、あの男の正しい姿を現しているのだろうか? それだけが真実を言い表しているのだろうか?」
黒蛇は顔色を変えずに空っぽになったグラスを眺めている。
その縁を指でなぞる。
「果たして、それがあの男の本当の姿なのだろうか。本当にそうなのだろうか?」
黒蛇は考え込むように目を細める。
「なにそれ」
白蛇はのろのろと顔を上げる。
黒蛇は口元に笑みを浮かべる。
「いつだって人は、自分に都合の良いことしか言わないということだよ、白蛇。今日は彼の友達だと言う男性たちから話を聞いてみなさい。恐らくまったく違った話が聞けると思うよ。オリガ様にご報告するのはそれからにしなさい」
白蛇は躊躇うように視線を彷徨わせ、小さくうなずく。
「姐様がそう言うのなら」
黒蛇は白蛇の頭に手を置き、そっと撫でる。
「それと、お前は白犬が気になって、よく彼の元を訪ねているようだが、しばらく白犬の屋敷には近付かないようにしなさい。彼とその周辺で少し気になることがある」
白蛇はすぐには答えない。
黒蛇は念を押す。
「わかったね、白蛇。これは君の身にも関わることなんだ」
「姐様がそう言うのなら」
白蛇は渋々と言った様子で了承する。
「少し嫌な予感がするんだ。何も無いといいのだがね」
黒蛇は険しい表情で、光を受けて輝くテーブルの上のグラスをじっと見つめていた。




