それぞれの約束11
小箱は手の平に収まるほど小さい物だった。
姉は小箱を受け取り、その感触を確かめる。
久しぶりに弟の名前を聞いて、その無事であることを聞いて、姉はほっと安堵の息を吐き出す。
「デニスが元気でいるのなら、良かった。あの子は今、どこでどうしていますでしょうか」
弟のことがもっと聞きたくて、姉は白蛇に尋ねる。
白蛇はしばし考える。
「まあ、これは話してもいいことでしょうね。隠すことでもないし。あなたの義弟は今、あなたの叔父のビクトル・ユスポフのところで護衛を任されています」
「叔父さんの?」
姉の嬉しい気持ちが急速にしぼんでいく。
色々な出来事があって、叔父に対してはまだ複雑な感情を抱いている。
素直に弟の無事を喜ぶことが出来ない。
(でも、叔父さんはアレクセイ兄さまのお父様に当たるのよね。兄さまは叔父さんのことをどう思っているのかしら。アレクセイ兄さまの口から、叔父さんのことを聞いたことは無いけれど、紛れもない家族なのよね)
今更ながら叔父が、次男の父親である事実に思い至る。
黙り込み、これからの自分の身の振り方に悩んでしまう。
(わたしは、叔父さんのことも何も知らなかった。アレクセイ兄さまのことも何も知らない。何も知らないまま、アレクセイ兄さまの婚約を受け入れていいのかしら。兄さまについてもっと知る機会があれば良いのに)
色々と不安になってしまう姉だったが、弟の無事を知らせてくれた白蛇に心配を掛けてはいけないと考え、無理に明るく振る舞う。
「ありがとうございます、白蛇さん。デニスの、弟の無事を教えてくれて。もしデニスに会う機会があれば、わたしも元気でいると伝えてもらえませんか?」
姉は穏やかに微笑む。
「ええ、オリガ様の頼みでしたらもちろんそう致します」
白蛇はにっこりと笑う。
姉は白蛇の返事に安堵し、表情を曇らせる。
「白蛇さんに、何かお礼の品をお渡しできれば良いのですが、生憎わたし自身は何も持ち合わせが無くて。申し訳ありません」
姉の持っているものと言えば、自分の身一つしかない。
他の物はすべて与えられ物ばかりだ。
白蛇はうつむく姉をじっと見つめている。
姉の手をつかむ。
「やはり隣国に行きましょう、オリガ様。ここにいてもオリガ様にとって良いことはありません。ボスなら、あなたの伯母様なら、何の遠慮もする必要はありません。あなたが恐縮する必要もないのです」
「で、でも」
白蛇は姉の手をぐいぐいと引っ張る。
「あなたをここに留めて、自分の都合の良いように利用するのが、あの男の策略かもしれません。あなたはあの男の良いように利用されているのです」
白蛇はあくまでもそう主張する。
「に、兄さまは、そんなことは」
次男が絶対にそんなことをしないとは言い切れず、姉は白蛇に腕を引っ張られて戸惑っている。
そこであることを思い付く。
「し、白蛇さん。その、重ね重ね申し訳ないのですが、白蛇さんでしたら自由に外に出ることが出来ますよね? そ、その、白蛇さんにお願いがあります。アレクセイ兄さまのことを、兄さまがどんな人なのか、その人柄を調べてもらえませんか? 兄さまが信頼に足る人物なのかどうか、わたしは知りたいのです」
姉にそう頼まれ、白蛇は動きを止める。
今度は白蛇が困る番だった。
姉は藁にもすがる思いで訴える。
「お、お願いします、白蛇さん。目の見えないわたしでは、外に自由に出ることは出来ません。わたしでは屋敷内のことしか知ることは出来ません。屋敷内の人々に兄さまのことを聞くしかありません。でも白蛇さんなら、外で兄さまの噂を知ることが出来る。交友関係を知ることが出来る。わたしでは知り得ないことも調べることが出来るかもしれません。だからお願いです。兄さまのことを調べてもらえませんか? お願いします、白蛇さん」
姉は白蛇に頭を下げる。
「ええと」
白蛇は困惑する。
確か以前にも似たようなことが無かっただろうか。
「お願いします」
姉の必死の訴えに、白蛇はすぐに返事が出来ずに頭を下げる姉を見つめていた。




